クライアントの心を鷲掴みにする勝つための「企画術」 事例詳細|つなweB

サイトのリニューアル、新サービスのスタート、新規顧客へのアプローチ。そうした機会があるごとにクライアントから依頼される「企画書」作成。ビジネス的にはおいしい話だけれど、それはあくまでも“採用されたら”の話。いくら時間をかけても、予算を注ぎ込もうとも採用されなければ成果は「ゼロ」。そんなことにならないようにするには、何はともあれ、企画力を高めるしかありません。そこでご登場いただくのは、コンサルティング会社(株)ビービットの宮坂祐さん。本誌でも度々ご登場いただく宮坂さんは、これまで数多くの激戦を勝ち抜いてきた企画のプロ。その知見はまさに「先生!」と呼びたくなるほどの充実ぶりです。今回、企画特集の冒頭では、その宮坂さんに、相手企業の心を鷲掴みにする企画のポイントを語ってもらうことにしました。これまで我流でがんばってきた皆さん、今回は先生のお話に耳を傾けてください。それでは先生、よろしくお願いします!

 

 

[1]企画をつくる前に絶対に聞いておくべきポイントとは

企画を立てるに当たってまず大事なのは、情報収集のプロセスです。しかし、単に聞こえてくる声を集めるだけではダメ。質の高い情報を集めるための工夫が必要となります。

 

孫子が教えてくれた情報収集術

企画について考えようというこの記事の冒頭で、こんな話から入るのもどうかと思うのですが、私自身は、企画コンペはできれば避けたいと思っています。準備に膨大な手間や時間がかかるにも関わらず、採用されなければその苦労はゼロになってしまうからです。実際に私自身、年に100本以上の企画提案書を書いていた時期があるのですが、それはそれはしんどい経験でした。

そんな時に、ふと目についたのが、古の中国の兵法書で、現代ビジネスの戦略書としても読まれる『孫子』の、こんな一節でした。

「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」

連勝して喜んでいるようではダメ。戦わずして勝つことを考えなさい、というのです。疲れた私の心に響いたのは、もちろん、「戦わずして勝つ」という点です(笑)。企画をつくらずにプロジェクトを受注する方法はないか、仮に書くことになったとしても、必ず勝てる方法はないか…。そんな都合のいい話、あるわけないと思いながらも、真剣に考えてみると、意外なことに、すぐに見つかりました。「孫子流企画術」というほどのものではありませんが、見つけたのはこんな内容です。

(1)対象となる企業(のキーマン)の元に深く入り込み、外部ブレーン的な存在になっておく。
(2) その上で「RFP」(制作会社に向けて提供される提案依頼書のこと)を書く立場になってしまう。

(1)がうまくいけば、「頼むよ」のひと言で、戦わずして受注ができるでしょうし、(2)のようにRFP(あるいはその下書き)を書かせてもらえるようになれば、その中身に、自分の会社の強みをさりげなく織り込むことで勝率を上げることができます。デザインが得意なら、RFPをデザイン重視の内容にすればいいですし、サービス構築に強みがあるなら、RFPのポイントを新サービスの実現に置いてしまうのです。事実上、「戦わずして勝つ」ことも可能でしょう。

…と、あたかも新発見でもしたかのように、話をしてきましたが、皆さんの会社と、継続的に仕事をくれるクライアントとの関係は、多かれ少なかれ、このような感じではないでしょうか。

つまり、「勝てる企画書」をつくるためには、それが初めての相手であろうとも、その実情を探り、あたかも、長年の付き合いがあるかのような内容の企画書にする工夫が必要というわけなのです。

勝てる企画のための情報収集。さまざまな質問を壁打ちのごとく投げかけることが重要です。そこから必要な情報を見つけ出しましょう

 

代わりにRFPを書けますか?

ではどの程度、相手企業の実情を理解しておけば、勝てる企画書を書くことができるのでしょうか。企画立案にあたっては、相手企業の実行部隊とのミーティング、さらにはキーマンと言える人物への集中的なインタビューを行って情報収集を進めていくことになりますが、その際の目安として、彼らが出してきたRFPよりも、いいRFPが書けるかという点に集中してみてはいかがでしょうか。RFPと企画書は裏表の関係。いいRFPが書けるなら、いい企画書が書けるだろう、というわけです。

では、具体的にどんなことを聞けばいいのでしょうか。私はいつも、下で紹介している6点の情報を集めることを心がけています。この中には、すぐに答えを引き出せるものもあれば、さまざまな質問を投げかけながら…、いわゆる「壁打ち」をしながら明らかにすべき質問項目もあります。

特にしっかりと引き出しておきたいのが01のWhat、「どんな課題を解決したいのか」という点です。ただし、注意しておきたいのはWhatが階層構造になっているケースです。例えば、「売上アップのために新サービスを構築したい」といったような話の場合、「What」が「売上アップ」にあるのか、それとも「新サービスの構築」に置かれているのかによって、企画書の内容はまるで変わってきます。こうしたポイントをしっかりと聞き取るために、じっくりと情報収集を進めてください。

