2016.02.06
永原康史の「デザインにできること」 Web Designing 2016年2月号
「物理的デジタル」 メディアとデザインについて考える
ブックデザインやWebプロジェクト、展覧会のアートディレクションなどを手がけ、メディア横断的なデザインを推進しているグラフィックデザイナー、永原康史氏によるメディアとデザインに関するコラム。
古い機材を集めている。1980年代から90年代にかけてのソニーのブラウン管テレビやApple Macintoshだ。JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)主催で「デジタルメディアと日本のグラフィックデザイン:その過去と未来」 ☆1という展覧会を開催することになり、企画を担当しているためである。
ペンプロッタの登場でコンピュータグラフィックスを紙に出力できるようになった1960年代からその展開期である70年代にかけてをコンピュータとグラフィックの蜜月期と位置づけ、80年代のCG、90年代のマルチメディア、2000年代のWeb広告に、人工知能の発達が予測不可能になるといわれている2045年を見据えた作品や研究を加えて、過去から近未来までを俯瞰する展覧会だ。
それぞれの時代の作品は今でも色あせず魅力的だが、同時代の機材で再現することで作家やデザイナーがめざした姿かたちが見えてくるのではないかと考え、せっせと昔の再生機材を集めているのである。
ものが集まってくると、その機材の特徴がわかってくる。たとえば、ソニーのモニタ「プロフィールPro」は、今の液晶モニタに比べて解像度は望むべくもないが、その表現力においては勝るとも劣らない。画面比3対4のアナログソースなら間違いなく4Kディスプレイよりリアルな絵を映しだすだろう。四角いフレームのキュービックスタイルもよく、80年代のCG作品はぜひこれでみてほしいと思う。
90年代にCD-ROMで販売されたマルチメディアタイトルなら、やはり同時代のMacintoshだ。Appleの業績が落ち込んで、つねに売却の噂が流れていたころである。スティーブ・ジョブズがAppleを離れた85年はまだマルチメディアの時代は始まっておらず、96年に戻ってきたころにはもうインターネットの時代になっていた。Appleにおけるジョブズ不在の時代がちょうどマルチメディアの時代と重なる。Appleからフロッグデザインが離れてからは、デザインもパッとしなくなった。
そんな時代のMacがマルチメディア時代のメインプラットフォームなのだが、320×240ピクセルの画面サイズなのに秒15コマ程度しか動かない映像を自然にみせたり、256色しか表示しないコンピュータで写真を美しく再現するためにパレットを工夫したりといった職人芸は、やはり当時のコンピュータでしか再現できない。
副産物として掘り起こされたのがプリンタである。前述したようにペンプロッタがコンピュータグラフィックスを紙の上に描き出してから、ラインプリンタ(1行ずつ印刷する)、ページプリンタ(ページごとに印刷する。現在の2Dプリンタは全部このタイプ)と、プリントシステムの進展とともにコンピュータによる紙媒体への表現は変化してきた。
ポストスクリプトが初めて搭載された300dpiのレーザープリンタ(Apple LaserWriter II NTX)は、その独特の網点生成とともに目で確認できるジャギーの感触がほかにない味わいを醸し出す。1989年に発売された戸田ツトム『森の書物』(河出書房新社)は、300dpiのトナー感覚あふれる一冊だ。
その一世代前が、インクリボンを用紙に打ちつけて、ドットを連続させることで印刷する仕組みのドットインパクトプリンタ「Apple ImageWriter II」である。一応ページプリンタだが、その印字方法から、味わいはラインプリンタに近い。解像度は当時のMacintoshの画面解像度と同じ72dpiで、ピクセルとドットが1対1対応する。
ImageWriterといえば、アメリカ西海岸のグラフィックデザイナー、エイプリル・グレイマン☆2を思い出す。グレイマンが好んで用いたドットインパクトのプリント画像と旧来の写真技法を組み合わせたイメージは、コンピュータとグラフィックデザインの出会いを祝福しているかのようだった。
ユビキタス、ウェアラブル、IoTと、コンピュータがますます見えなくなってくる昨今、まだ物理的だったころのデジタル機材を見直してみるのもいい。私たちの身体がこれからどのように拡張していくのか、その出発点にもなるだろう。
☆1 2016年1月29日(金)~2月14日(日)まで、東京ミッドタウン・デザインハブにて開催。 http://dm.jagda.or.jp/
☆2 http://aprilgreiman.com/
- Text:永原康史
- グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。現在 「あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。写真はImageWriter II での印刷の様子。