「接客失敗」の課題解決
ECの成功法則は何?と聞かれると、皆さんはどう答えるでしょうか。月商3億5,000万円を上げたことのある店長さんは、5つ挙げられました。
(1)「商品」「画像」「お客様対応」、この3つがひとつでも悪いお店は爆発的な売上は作れない
(2)お店のコンセプトをしっかり守る
(3)人材教育の徹底
(4)社長自らすべての作業ができる
(5)コンピュータができることはコンピュータにしてもらう
この5つをまとめると、ECの成功法則は、「接客」「商品力」「仕組み化」ではないかと思います。このうち、接客はECには欠かせない大きなテーマであり、対面とは違う独特なものであると言えます。この接客時には最高品質でお客様と相対する必要があります。対面接客の場合には、お互いに相手の顔や様子を見ながら話ができるので、短い時間でコミュニケーションを取ることが可能です。しかしECの場合、メールが圧倒的に多く、最近ではチャットも増えてきました。
ここで起きやすいのがクレームです。いわゆる「接客失敗」になります。メールでやりとりをしていたのに、なぜかお客様と喧嘩モードに入ってしまったり、謝らなければならない状態になることがあります。読者の方もなぜ急に喧嘩腰になってしまうのか、といった経験があるのではないでしょうか。
ECショップ側も接客失敗にならないようにさまざまな工夫をしています。例えば、メールテンプレートを数百以上用意したり、メールの返信は上司の許可がなければ送信できないようにするといった改善をしています。それでも、このような接客失敗がなくなることはありません。メール文章の語尾まで、お客様の感情や言わんとすることを感じることができるのは、やはりそれなりの熟練が必要になっています。
そこで、この課題解決に名乗り出てきたのが、今回のテーマである「AI(人工知能)」になります(01)。今回は、まず1つ目にECにおけるAIの現状と課題点、2つ目に、AIを導入する時の大切なこと、最後に先日スペインのバルセロナ行われたMWC(モバイルワールドカンファレンス)2017におけるAIの関心度についてお話します。
ECにおけるAIの現状と課題点
ECの運営側におけるAIの用途として、メールやチャット接客を管理しクレームを防ぎ、お客様の離脱を軽減するという目的が考えられます。ただ、現状のAIの活用としては残念ながら単に検索結果を表示するものが多く、お客様個人の状況や嗜好にあった応対をする「パーソナライズ」までたどり着いていません。例えば、違う人が違う質問をしたのに答えが同じであったり、検索結果を出すだけで終了してしまっています。
これは、AIの利用がマニュアルの置き換えにとどまっているからです。人間で例えるならば、アルバイトと同じレベルでマニュアルどおりのことしかできないのです。
AIにもレベルがあって(02)、マニュアルを理解し応用判断して一定範囲の行動ができる「エキスパートシステム」、その上が、成功・失敗を経験し、ルールづくりができる「機械学習」、そしてその上が「ディープラーニング」で、その上にAI自身で判断できるだけの豊富な経験を持って例外対応や新しいルール、直感で判断できる能力を持つといった4段階があります。
不動産を例にするとわかりやすいかと思います。例えば、大学近くのマンションを探していて、オートロックで、ガスコンロ付き、ワンルームでOKと言えば、AIのマニュアル対応でもいけると思われます。
ところが、ECの場合には質問や問い合わせの幅が広すぎるため、どんな質問が来るのかまったく読めないのがAI導入を難しくしています。例えば、「この商品はいつ届きますか?」「在庫はありますか?」くらいであれば、データベースから在庫を探して、在庫があればお客様の住所を検索し、宅配便のリードタイムを入れておけば「在庫はあります。今からのご注文で明日発送です」と回答できます。
しかし、「AとBの商品のどちらを買うべきか悩んでいて~」といった問い合わせになると、価格なのか、品質なのか、売れ筋なのか、店長おすすめなのか、本当はどちらが欲しいのかなど、人間ならメールのニュアンスでわかる場合もあるのですが、マニュアルどおりのAIでは、この回答は難しくなってしまいます(03)。要するに、“マニュアルAI”を導入しただけでは、ECショップのブランドを上げることが大変難しく、逆効果になってしまいます。では、どうすればいいのでしょうか。
マニュアルAIからの脱却方法
“マニュアルAI”を一歩進めた「ECで活躍する」AIは、運営側の準備とAIへの教育次第でつくることができます。
