Web制作会社が提供する「働き方」の選択肢 事例詳細|つなweB

1. 働きやすくするための地方拠点

中長期的な経営を見据えて「働き方」が選ベる環境にしたい

モノサスは、2004年にWeb制作会社として創業以来、マーケティングコンサルティング事業やデジタル運用事業なども含めて総合的に事業を手がけ実績を重ねています。働き方や仕事のあり方に対して問題意識が高い会社としても知られ、その一端はモノサスのコーポレートサイトを見ると一目瞭然。それらの考えを背景にしたコンテンツが数多くサイト内で確認できるでしょう。

モノサスが興味深いのは、東京本社や大阪事務所といった都市部の拠点に加えて、徳島県神山町や山口県周防大島(すおうおおしま)にサテライトオフィスを構えていることです(タイに関連会社もあり)。国内の従業員数が60名弱と、Web業界では中堅以上の規模ながら、業種を問わず判断すると、決して大きな会社とは言えない規模での複数拠点。サテライトオフィスに限れば、過疎化に悩む地域での設置です。

首都圏とギャップがある地方に、しかも複数の拠点を持つ理由とは? 同社代表の林隆宏さんに聞くと「働き方や暮らし方の幸福度を高める一つの策として、東京以外の場所で仕事ができる可能性を模索したかった」と語ります。

「会社経営の観点で言うと、社員一人ひとりが納得の上で20年、30年と働き続けてほしい。一方でWeb業界自体は、一部を除くと高収入を得やすい業界とは言えない。働き方やお金の稼ぎ方について、もっと選択肢があっていいのでは? 東京で働くことが好きでなかったり、ガンガン働くことに疑問や不安のある人に、別の道も用意できる状況をつくりたいと考えた結果、地方への拠点づくりを意識し出しました」

探し始めた2012年は、まだ「地方」がキーワード化していない時代、と林さんは回想します。社内の反応は鈍く、拠点案の有力候補として視察を重ねた徳島県神山町の話をしても、社内は微妙な空気に…。一度は話が萎んだものの、翌年、家族も含めた神山移住希望者が1名現れ、それがサテライトオフィス開設にもつながっていきます。

 

違和感は徐々に消えてくる?大型モニタ越しでの会議

徳島県神山町は、人口5,000人を超える程度の小さな農村。神山ではNPO法人グリーンバレーが先頭に立って、仕事を持った状態での移住を促すワークインレジデンスやサテライトオフィスなどに力を入れています。林さんがこの地に惹かれたのは、観光客ではなくアーティストが来たくなる仕組みづくり(神山アーティスト・イン・レジデンス)に注力するなど、神山に関心を持ったアーティストや起業家、クリエイター自身の都合やペースで、「来たい時に来てほしい」というスタンスに共鳴したからでもあります。

現在の神山には、サテライトと名づけながら、常駐スタッフが数名いる完全なオフィスを設置。ここでのノウハウが手伝って、2017年には副社長の永井智子さんが実家のある山口県周防大島町への移住とともにサテライトオフィスを開設、これで地方に2拠点です。

地方への拠点や複数拠点に関心がある人たちほど気になるのは、日ごろの仕事の実態。その場所で大丈夫か、という本音をこぼす人もいるでしょう。

「もともと、手元にある業務を持ち込む形で考えていました。神山は古民家の貸し出しなど拠点づくりの整備がしやすく、周防大島は実家の一室があるので、あとは通信環境など、働くための最低限の環境整備ができればOK。問題は、相手が何をしているかが見えないことで、定期的にインターネット会議を行い、相手をリアルに感じる機会を設けています。最後は“慣れ”。各拠点に設置した大型モニタの画面越しでの対応に慣れてくれば、相手が離れた場所にいることも気にならなくなるでしょう」

スタートは「働き方」の選択肢づくり
モノサスが地方に拠点を置く流れは、地方ありき、テレワークありきではなく、「働き方」の選択肢をつくることがスタート。一度できると、他拠点の可能性を探る場合に横展開できるメリットがある

 

