デザイナーが主導する企画のあり方 事例詳細|つなweB
Wantedly People
AI搭載の名刺管理アプリ。 iOS/Android版、およびブラウザから使用が可能

 

アプリの価値提供をひとつ上のステージへ

2016年11月にリリースされたアプリ「Wantedly People」は、当初よりAI搭載で最大10枚の名刺を効率よく、高精度にスキャンできるといった利便性が評価され、翌年にはGoogle Play「ベスト オブ 2017」でイノベーティブ賞を受賞。これまでに多くのユーザーを獲得してきました。

このアプリの企画・開発で中心的な役割を果たしているのが、Wantedlyのデザイナー・青山直樹さんです。青山さんはプロダクトデザインやアートディレクションなどで実績を重ね、現在は同社デザインチームのリーダーとして、UI/UXを中心にプロダクトからコーポレートブランドまで、デザイン全般を担当しています。スキャン画面に円を用いるWantedly Peopleの特徴的なUIをつくったのも青山さんです。

そして2019年3月、Wantedly Peopleは大幅にUIを刷新したアップデート版がリリースされました。

「ユーザーにとって、Wantedly Peopleの一番わかりやすい機能は、名刺をスキャンして連絡先のリストを管理することだと思います。しかしアプリが目的とするユーザー体験のビジョンは、1回会った人ととのつながりを保ち、さらにお互いの情報や共感できる部分を知って、人脈から新しい仕事を生み出すことにあります。“撮って溜める”から“出会いを共感に変える”へと、アプリの価値提供をひとつ先のステージへ進めることが、今回のアップデートの大きな狙いでした」(青山さん、以下同)

そのさきがけとして取り組んだのが、過去のアップデートで追加された「話題」タブでした。これは名刺交換をした相手に関連する情報をより多く知ってもらうための実験的な機能として開発されたもので、利用状況を解析しながら具体的な方向性が検討されてきました。

「主要なユーザー体験の導線から逸れた場所に追加されていたため、認知度は思わしくありませんでした。新しいUIでは名刺のスキャンから相手の関連情報を得るまでを一連の流れに統合し、利用体験を一新しています」

 

ロードマップの中でテストをしながら次の一手を具体化

話題タブを軸に利用体験を改善した理由は2つあります。ひとつはユーザーへ提供する価値の拡大です。アプリが本来目指すのは、名刺交換した相手の情報を溜めるだけでなく、アイデアが生まれた時や困った時に相談できる関係を構築し、新しいビジネスにつなげてもらうことです。話題タブが提供していた体験の一部は、その入り口になる可能性を期待できるものでした。

もうひとつはアプリの収益化です。Wantedly Peopleはコンテンツをベースとしたビジネスモデルを探っており、話題タブはその媒体の役割を担うものでもありました。

「ユーザーへの価値提供、クライアントへのベネフィット、自社の事業、いずれにおいても話題タブはより多くの人に使ってもらう必要がありました」

しかし、開発チームは課題の存在を事前に予見していたといいます。

「従来の構成に収まる形でタブを組み込んであったに過ぎず、UIとして最適化されていないという認識はありました。ただ、初期バージョンの開発に着手した当初から、いずれ何らかのフィード的な機能を搭載することは計画していました。まずは一度つくりやすい形で組み込み、反応を見てから最適化しようと、大きなロードマップの中で決めていたのです」

ここまで段階的に開発を進めながら、収益化を目指すための課題と対策を見極めてきたというわけです。

「今回のアップデートの大元となったUIのアイデアは、実は1年前から温めていました。しかし、その時点ではすぐにやるべきではないと判断したのです。テスト期間を設け、その間に追加した改善すべてが構想の具体化につながっています。話題タブには課題があると思っていましたが、時間を置いた意義はあったと思います。また、会社の事業全体の中で、いつ何にリソースを割くべきかという経営的な判断もあります。それらをすり合わせ、ベストなタイミングでプロジェクトが動き出しました」

 

専門職の視点と実現性のある企画の強さ

先に紹介したように、青山さんはWantedly社内でデザイナーという専門職にあり、同時にWantedly Peopleについてはリードデザイナーとして企画・開発全体における中心的な役割を担う立場でもあります。

「弊社にはディレクターという役職がありません。プロダクトなどの企画については、エンジニア・デザイナー・マーケターなどの専門性を持つメンバーが各自の知見を活かしてアイデアを出し、経営と意見を交わしながら形にしています」

同社の大きなプロジェクトは基本的に四半期を区切りに開始されます。企画の立案はその前の期の仕事。社員から提出された案をCEOが自ら精査してフィードバックし、そこに意見やアイデアが寄せられ…といった形でやりとりを繰り返し、内容を固めていきます(P076図03)。最終的にCEOが採用する企画を決定するまでの段階で多くの人の意見が反映されているのです。より小さな施策については開発チーム内だけでこうしたプロセスを回します。他の企業がこれを急に真似ることは難しいかもしれませんが、専門職のメンバーが積極的に企画に参加することには大きな意義があると青山さんは指摘します。

その理由のひとつは、専門職の知見やスキルを活かした提案ができることです。デザイナーならではの視点で課題に気付き、デザイン的なアプローチで解決策を考え、それをプロトタイプにして提案するなど、専門性を持つからこそ出せる企画が、プロダクトの可能性をより広げることにつながります。

もうひとつは企画の実現性です。制作スキルを持つ人が企画すれば、提案だけで終わらずそれを実際に自分で形にすることができます。企画の段階で実現性が保証されていることによって、制作スキルを持つ人が提案すること自体が企画の強さになるのです。

