医療サービスのコンシェルジュ「One Medical」 事例詳細|つなweB

アメリカが抱える医療現場の問題

アメリカ・サンフランシスコのシリコンバレー地域では、テクノロジーを活用してよりよい生活を生み出すためのイノベーションが日々生み出されていますが、その中でも最も変革が必要とされている領域が、医療です。

アメリカの医療環境は日本にお住まいの人には想像できないであろう状況で、「風邪かな?」と思って病院や診療所に連絡しても、予約がなかなか取れなかったり、取れたとしても数日後だったりと、そう簡単には診察を受けることができません。体調が悪いからと会社帰りに自宅近くの病院にふらっと行って診てもらう、なんてことはまず期待できないのです。

その背景には、アメリカの医療サービスが「医師一人ひとりに患者がつく」というシステムになっていることも起因しています。病院が窓口となって患者をまとめて受け入れ、空いている医師を回す、という形にはなっていないので、自分を担当している医師が忙しければ、たとえ予約時間に来院したとしても時間を大幅に超過して待たされたり、同じ薬を処方してもらうためにまた新たに予約して(数日後)、病院に行く(待たされる)必要があったりと、多くの改善すべき課題が残されています。加えて、アメリカでは医療費の高騰、治療格差などの問題は無視できないものになっています。

そんな問題を解決しようと、多くの医療系スタートアップがしのぎを削っています。彼らは医療技術の向上を図りつつも、患者と医師にとってメリットの高いサービスの提供を目指しています。その中でも今回紹介する「One Medical(ワンメディカル)」は、内科医のトム・リー氏が2007年に設立したスタートアップで、医療テクノロジー系の中でもかなり早い時期からサービスを提供しています。

One Medical
年会費を支払えば、アメリカ国内80カ所におよぶ診療所の中から自由に選んで医療サービスを受けられる「医療コンシェルジェ」サービス。従来の「予約が取れない」「長時間待たされる」といった診療サービスを受ける際に起きがちな課題を解決し、患者だけでなく医師や病院の業務の煩わしさを軽減させることに成功しました

 

医療データの一元化でコンシェルジュ」サービスを実現

ワンメディカルは、医療サービスを受ける際の患者の負担を軽減し、従来の医師や病院のやりとりの煩わしさを改善するために立ち上げられました。そのポイントは、会員制の医療サービスを提供するスタイルにしたことです。サービスの内容は、アメリカでは「医療コンシェルジュサービス」と呼ばれ、年会費149ドルを支払えば、ワンメディカルが経営する診療所ならどこでも行けるというものです。診療所は現在、米国9つの主要都市に合計80カ所近く存在しています。

さらに、同日予約が可能、24時間対応のビデオ電話による問診、検診のリマインダーなどが一元化されており、リアルでの来院による診療だけに止まらず、ビデオ電話による診療、メールによる診療などもでき、患者が自分の都合のいい日時、診察方法などを柔軟に選択できる快適さをもたらしました。

そして、診療に関するデータは全てオンラインで記録されることにより、患者は診療予約や処方箋申込、検査結果の取得や診療履歴の閲覧ができる便利さもさることながら、病院・医師側にも多大な恩恵が得られます。

医師が過去診察をしたことがない初診の患者でも、診療記録へのアクセスがオンライン上で可能であり、患者が複数の診療所に行っていたとしても、診療記録は一貫しているので診察も効率よく行うことができるのがポイントです。

これにより、診察・治療予約の95%は時間通り、もしくはそれよりも早く開始され、医者一人あたりが担当する患者数は従来の病院よりも35%の軽減を実現しました。それはつまり、患者一人に充てられる診察時間の増大をも実現したとも言えます。

また、診察だけでなく、自分の治療履歴をアプリで確認できるほか、いつも飲む処方薬の依頼もアプリから行うことも可能。これにより、病院側もほぼ全ての治療をオンラインで処理することができるようになり、それぞれ患者への対応が効率化され、結果として待ち時間が少ない医療サービスとなったのです。

 

集積した診療データを有効活用AIを使った予防医療

さらにワンメディカルは、AIを使った予防治療にも注力をしています。独自のアルゴリズムと機械学習技術を使って、治療実績から病気などの防止に役立てるという取り組みです。今まで医療業界で解決が難しいと言われてきた患者の過去の治療履歴データをオンラインで一元化し収集することで、より精度の高い予防医療を進めています。

もともとは個人向けサービスでしたが、その後UberやAdobeといったサンフランシスコの大型企業向けサービスとしても拡大しています。2020年の一月末にはIPOを実現し、何かと課題の多いアメリカの医療サービスに多きな変革を起こそうとしています。

 

専用アプリをを利用すると、現在地から最寄りの診療所(One Medicalが経営)を地図上に示してくれます。ユーザーは自分の都合(症状)にあわせて選択し、予約をとることができます
アプリで診察予約の確認・変更、定期検診のリマインダーはもちろん、今すぐ診てもらえる診療所も探すことができます。診療形式も対面だけでなくビデオ通話やメールによる診察にも対応しています
現在、アメリカの主要9都市に約80カ所の診療所を構えています。サンフランシスコのベイエリア周辺にも、現在35カ所の診療所があります
Text:ブランドン・片山・ヒル
米国サンフランシスコに本社のある日・米市場向けブランディング/マーケティング会社Btrax社CEO。主要クライアントは、カルビー、TOTO、JETRO、伊藤忠商事、Expedia、TripAdvisor等。2010年よりほぼ毎週日本から米国進出を希望する企業からの相談を受け、地元投資関係者やメディアとのやりとりも頻繁。 http://btrax.com/jp/
ブランドン・片山・ヒル
※Web Designing 2021年12月号(2021年10月18日発売)掲載記事を転載

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