相手企業から 聞き取るべき 6つのポイント
企業が感じている課題と、ユーザーの要望には多かれ少なかれギャップがあるもの。そのギャップこそが企画立案のポイントとなります

 

二面からの情報収集で「ギャップ」を見つける

企業側の情報収集が済んだらそれでおしまいかと思ったら大間違いです。「勝てる企画」 をつくりあげるためには、ユーザー側からの情報収集が欠かせません。企業の課題は、その企業の商品やサービスを利用しているユーザーの声を聞いて初めて、明確にすることができるからです。ユーザーアンケートではダメなのか、と思うかもしれませんが、質の高い情報を短時間で収集するには、ユーザーに会って話を聞いた方がうまくいくことが多いです。

ユーザーインタビューといっても、なにも難しいことをしようというわけではありません。商品やサービスを使っているユーザーに協力を依頼し、使用状況を尋ねていけばいいのです。

・どうやってその商品やサービスを見つけたのか
・その背景にはどんなニーズや課題があったのか
・どういう風に使っているのか
・不便を感じたり・手間がかかる点はないか

こうした内容を、順を追って尋ねていけばいいのです。無理にいいところを言わせる必要もなければ、悪口を言わせる必要もありません。シンプルに「事実」を掘り下げていけば、自然と課題は浮き彫りになってくるものです。

そうして企業側とユーザー側の両者から情報収集を行ってみると、そこに「ギャップ」があることに気がつくのではないかと思います。企業が想定していることと、ユーザーが要望していることの間には必ずズレがあるものです。

そのギャップこそが、この後、企画をつくりあげていく上で非常に重要なポイントとなってきます。

 

 

[2]企画とは「勝ち筋を見せる」こと。 クリティカルシンキングで道を見つけよう

収集した情報をまとめて企画に仕立てていくにはどんな視点が必要なのでしょう。ここでは、企画とはそもそもどういうものか、といった点から考えてみることにします。

 

聞き取った内容はこう整理する

クライアントとユーザーから聞き取りを行ったら、その情報を整理して、企画として組み立てていくことになります。では、そもそも企画書には何を書けばいいのでしょうか。前項で紹介した「情報収集の6項目」を踏まえるならば、01の「What」、つまり課題を解決するために、その方法である04の「How」をグレードアップ、またはまったく違った角度から再構成して提案する、といったところになるでしょう。

ただし、ここで注意すべきポイントがあって、それは、企画段階ではHowを具体化させすぎてはいけないという点です。企画立案の議論をする際には、UIのあり方や、表現方法といった具体的な部分を提示してしまうと、どうしてもそこにとらわれてしまい、本来議論すべき課題解決に至る道筋を見失ってしまいがちだからです。こうしたミスは、企画提案に慣れているはずの制作会社や代理店ですら、犯してしまいます。

以前、ある旅行サイトのコンペティションに参加した時に、こんなことがありました。そのサイトの課題は「予約数を増やす」ことにあったのですが、クライアントのRFPに、彼らなりの解決プランとして「デザインリニューアル」と「検索機能の強化」が提示されていたこともあり、競合各社は、膨大な予算をかけたデザインリニューアルと、検索機能の強化に重点を置いた企画書を提出したようです。しかし、そのサイトの最大の課題が「予約数の増加」であることを念頭に企画立案を行なうことができた我々は、「広告施策の改善」を行えば、低予算で課題解決ができると提案をしました。結果として指名を勝ち取れたばかりでなく、実際の売上を大きく向上させることができたのです。では、どうすれば枝葉末節にとらわれることなく、企画をまとめ上げることができるのでしょうか。私は、企画の段階では、「勝ち筋を見せる」ことを念頭に置いて検討を進めるのがいいと考えています。大きな枠組みや基本方針を、「こうしたらうまくいく」と説得力を持たせて提示しよう、というわけです。

「問いの構造」を つくり上げよう 大きな問いを念頭に置きながら、問いの構造をつくり上げていく。問いや、その答えについては、収集した情報を活用していく
企画をお弁当に例えるならば、企画書は「ぜひとも食べてみたい美味しそうなもの」になるべきです。そのような中身にするためには、食べる人の好みや入手先の事情を知っていることが不可欠です

 

具体案ではなく勝ち筋を見せる

では、ここまで集めた情報をどのように整理すれば、勝ち筋を見つけ出すことができるのでしょうか。そのための方法として、「クリティカルシンキング」を利用することを推奨したいと思います。