「デザイナーはビジュアルで考え、表現し、伝えることができます。マーケターならデータからプロダクトの採算性を裏付けたり、エンジニアなら誰もできると思っていなかったことの実現方法や、新しい体験を生み出すロジックを提案してくれるでしょう。誰かひとりが考えるのではなく、全員が企画に参加する意義はとても大きいと思います」 

同社のプロダクト開発では多くの場合、形式張った仕様書は用意されません。今回の開発では青山さんが制作したプロトタイプなどを仕様書代わりとして完成形を示すと同時に、開発チームのメンバーに対しては他にもさまざまな資料を用意し、具体的な最終イメージを共有していきます(図02)。

コンセプトを理解してもらうための資料や、より詳細につくり込んだプロトタイプで完成形を伝え、詳細なインタラクションや動きについてはGitHub上で展開。部分ごとにIssue(GitHubの議論の場)を立てて、疑問が挙がればその都度バグを潰すように解決していきます。「デザイナーとして、メンバーが“これをつくりたい”と思えるような、あるべき姿を提示していきたいと思っています」

 

アイデアに出会うために課題は“消化”しておく

ユーザーに提供する価値の拡大を目指し、実験的に追加された話題タブでしたが、より多くの人に使ってもらう必要があることが明らかになっていました。ですが、今回採用された新しいUIは、その数字の改善を直接的な着眼点としたものではありません。発想が生まれたのはまったく別のところでした。しかし、数字を無視して考えていては生まれてこなかったアイデアだったと青山さんはいいます。

「数字を読み込んでアイデアが出てくるわけではありません。しかし、数字からわかる状況を把握し、常に課題を理解しておくことは非常に大切です。理解した上で繰り返しアウトプットを続けていれば、必ずクリティカルな案に出会えるはずです。だから、数字は意識的に見ようとして見るというよりも、いつも当たり前に見て、頭の中で消化できた状態にしておく必要があるのです」

課題を十分に消化した上で常に考え続けることで、関係性を感じていなかった部分にあるとき意味が生じることがあります。アイデアとは、何もないところに湧き出るものではなく、多くの仕込みと蓄積の上に現れるものなのです。

 

ビジネスである以上事業に貢献する企画を

Wantedly Peopleをはじめ、社内で企画提案を行う際に青山さんが基軸としているのは、自社の事業とビジョンにとって役立つものであるかどうかという点です。今回のアップデートを企画したのも、ロードマップの中で向き合ってきた課題に対してビジネス的な面でも貢献できる案が生まれたからでした。

「いろいろなアイデアを考える中で今回採用したUIを思いついた時、これによって以前のバージョンとどれくらい差が出るのか、自分で効果試算をしてみました。その結果、ある指標について数倍の改善を期待できることがわかりました」

デザイナーがこうしたところまで計算をするケースは珍しいかもしれません。しかし、企業がビジネスとして取り組むものである以上、事業に貢献する案なのかどうかは重要な評価基準となります。自分自身で企画案の良し悪しを評価するためにも、ある程度数字的な裏付けを持って判断できた方がいいと青山さんは言います。

「デザイナーもビジネスをしている人間です。その場の流れで上司やクライアントに『いいね』と言わせても意味がありません。1人のプロフェッショナルとして、事業にとって利益を上げられる提案をするべきだと思っています。デザイナー個人ではできないことも、チーム内のマーケターなど他のメンバーと協力していけると良いのではないでしょうか」

同社では、アイデアを早い段階から簡単な資料で共有して意見を出し合うことを重視し、社内の上司に向けて改めてプレゼン資料をつくることはしていません。

「思いついたことはどんどん共有してブラッシュアップしていき、プロトタイプで触れる形にして見てもらいます。見栄えのする企画書をつくっても、最終的にユーザーにとって良いもの、使ってもらえるものになるかどうかには関係ありませんから」

経営側にしてみれば、採用すべきはビジネスに貢献する企画です。青山さんは課題解決と同時にビジネスに貢献する企画を提案し、それが採用されることによって自身がデザイナーとして活躍する場も得ています。

制作者にとってビジネスに貢献する企画提案ができることは、自分の能力を活かす場を自分で手に入れるための力にもなるのです。

 

制作スキルを持つ人が企画できることの強さ

アイデアをプロトタイプにしたり、実際にアプリやサービスとして開発できるスキルは、クリエイターが持つ大きな力です。その上で、クリエイターがビジネス課題を見つけたり、数字から課題を見つけて対策を提案できるようになれば、カバーできる仕事の範囲が大きく広がるはずです。しかし、依頼を請け負う姿勢で取り組んでいては、その可能性を逃してしまうかもしれません。

「それぞれのメンバーが“自分ごと”として物事を考えられるのは、インハウスデザイナーとして事業会社で開発することの良さだと思います。プロダクトは一度ローンチしてもそれはスタート地点に過ぎず、改善を回して事業として成長させていく必要があります。最終的な完成を定義できない、ゴールがない世界です。そこで良いものをつくり続けていくためには、たとえクライアントワークであっても開発チームの一員として“自分ごと”と捉え、関わっていくことが大事だと思います」

先日アップデートしたばかりのWantedly Peopleですが、青山さんはやりたいことがまだたくさん残っているといいます。

「今回のプロジェクトの構想に限っみても、実現できたのは半分程度に過ぎません。この先、大きく姿を変えるところまではまだイメージできていませんが、いろいろと見直したり新しいアイデアも加えながら、開発を続けていきたいと思います」

教えてくれたのは…青山 直樹
ウォンテッドリー株式会社 デザイナー UIデザイン、アートディレクションなどの仕事を経て同社へ。UI/UX、ブランディングなど、幅広く企業とプロダクトの価値をつくる
笠井美史乃
※Web Designing 2019年6月号(2019年4月18日発売)掲載記事を転載

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