学習タイプ?シナリオタイプ? 横浜市のチャットボット実証実験 事例詳細|つなweB

ごみの出し方を検索するのは大変

国内で有数の大都市である横浜市は、多くの企業や学校が集まっていることから人口の動きも大きい。2016年には約14万人が市内に転入したが、この新しい住民が直面する暮らしの課題の一つが「ごみ出しのルール」だ。

ごみと資源の分別収集は、域内の処理施設の状況などに合わせ、自治体によってルールが細かく異なる。横浜市では「10分別15品目」という基本ルールがあり、全国的に見れば平均的な数の分類だというが、新生活を始めたばかりの学生や転勤してきたサラリーマンなどにとっては難しく感じられることもあるだろう。

例えば、洋服を吊るす「ハンガー」一つを取っても、素材が金属製なのかプラスチック製なのか、あるいは木製なのかといった違いがあり、サイズの大きなものや複数の素材が混ざっている場合は、どの曜日に捨てればよいのか迷ってしまいがちだ。

神奈川県の東部に位置する横浜市は、政令指定都市の1つで18の行政区を持つ。人口は約370万人と日本でもっとも人口の多い“市”としても知られている

横浜市ではこうしたごみ分別の問い合わせについて、主に電話による応対とWebアプリによる分別検索システム「ミクショナリー(MIctionary)」で対応している。しかし、電話の場合は職員が柔軟に回答できるものの、日曜や夜間は利用できない。また、年末や引越しシーズンなどの繁忙期は電話の問い合わせが多くなり、対応する職員の負荷が高くなってしまう問題があった。

一方のミクショナリーは、これまでに約2万語以上の検索ワードを手動でデータベースに蓄積してきた。検索回数は毎月9万~14万件以上行われるなど、市民からのごみ分別の疑問に答える新たな仕組みとして定着しつつある。だが、この検索システムは検索ワードと部分一致する情報を表示する仕組みを採用しており、キーワードによっては多くの情報が一度に表示されてしまうという別の問題も生じていた。

検索システムの「ミクショナリー」
Web検索と携帯電話・スマートフォンアプリで提供される分別検索システムのミクショナリー。検索に部分一致を用いているため「ペン」と検索すると「ペンチ」や「サスペンダー」の捨て方についても結果一覧に表示されてしまう問題があった

こうしたそれぞれの対応方法の弱点を補うために、2017年3月より試験的に運用開始されたのが「イーオのごみ分別案内」だ。このチャットボットのシステムでは、横浜市資源循環局のキャラクター「イーオ」が、ごみの分別や粗大ごみの処理費用の質問について、チャット形式で回答してくれる。

「チャットボットを導入するきっかけとなったのは、2016年の8月に公民連携の事業提案を受け付ける横浜市の『共創フロント』を通じてNTTドコモさんから実証実験のお話があったことです」

と横浜市資源循環局で前述のミクショナリーやチャットボット運用を担当する横浜市資源循環局の宮永祐介さんは語る。

「汎用的に使えるAIエンジンというご提案でしたが、横浜市の業務ではごみの分別検索と相性がよいだろうということで資源循環局に連絡があり、検討の結果、翌月からプロジェクトを進めることになりました。しかし、AIと言われても当初は正直予備知識はなく、まったく手探りの中で始まりました」(資源循環局・笠原勝さん)

NTTドコモの自然対話プラットフォーム
「イーオのごみ分別案内」ではNTTドコモの自然対話プラットフォーム「Repl-AI(レプルエーアイ)」をエンジンとして用いている。エンタープライズ向け以外にも小規模から始められるプランが用意されている https://repl-ai.jp
Repl-AIの料金プラン

 

チャットボットの「学習タイプ」と「シナリオタイプ」

しかし、チャットボットの開発は「最初からスムーズに進んだわけではなかった」と宮永さんは説明する。それというのも、チャットの回答パターンとしてミクショナリーの膨大なデータを用いることは決まっていたものの、そのままではチャットで不適当な回答をすることがあるのがわかってきたからだ。