2. 身を置き働く地域に、自らが動き、貢献したい

キーワードは「地産地食」地域に根づく事業で還元

モノサスは、いきなり神山にサテライトオフィスを開設したわけではないものの、社内から移住者が出るなど縁が継続。2015年からは、全国から塾生を募り、「神山ものさす塾」を開塾。選ばれた10名が半年間移住してデジタルスキルを身につける、ほぼ毎年行うプロジェクトで、塾生の一部は社員採用され、引き続き神山に住むという流れも生まれ、2017年、神山オフィスが設立。モノサスにとっての神山が、働き方の選択肢以上の特別な場所へと変わります。

そこで並行して進めていたのが、フードハブ・プロジェクト(以下フードハブ)。家族で移住した真鍋太一さんが中心になってまとめた神山の地方創生戦略案で、徳島県神山町の農業と食文化を次世代につなぐ目的を持つ施策です。

この話のくだりで、林さんから自社の心がけとして「地方や地域を消費しない」という言葉が投げかけられました。

「働き方について問い続け、神山との縁が生まれました。僕たちがすることは、単に良好な労働環境を求めることなのでしょうか? 遊んで泊まって、飲食店で食べて。これでは東京で過ごすのと変わりない、消費者としての生活とも言えます。自分たちがコミットしたい地域を自分たちの手でよりよくしたい。フードハブは、僕たちなりに地域のみなさんと協力しながら具現化した地域活性策です。フードハブのモットーは地産地食。神山という地域内で、食物をつくって食べる(消費する)ところまでを確立した仕組みがつくれれば、神山に根ざす地域振興につながる循環が生み出せます」

同時に誤解なく伝えたいのは、気分転換したい、といった保養所のような考え方や関わり方が悪いと批判したいわけではないことです。

「保養所として定着した地域はいいのですが、そうでない多くの地域は自らが消費されることに慣れていません。当然、地域のみなさんは警戒するでしょう。それでも拠点を置くとするならなぜなのか、という視点も持ちあわせながら、地方拠点は検討すべきだと思います」

 

 

地域にコミット、地域との共創の道を模索(1)
Food Hub Project(フードハブ・プロジェクト)

 

地域にコミット、地域との共創の道を模索(2)
地域との共創につながるアプローチとして生まれたこのプロジェクトの狙いは、地域内で農作物を育て、地域内で食べて次の世代につなぐ、「地産地食」の循環。神山ものさす塾やフードハブ・プロジェクトによって、これまでにモノサスから30名以上の神山移住者を生み出している

 

地方の課題解決を考える前に自社の課題を整理せよ

林さんには、地方拠点についてのアドバイスを求めると、「私の主観です」という前提で、話をしてくれました。

「今は地方創生という言葉が一人歩きしていて、盛んに地域課題の解決とも言われます。神山ではまったくそんなことはありませんが、地域によっては進出企業にそれらの解決を期待したり、企業側もそれをビジネスチャンスと捉えるかもしれません。ですが企業側が、大都市で働くこと、暮らすことに限界を感じて出てきているなら、地域の課題解決という前に、まずは自分たちの課題を見つめなおしたほうがよいと思います」

ここを外したまま地方に拠点を置いても、成果は期待しづらく、固定費がかかるだけでは、と投げかけます。

「ビジネスチャンスだと思って地方に行くと、苦しくなると思うのです。地方にも実は仕事はたくさんありますが、見つけづらい面もある。地域ですぐに利益を生み出したい発想は考えなおした方がいいでしょう。地域にもすでにビジネスの生態系があって、それを突然自分たちの仕事に、は少し乱暴です。ビジネスチャンスであるなら、地方より東京がよほどたくさんの機会に恵まれています」

ここまでの話からうかがえるのは、地域に根ざし、時間をかけて地域の人たちとの暮らしを築くなかで、初めて拓ける展望があるということです。

「地域では、インターネットやデジタルの仕事を自分から相談してくる人はほとんどいません。無理に自社のビジネスを地方で展開せず、続けていける関係性を築き、地域の会社・人とコラボレーションする中で、自社だからできる事業に取り組んでいくといいと思います」

「なぜ地方拠点なのか」を突き詰めて実行する
単純に生産性を追求し、ビジネスチャンスを求めるなら都市部に拠点がある方が有利なはず。地域の人々と継続的な関係性を築いていく中で、コラボレーションが生まれたり、新たなプロジェクトが自然に生まれてくる
遠藤義浩
※Web Designing 2019年10月号(2019年8月17日発売)掲載記事を転載

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