クリティカルシンキングとは「論理思考」の一種で、ゴールへの道筋を強く意識しつつ、問いを積み重ねながら論理の構造を組み立てていく考え方のことです(P030図)。

まず「大きな問い(「イシュー」と呼ぶ)」として、企業が抱えている本質的な「課題」を置き、その問いを検証するための小さな質問をどんどん投げかけていくのです。クリティカルシンキングで大切なのは、批判的な視線を大事にして質問を投げかけていくこと、そして常に「大きな問い」に照準を合わせながら整理整頓を進めていくことにあります。こうすることで、思考の方向を揃えたまま、議論を進めることができますし、枝葉末節にとらわれることなく情報の整理整頓を進めることができます。

こうして作成した問いの構造は、「勝ち筋」そのものであり、その一方で、企画書の構成にもなっていきます。最初は少し時間がかかるかしれませんが、試行錯誤しながら組み立ててみてください。

 

 

[3]企画書を理解しやすく、伝わりやすいものに仕立てるノウハウ

企画作成までの3ステップ。3つ目の項目は「アウトプット」です。情報を集め、まとめ上げた内容をどう伝えるのか。企画書やプレゼンシートを作成する際のポイントを紹介します。

 

心を動かすワクワクドキドキ

企画の構造をつくりあげることができたら、最後のステップとして、アウトプットについて考えてみたいと思います。ここまで「企画は論理的にまとめるべきだ」とお話しましたが、いざそれを“伝わるもの”に仕立てるには、いくつかの工夫が必要になります。例えば感情に訴えかけたり、短時間で判断をしやすくしたり、さらには心配事を潰しておいたり。ここでは、伝わる企画書にするために持っておくべき視点を4つ、紹介しておきたいと思います。

(1) ストーリーを意識する
物語的な展開、ストーリーは企画全体の概要を理解させ、興味を引くためにとても重要な要素です。小説のように仕立てる必要はありませんが、見せ場を意識したり、ちょっとした伏線を用意するなどしながら、企画をまとめていきましょう。

(2) ワクワクドキドキを織り込む
企画には相手の心を動かすようなメッセージを、スパイス的に加えておくことが必要です。例えば「この企画が通ったら、世の中にこんな貢献ができるでしょう」とか、「たくさんの人を喜ばせることができるかもしれません」といったような要素です。

こうした工夫を、著名な経営コンサルタントである内田和成さんは、著書『右脳思考』の中で「ワクワクドキドキ」という言葉で表現しています。

内田さんはこの本で論理的思考を左脳思考、勘や感情をもとにした直感を右脳思考と定義し、ビジネスを成功させるには、両方の視点を取り込むことが必要だと語っています。論理の部分がしっかりとしている必要がありますが、人に伝える際にはそうした「右脳的」な要素を織り込むことも重要なのです。

 

トドメのFAQが効く

(3) 人の脳は「比較」が得意だと心得ておこう
プレゼンテーションなどの場では、わかりやすく伝えるだけでなく、相手が判断しやすくなるような工夫をしておくことも重要です。一般的に人間の脳は「比較」が得意です。「Aという意見は正しいか」を短時間で判断するのは難しいものですが、「AとBのどちらが良いか」については、サクサクと頭が働くものです。こうした特徴を利用して、所々に相対的な比較を織り込んでいきます。「これまでAのやり方をしてきたが、○○△△と言う理由でBのやり方のほうが良い」といった具合です。特に前項で見つけ出した「ギャップ」を活用することがポイントになるでしょう。

(4) 最後に「安心」を用意する
誰でも、新しいことに挑戦する際には不安がつきものです。いくら企画の内容がよくても、小さな疑念が湧き上がってくるともう止まりません。「全体的にはいいけど、△△の点が不安だよね」といった具合です。その時に、「だから無理だよね」と言わせない備えをしておこうというわけです。

そこでオススメなのが、「FAQ」の掲載です。予算について、スケジュールについて、湧き上がってくるであろう「疑念」一つひとつに答えるQ&Aを企画書の末尾に添えておく。そうすることで、相手に安心感を抱かせるだけでなく、企画の実行力を示すこともできるでしょう。

『右脳思考』 ロジカルシンキングの限界を超える 観・感・勘のススメ 内田和成著・東洋経済新報社刊 1,728円  宮坂さんが本文で触れている『右脳思考』は、著者の内田和成さんが経営コンサルタントの仕事を通じて、優れた経営者たちが、ロジックと同様に勘や感情をいかに大事にしているかをまとめた一冊。左脳と右脳の使い分け方やタイミングなどを解説しており、企画の作成にも役立つ。
論理と並行して 感情も大切に 企画書に心がワクワクドキドキと沸き立つような情報を織り込むと、伝わりやすく、共感を得やすくなる

ここまで紹介してきたり、勝てる企画をつくるには、時に相手企業の立場に立ち、時にユーザーの目線を大事にしながら進めていくこと、そして論理と感情を上手にブレンドすることが大切になります。視野を大きく広げながら進めていきましょう。

小泉森弥
※Web Designing 2019年6月号(2019年4月18日発売)掲載記事を転載

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