クライアントと濃密で長期の関係を築く方法 事例詳細|つなweB

ビジネス戦略に携わる機会が増えUX重視の仕組みづくりがメインに

SINAP(シナップ)は、東京・神宮前に拠点を置く、UX重視の成果物制作や継続的なデジタルマーケティングに強みを発揮するデジタルクリエイティブプロダクション。設立当時の2004年に遡ると、当初はフリーランスとして活躍していたディレクター、デザイナーたちによって設立されたWeb制作会社だ。クライアントの課題解決を意識した広義のデザインでアプローチする姿勢は大事にしつつ、Flashを使ったスペシャルサイトが活況だった時代、SINAPもその潮流どおりのWebサイトを手がける機会も多かった。

「2007年~2008年になると、サブプライム住宅ローン危機、リーマンショックで広告系の案件が減少。さらにiPhoneの登場でFlashの案件はなくなっていきました。Web業界が“変化”を求められた時期でした」(SINAP・大川貴裕さん)

増えてきたのがスマートフォンを活用したWebサービス案件。もともと単純な制作案件よりビジネスプランニング案件に携わっていた背景から、今後の企業のビジネス戦略に、Web戦略の占める位置が大きくなると直感できたそうだ。

「UXデザインという言葉が流行る前から、スマホなどのUXを意識したアプリやビジネスの仕組みづくりに携わっていたのが活きて、時代の流れとうまく噛み合えましたね」(大川さん)

出版社が新たな挑戦へ!両者の決断が今につながる関係に

2010年、そうした経緯を辿ったSINAPが、同年7月に起業予定の出版社、星海社と出会い、以後丸8年間、毎週一度SINAPオフィスで両者合同ミーティングが現在進行形で欠かさず開かれるほど、濃密なパートナーシップが築かれていく。技術トレンドの移り変わりが激しい昨今、ここまで深く継続的な関係性は珍しいだろう。

両者の関係性から貴重なヒントを得るために、もう少し星海社の背景を知っておきたい。星海社は起業前から、デジタルを担うパートナーを探していた。インターネットやデジタルが盛んな昨今、出版界は紙中心など従来路線の脱却がなければ衰退しか待っていない状況。デジタル中心で勝負したい新規出版社として、数あるパートナー候補からなぜSINAPを選んだのか?

「SINAPさんから、“新たな出版の常識をつくるなら”と、かなり突っ込んだ提案をしていただけたからです。“この相手なら本気で一緒に闘える”と思いましたね」(星海社・太田克史さん)

「当時は特に出版業界とデジタル業界に大きな溝があったので、当初は“言ってもわかってくれないのでは?”と悩みつつも(笑)、従来の概念を覆したいという星海社の創業理念に適った本気のデジタル提案をすると、想像を越えた柔軟な反応があって、動き出しました」(大川さん)

8年前を思い起こすと今ほど電子書籍が普及しておらず、まだリッチコンテンツはFlashという時代にFlashでなくHTML5対応サイトを立ち上げ、レガシーのフィーチャーフォンは見切ってスマホ対応を中心に据える。極めつけは小説のDRM(デジタル著作権管理)フリー化も行った。

「ガラケー対応は細かくやるべきという時代で、ガラケー対応した方が利益が出るのに、私たちの理念を優先したSINAPさんの真摯な提案姿勢が、関係性の象徴になっています」(太田さん)

 

毎日複数回の更新を実現! 常識破りのマンガ媒体『ツイ4』

両者が「既存出版業界の概念を覆す」という価値観を共有すること。その上で、ビジネスとしての成果を求めながら「挑戦」という姿勢も保った企画を導き出し、世に問い続けたことが、結果として8年を超える関係性へとつながったのだ。

結果、数々の失敗も一緒に重ねてきたというが、失敗について両者がともに責めないという関係性も自然とできあがったそうだ。

「失敗して初めてわかり、気づくことがあるので、挑んでダメならば仕方ないと。ただし、やる以上は徹底して考えて選び抜き、集中的に資源を投資することは意識しています」(太田さん)

だからこそ、両社による画期的な取り組みが数々と光っている。一部を挙げても、2010年当時にHTML5で実装した『最前線』でDRMフリーの小説掲載を実現し、コピー&ペーストが自由という小説メディアを公開した。同年、当時隆盛を誇ったUstreamを利用した「満月朗読館」というライブ配信も実現する。こうした出版社主導の矢継ぎ早な試みは、デジタルに及び腰な出版社のイメージを覆している。

「当時、あるアドバイザーから言われたのが、デジタルの更新は月単位でも日単位でもない。朝、昼、晩の3回だと。紙の雑誌感覚だと、月刊や週刊が染みついている中で、“日”刊でも違うと。これはかなり衝撃的な言葉でした。マンガを1日3回更新? 無理でしょ、と(笑)」(太田さん)

しかし、見事実現するのである。それが2014年に立ち上がった「ツイ4」。Twitterに4コママンガを配信する前代未聞な試みは、いまやフォロワー数25万人を突破するまでに成長した。

「今では毎日何度も更新中です。ユーザーは、無料でしかもスマホでパッと見たい。ストーリーも追いかけたい。SINAPさんの協力のもと、そのどれもを実現するべく運営中です」(太田さん)

 

8年以上の仲だからこそ。親しき仲にも“緊張”あり!

デジタルの世界は、技術トレンドの移ろいが早い。8年以上の企画の中にも、当時は流行りのメディアとして連携したUstreamはすでに買収され当時の姿は残っていない。結果として8年以上という長期間の関係性が、SINAPと星海社の間で成立している背景は、長続きありきの間柄でない、両者間に流れる“緊張感”が実現させているのだと、取材を通じて伝わってきた。

両者の関係性は、スタートした初期と今で基本的な違いはないと口を揃える。バイタリティ溢れる星海社に、SINAPが技術で応じる。そこには既存の出版業界だと難しい約束事を持ち込まず、遠慮のない提案を投げかければ、もっと洗練させる形で応じる。両者が互いの持ち場で、他でやっていないし“だったら、ここでやろう”というスタンスの持続が今日を支えているのだ。

「意識的に“甘えられない”と思うようにしています。8年以上、毎週数時間顔を合わせる仲です。甘えたくなり、馴れ馴れしくなりそうになるのを、明確に“やらない”と決めています。優れた作品づくりにおいて星海社さんを信じていますし、星海社さんの溢れる情熱に応えるために、僕らはデジタルを通じた企画や技術でプロとしてきちんと対応したい。既存の価値観に捉われず、期待以上を提供したいと考えています」(大川さん)

企画や開発力だけではない。継続中だからこそ隙を見せないSINAPの姿勢を見習いたい。

「定例会議に出れば仕事に活かせる鉱脈に出合える、という意識で毎回臨み続けて、裏原宿に毎年50回来ています(笑)。僕らは、日本一Webからのデータを気にする編集者だと自負するし、実際数字は毎日追いかけています。そういう緊張感にSINAPさんが率先して伴奏してくれているからこそ、結果として継続した関係性につながっていると思います」(太田さん)

遠藤義浩
※Web Designing 2019年2月号(2018年12月18日発売)掲載記事を転載

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