「移住」のノウハウに学ぶ、参入すべき地域の見つけ方 事例詳細|つなweB

飛び込む前にまずは関係づくりを始めよう

移住の難しさとは?いきなり飛び込むその前に

東京・有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」は、東京と大阪を除く45道府県の自治体と連携し、移住に関する情報提供を行っているNPO法人です。そこには日々、移住を考える人が訪れています。

ただし、同センターの副事務局長を務める嵩和雄さんは、「希望者すべてに移住を勧めるわけではない」と言います。

「例えば理想的な家を見つけたからといっても、地域との関わりがないままに入っていってしまうと、隣近所との付き合いがうまくいかずに苦労することになってしまいます。特に多いのは、地域の環境やその地区独自のルールに対する理解がないまま移住を進めてしまう例。そこで失敗すると、不幸な結果になりかねません」

地域には道や用水路を守るための草刈りだとか、地元の神社修繕のための積立制度といったような、土地の事情に根ざしたルールがあります。移住者もそうした輪に入る努力をしなければうまくいかないのです。

「移住というのは大変重い決断です。理想を実現したいという思いを抱くだけでなく、その前段階として交流事業に参加したり、短期のお試し移住を実践してみたりと、その地域への理解を深めておくことが必要なのです」

 

参入の前に必要なのはお互いの理解

参入側と受け入れ側の事情の違いお互いを理解できるか

単に自分の理想の生活を求めて新天地を望むだけでは、地元に受け入れられることは難しい…ビジネスにおいてもそれは同じだと言えるでしょう。自分のスキルや経験をビジネスに活かしたい、企画やアイデアを実現したいなど、「自分のため」に見える行動が先に立てば、周囲の協力を得ることは難しくなります。

「地方でのビジネスを“自己実現の場”にしてしまうと、地域にとってマイナスになることもあります。結果的に“かき回すだけかき回して出て行った”という事例をいくつも見てきました」

最近は起業や事業所誘致を目的とした多様な補助金制度が用意されているため、それを目的に地方でのビジネス展開を検討する企業も増えていますが、そうした傾向にも良し悪しがあると嵩さんは言います。

「自分たちのやりたいビジネスにとって本当にそこがふさわしいのか、見極める必要があります」

嵩さんは、そういう時こそ「私たちのような仲介者を活用してほしい」と言います。同センターでは、地域の小さなビジネスと言える、企業・店舗を移住者が引き継いで経営する「継業」の提唱も行っていますが、そこでもっとも大事にするのがお互いの理解。特にそれを結婚に例えて話すそうです。

「お互いをよく理解し、受け入れることができなければ結婚生活は続けられませんよね。地域ビジネスの場合は特にそこが大事です。仕組みをうんぬんするよりも前に、相手を幸せにする覚悟があるのか、という点が問われるのだと思います」

 

地域に受けいれられる仕事の仕方を

入りやすい地域には必ず「仲介者」がいる

一方、その地域が自分たちの“まちづくり”をどう考えているのかをよく調査することも重要なポイントになるといいます。

「例えば、“小学校を維持したい”というようなしっかりとした目的意識を持っている地域であれば、町の人口推移試算から小学校が複式学級になってしまう時期を調べ、それを避けるために毎年何組の子育て世帯を受け入れればいいか、そしてそのリソースをどう用意するか、といった具体的な施策を打ち出しているものです。しっかりした目的意識を持った地域であれば、受け入れにも前向きな環境があると判断できると思います」

そしてもう一つ、「先達」がいるかという点も注目だと言います。

「受け入れに積極的な地域には、たいてい先の移住者がいて、新しい人との仲介をしてくれるものです。そういう人がいる地域はやはり入りやすいと思います」

実際に、移住を前提としないまちづくりや都市農村交流事業に取り組んできた自治体が、結果として移住者を増やしている例も多いと言います。

地域への関わりを深めようと考えるなら、まずは地域の「人」との「縁」を大事に、というわけです。

「きっかけは、“自分の好きな銘菓がある”といったような、小さなことで構わないと思います。ECサイトが必要だとしたら、立ち上げに協力したいと思うのが人の気持ちというものでしょう。それ売っていく仕組みをつくり、流通を維持し、次世代を担う人を育成する…そうした気持ちこそが、地域を超えた関係づくりを育むのだと思います」

国はいま、旅行など「観光以上、定住未満」のレベルで、居住地以外の地域と関わりを持つ人=『関係人口』を増やす施策を進めています。それにともない、地方自治体も積極的な情報発信と受け入れに向けた取り組みを始めるところが増えています。

そうした取り組みの中には、グリーンツーリズムやワーキングホリデーといったような、気軽に参加することが可能ながら、地域との縁を育むことのできるものもあります。あるいは、自分のスキルを地域課題の解決に活かす「プロボノ」による地域支援をサポートするNPOなども出てきています。

いきなりビジネスを始めるために入り込むのではなく、まずはそうした形で地域との関わりを深めてみるのがいいと嵩さんは言います。

「地方移住を考える中でいちばん重要なのは“どこに住むか”ではなく、“誰と何をしたいのか”だと思います。そのためにもこうした地域と関わりを持つ中で、『この人と一緒に何かをしたい』と言えるようなパートナーを見つけてほしいと思います」

 

嵩 和雄さん
NPO法人ふるさと回帰支援センター副事務局長。立教大学観光学部や鳥取大学地域学部で講師も務める。2001年から9年間熊本県小国町での移住経験も踏まえ、自治体等への受入アドバイスなども行う
笠井美史乃
※Web Designing 2019年10月号(2019年8月17日発売)掲載記事を転載

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