「チャットボットにもいくつかの運用スタイルがあって、最初に『学習タイプ』にするのか『シナリオタイプ』にするのかという選択をしなくてはなりませんでした。いわゆるチャットボットでは対話の内容に合わせて回答が最適化されて成長していくイメージがありますが、行政のシステムで間違った回答をされるのは困ります。そのため、検索の絞り込み条件をこれまでの(ミクショナリーのCGIで用いられてきた)部分一致から完全一致とした上で、シナリオを構成していく必要があったのです」(笠原さん)

しかし、検索のマッチ条件を完全一致とすることでボットから想定外の返答がなされる危険性が減る代わりに、今度は一致する検索結果の数が減ったり曖昧な検索キーワードや表記の揺らぎなどに対して満足な回答が得られなくなるという現象が発生した。

「いくら対話型のインターフェイスといっても、質問に対して3回連続で『分かりませんでした』と返答したら、おそらく使い続けたいとは思ってくれなくなるはずです。そのため、考えられる限りなるべく多くの回答パターンを追加するのと同時に、一致しないキーワードの場合にはその素材が何で、大きさはどのくらいかといった質問を返して会話が途切れないようにシナリオを工夫する必要がありました」(_橋陽子さん)

実際にごみの分別案内のページから試してみると、キーワードの内容に対してかなりの精度で回答してくるのに驚かされる。時にはイーオがそのキーワードに関連するうんちくなどもチャットで語りかけてきたりとユーモアも感じられた。こうした自然なやりとりを実現するために、実証実験中に集めた用例を管理画面から追加して、チャットの内容がより人間的なものになるようさらなる改善を重ねているという。

ストーリーで回答する
Web画面の右下隅からチャットボットを呼び出し、ごみの名称や粗大ごみの手数料について質問文を送信すると回答してくれる。複数の返答パターンが想定される場合はそれぞれについて回答するだけでなく、ちょっとしたユーモアのある返答もなされることがある

具体的には、検索ワードに固有名詞だけではなく商品名を追加したり、時にはごみとはまったく関係ないキーワードが入力された時の返答パターンについても追加しているとのことだ。AIの開発シーンとしては非常に地道な作業が行われている印象を受けたが、プロジェクトの開始から4カ月という短期間で実験を開始できたのは「チャットボットをごみの分別案内という用途に限定できたから」と宮永さん。

一致しなくても会話が続く
回答データベースとキーワードが一致しなくても、質問の前提がごみの名称なので素材やサイズについてのやりとりを続けることでコミュニケーションが成立する。このようなシナリオ作りがチャットボット開発のポイントとなる
想定外の質問にも答える
ごみ分別検索以外のキーワードが入力された場合にも、ある程度の会話が成立するように回答パターンを考えて追加されている。一見無駄なようにも思われるが、チャットボットならではの親しみやすさを生かした運用だ
商品名でも対応可能
ミクショナリーの経験で、一般名称ではなく商品名などで検索されることが多いことも判明している。チャットボットが文脈を「理解」しているのではなく、人間が想像力を働かせることが重要だ

また、利用者に回答を選ばせるミクショナリーの検索システムと比べると、対話型のインターフェイスはストレスが少なく、よりユーザー視点に立てているのではないかとチャットボットの可能性に手応えを感じているという。

このチャットボットの実証実験は2017年6月下旬でいったん終了し、検索ワードの分析や回答率などを見ながら総合的に評価を行い、今後本格的に導入するかどうかが検討されることになるという。

なお、NTTドコモでは、イーオのごみ分別案内で用いられたチャットボットのAIエンジン「Repl-AI」を、それ以外の行政サービスにも応用していきたい考えを持っているとのこと。だが、チャットボットを有効に活用するには、現場の創意工夫が求められることがこの実験からも明らかだろう。

 

宮永祐介_Yusuke Miyanaga
横浜市資源循環局 家庭系対策部業務課
笠原 勝_Masaru Kasahara
横浜市資源循環局 家庭系対策部業務課 担当 係長
_橋陽子_Yoko Takahashi
横浜市資源循環局 家庭系対策部業務課 担当 課長
栗原亮
※Web Designing 2017年6月号(2017年4月18日)掲載記事を転載

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