まずはマニュアル化です。先述と相反することを言っているようですが、マニュアル化はAI運用のファーストステップと考えてください。ここで満足してしまうと“マニュアルAI”となってしまうわけです。
マニュアル化の具体的な方法としては、一番接客が良いと思われるスタッフの対応をベースとし、お客様の質問と回答を整理していくことになります。その時注意すべきは、「現代の商売に即している応対をマニュアル化」することです。
というのも、お客様は神様だと教えられてきた世代では、お客様との関係を壊したくないために、やたらと謝罪を繰り返してしまう場合も多く、これがマニュアル化に大きく影響してしまいます。
また、スマホとSNSによる拡散と、その超高速化が売る側のスピードと誠実さを要求します。このため、ウソやハッタリなどは通じなくなっています。お客様を友人だと思ってその商品について親身になって対応することはもちろん、デメリットもしっかり伝えることが必要になっています。成績の良いスタッフの接客は、お客様の懐に飛び込んで、お客様にベネフィットがあれば売ることになります。ベネフィットがなければ無理にオススメしません。
そのような現代の商売に即した応対で成績をあげているスタッフの「接客術」をメソッド化していくのです。
その際、自分の成績が下がるからとか、ノウハウを取られたくないから教えたくない、というスタッフも出てきます。この場合には、会社のミッションとして、マネジメントする側とスタッフとの間で接客品質保証をどうするべきなのかをじっくり話す必要があります。
さて、マニュアル化が完了すれば、いよいよお客様との会話を想定しながら「シナリオ化」をします。いろんなパターンがあって、分岐も非常に多くなると予想できます。
・いつもお客様からいただく質問にどのように回答しているか
・お客様の情報をお伺いしてどのように回答しているか
このあたりをまとめておき、「どのようにわかっていただくか」のシナリオを作成していきます。
ここまで準備ができれば、導入に向けて具体的な動きができるようになります。まずは検証方針を決めて実験をしてみましょう(04)。
こうしてAIを考えていくと、「なぜ私たちはこの商品を売るのか」をもう1度再認識させられます。売上を上げるため、利益を上げるためだけを考えていると、AIを導入しても成功は難しいでしょう。なぜ今ECでモノやサービスを売るのか、取り組んでいるのか。つまり、それは企業の文化になり、風土づくりにもなります。AIは優秀なスタッフの分身となるわけですので、言葉の語尾まで浸透させる必要があるのです。
AI時代の到来は避けられない
2017年2月27日から3月2日までの4日間、MWC2017モバイルワールドカンファレンスがスペイン・バルセロナで行われ、私もフル参加してきました。MWCはもともとスマートフォンの新製品発表会の場だったのですが、5GやVR、AR、ビッグデータ、AI、IoTといったデジタルマーケティングのセッションと展示会のカンファレンスになっています。その中でソフトバンクグループ代表取締役社長の孫正義氏も講演し、あと30年もすればAIが人間の脳より賢くなると語って、会場を沸かせてました。
AIのスピーカーセッションもあり、FacebookやPaypalからもスピーカーが登壇し、トークバトルが行われました。LINEも負けじと「Conversational Commerce(会話型コマース)」をテーマにしたセッションで、AI技術を組み込んだ五感認識のサービスを出すと発表していました。会場はどれも満席立ち見という状態でした。
MWCで感じたことは、AI市場は、今後急速に発展し、必要不可欠なツールになっていくことは間違いなく、いつの間にかAIで接客されていた、ということになる可能性があります。テクノロジーは急速に進んでおり、今年から2018年にはECでの対応が必要になってくると思われます。ECショップにとっては、人による「接客失敗」という大きな課題をAIで解決するのが、当たり前の世界になりそうです。
お客様にとっても、わからない人に接客してもらうより、わかっているAIに回答してもらったほうが、顧客時間を最大化、接客スピードの高速化、接客品質が安定していることで、安心する時代になるということです。
となると、AIのためのマニュアル化、シナリオ化づくり、そのためのデータ収集は今からはじめても遅くはありません。また、企業の文化や風土につながる「なぜその事業を行うのか」を改めて見直すのもオススメです。ミッションはその時代によって、ブラッシュアップすることも必要になってくるからです。