汎用性を意識した自社開発こそ究極の「企画」 事例詳細|つなweB

 

自社開発で証明したいビジネス力

ここ数年、ピラミッドフィルム クアドラ(以下PFQ)が継続的に取り組んでいるのが、オウンドワークづくりやプロトタイプの開発だ。業態の構造上、どうしても受託業務が多くなりがちなデジタルクリエイティブ系のプロダクションにとって、自らビジネスを生み出す機会は現実的で重要な課題である。PFQはその突破口として、自社開発への注力に活路を求め、実際に毎年複数の成果物を生み出している。

中でも、2018年12月に開発した最新作「もし壁」が話題を集めている(01)。もし壁は、異性/同性を問わず2人1組で、フィッティングルームを改良した「もし壁ボックス」に同時入室。手のひら型をしたセンサーを使って、お互いの相性診断を行い、設定した閾値を超えて見事に両想いと判定されれば、事前に入力したメッセージを相手から受け取れるという(02)。相性診断の際は、お互いが相手に「壁ドン」するという体験がユニークさを生んだことで、話題化の喚起に成功した施策でもある。

01_2人1組が狭くて暗いボックス(密室)に同時入室
異性、同性問わず2人1組が「もし壁」ボックスに入室。お互いが「壁ドン」する高さに設置された手のひらセンサーに置いた手の脈拍や発汗、温度を測定し、お互いのドキドキ感を測定するという相性診断体験を提供している

 

積年の自社開発の知見が活きている

PFQが自社開発を進める中で意識することが、1つの完成形として完結せず、横展開が可能な汎用性のあるコンテンツや体験にすること。もし壁にしても、Yahoo! JAPAN Hack Day 2018での出展を皮切りに、東京都小平市花小金井の街コンイベントでの出展や、映画のプロモーションにも使われているほか、民放テレビ局のニュース/情報番組でも取り上げられている。これらの背景には、誰でも知っている体験(相性診断)を仕組みのベースにしながら、PFQらしさを感じさせるユニークな体験(壁ドン)を意識した開発が実現されていることと関係している。強みである「開発力」を大前提に、中身の普遍性や話題化も意識した企画力を組み合わせた施策だからこそ、ともいえる。

「2014年流行語大賞にもノミネートされた“壁ドン”は、若年層を中心に、インパクトがありながら説明不要なアクションです。そこに相性診断という誰もが知る体験を絡められたことで、想像しやすくてユニーク、かつ横展開も狙える仕組みとして仕上げることができました」(PFQ・阿部達也さん)

引き合いが絶えないのは、PFQが「もし壁」以前からも横展開を意識した自社開発を数年間取り組み続けてきた経験が活きている。机上の計算だけでなく、開発後の成果物が現場でどう活用されるかを積み重ねてきたことで、それらを凝縮した知見が今回の開発にも注入されている。

 

研究機関に相談!? ドキドキを可視化

もし壁のナビゲーションを見ても、各所で横展開につながる機能が散りばめられている。各工程の説明は03にあるが、例えば筐体が組み立て式という点はこうだ。

「過去に、筐体の大きさで出展会場への搬入が困難という苦い経験もしてきました。組み立て式だと搬入出の制限がグッと緩和して出展へのハードルが下がります。開発ありきだと見落としがちな形状やサイズへの目配せを、地道に開発を続けた経験があったからこそ、先回りで気づくこともできています」(阿部さん)

また、センサーを使ってドキドキ感を手のひらの脈拍や発汗度、温度で計測することに、「本当にできるのか?」という素朴なユーザーの疑問にも応えるために、事前の準備は抜かりなかったと付け加える。

「手のひら型センサーを用いたプロトタイプを開発して、『横浜ガジェットまつり2018』にも出展。測定を通じた体験がそもそも楽しいのかという検証も行いました。複数の研究機関や大学にもコンタクトをとって、研究者や教授に会い、至近距離での脈拍の上昇を相性診断(好意)として成立できるのかも相談して、確信を得た上で公開しています」(PFQ・松村有博さん)

実は苦手な相手同士でも、至近距離だと通常時よりも計測に変化が出るという指摘があった。そこでUXを研ぎ澄ませることで、その点をカバーしている。

 

Web制作会社の事業性を証明

そのほか、結果の予測がつかない診断の要素を、別企画で組み合わせることも可能だし、診断結果を紙で出力するというフェーズを設けたのも、1つのアイデアと言える。

「ユニークな体験だけで終わらず、ユーザーに形を残したくて取り入れました。診断結果によってクーポンやチケットが出てくる仕掛けもつくれて、違った企画が生み出しやすい特徴にもなっています」(阿部さん)

白眉は、壁ドンを組み込んだ企画性だろう。インパクトがあって認知がある、何となく想像しやすい行為なので、参加のしやすさにもつながっている。だからこそ、PFQらしい独特さを担保しながらも、珍しい体験だけで終わらせず、普遍性や柔軟性によって(非公開の分も含めて)汎用性を示す事例が複数出ている(04)。

さらに強力な知見を手に入れたPFQの取り組みは、自社初の事業性を高めたいWeb制作会社の貴重な道標にもなる。今後の動向も引き続き注目したい。

04_「もし壁」から見えてくる汎用性を生み出す方程式
「もし壁」が別企画の複数の現場で転用される背景には、汎用性(横展開)を意識した自社開発だからこそ。導き出されたのは、誰でもわかる体験(相性診断)に自社らしい企画性(壁ドン)と、弾力性のある仕組みで適宜仕様や設定をカスタマイズできる柔軟性、以上の3要素だ

 

PYRAMID FILM QUADRA クリエイティブディレクター 阿部達也さん(左) PYRAMID FILM QUADRA デベロッパー 松村有博さん(右)
遠藤義浩
※Web Designing 2019年6月号(2019年4月18日発売)掲載記事を転載

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