激変するEC業界、3つのキーワード。「スマホ・競合・担当者」 事例詳細|つなweB
宮松利博さん
株式会社ISSUN代表取締役。営業職時代の1992年から独学で「顧客満足向上システム」を開発。2011年にWeb制作・マーケティング会社(株)ISSUNを設立
株式会社ISSUN
Web制作からコンサルティング、マーケティングまで手がけ、ECサイトでは売上・利益まで視野においた目標達成を手伝っている。集客だけでなく、分析企画制作やサイト運用までを行っている

 

大企業が巨額の投資で乗り込んできた

過去5年間のネット関連の状況を振り返ると、非常に急激な流れがありました。特に、2008年にiPhoneが登場し、3年後の2011年にはスマートフォンの普及率が爆発的に伸びました。これにより消費者のネット利用環境は激変し、いつでもどこでも自分の手のひらの中でインターネットに接続し、情報を得らるようになったのは言うまでもありません。

それに伴い、購買行動にも大きな変化が起き、ネットビジネス全体にも多大な影響を及ぼすことになりました。もちろんECサイトを運営する企業やその担当者も例外なく、むしろダイレクトに大きな影響を受けています。

株式会社ISSUNの宮松利博さんは、EC業界におけるこの5年間の変化のキーワードを以下の3つにまとめています(01)。

●ECサイトのスマートフォン対策
●競合他社の巨人化とその対策
●担当者の変化

1番目のECサイトのスマートフォン対策は言うまでもなく、現在でも熾烈な試行錯誤を行っている企業は多いと思います。そして、宮松さんが2番目に挙げた、資本力のある巨人(大企業)が一気にEC業界に入ってきたという事実は、これまで中小零細企業が先行利益で伸ばしてきたECショップにとってはとても痛い5年間だったと言えます。

今まで1日につき1万円の広告で月30万円の広告や、顧客獲得単価(CPA)を2,500円程度で順調に伸ばしてきて、「これで生きていけるかな」と思っていた矢先、資本力のある企業が、1,000万円単位で広告予算を投入してきたことにより、キーワード単価や広告費が急騰し、中小零細企業のECショップが急に売れなくなったということが現実に起きています。宮松さん曰く、巨人たちも従来の紙媒体やテレビに巨額の広告費を投入していればよかったのが、いよいよネットの世界を無視できなくなった状況が伺えます。

そんな巨人たちは当初、キーワード広告(リスティング広告など)においてビッグキーワード1つでドカンと広告費を投入していました。しかし、最近では例えば「サプリ 40代」という2ワード、さらに3ワード(「サプリ 40代 女性」など)と手を広げ、どんどん細分化されたジャンルにまで押し寄せてきました。そのため、ニッチな分野で勝負してきたECショップさえも、痛手を負っています。

ちなみに、急に成果が出なくなった、急にキーワード単価が上がってきたような現象が出たら、すぐに現状がどうなっているかを調べておく必要があります。成果の出るキーワードはあっという間に占有されていることが多いのです。キーワード広告はプロ対プロの対決、いえ、もはや人間対AIと言ってよい状況でしょう。

また、資本力の差は広告だけではなく、そもそも取り扱う商品さえも脅かすことがあります。自社開発の商品が売れてきたなと思ったら、同じような商品をあっという間に世に出してくるのです。同じような商品であれば、多少高くてもブランド力のある企業のほうが有利になります。また、コモディティ化した商品は価格が安いほうに流れてしまいます。

「競合他社の巨人化」に対抗する策は、中小零細企業にとって可及的かつ速やかに実行するべき死活問題なのです。

01 EC業界における5年間の変化
宮松さんは、EC業界におけるこの5年の大きな変化を表すトピックとして上の3つを掲げました。スマホといった技術の進化とともに消費者の行動が変容し、ネットショップの重要性が高まるとともに、EC業界の勢力地図も大きく変貌していくことになりました

 

大企業が巨額の投資で乗り込んできた

一方、宮松さんが挙げた3番目のキーワード「担当者の変化」はEC業界にとってよいことと言えます。カタログやテレビ通販で成功してきた担当者や上司がECサイトでその成功体験を引きずっている場合にはうまく行かないことが多いと宮松さんは言います。業界のスピードが速いECでは、今までの紙やテレビといった媒体のスケジュールや、社内で採決を取って進めるような方法に慣れてしまい間に合わないことが多いのです。

しかし宮松さんは相談に来る最近のEC担当者の傾向として、「前もってECのことを調べてきたり、実際に扱う商品やカテゴリをネット上で調べたりしてきて、具体的にどのように進めるべきかを頭にインプットしてきていることが多い」と言います。そのため、スタートラインが以前とはまったく違ってきているそうです。例えば、とある老舗菓子店の三代目店長は、職人さんも高齢化して継承者もおらず、今までの売り方では先が見えない状況で業態変更を必須課題と考えました。その活路としてネットショップに目をつけました。

そこで彼は現在のネット技術や施策を調べ、自社のお菓子の特長や競合などネットで調べられるものはとことん調べ上げたうえで、「ネットを使ってやってみたい施策がある。これなら売れるのではないか」と、宮松さんに相談にいらしたそうです。このように、すでに具体的なビジョンを持って相談しにくるようなケースが多くなっていると言います。

「『(ネットのことは)何にもわかんないから全部よろしく!』タイプや、『後は任せた!』タイプは一番うまくいかない」と宮松さんは言いますが、私もそのとおりだと思います。「意思決定をスピーディに行える体制」「クライアント側、制作側のお互いがインプットした最新情報」「ネットを使いこなしている担当」。この3つが今後のECサイト運営を行ううえで大切なことです。 

ネットショップは健康食品からオリジナル商品へ

さらに、5年前と今とで変わってきたことの中に、取扱商品があると宮松さんは言います。

「5年前によくあったのは化粧品や健康食品、お悩み系サプリの相談でしたが、最近ではオリジナリティのある商品の相談が目立つようになってきました」

事業規模の小さい企業がECで一発逆転を狙って、「売れると聞いたから青汁やサプリを売りたい」と考えても、大企業が多数参入している現状では、中小零細企業が入る余地はないと言っていいでしょう。

そこで、自社の主業務から派生する商品、ちょっとした気づきやひらめきを新商品として実現させる動きが出てきています。

例えば「無農薬ニンジンを使用したうさぎのペットフード」。形が悪いなどの理由で市場に出すことができない無農薬ニンジンは、今まで廃棄するしかありませんでした。しかし、それを利用し「ペットの安全・健康」を謳った無農薬素材のペットフードという形で販売するのです。うさぎのペットフードの市場は犬や猫に比べて小さいですが確実にあ。かつ無農薬のニンジンの今までなら活かし方がわからず泣く泣く捨てていた葉っぱが傍にあった。その状況を新しい商品開発に活かそうといったような、その企業独自の状況から発想されるオリジナル商品のアイデアを考える視点が、これからは重要だと思います。自社の商売や日々の業務をそういった視点で見てみると、きっといくつものヒントが周りにあるはずです。

最後に、5年間で変化したこととしてもう1つ、売上向上のための施策が挙げられます。最近のクライアントからのECサイトにおける相談や要望には、「SNS(Facebook、Instagram、LINEなど)を使うと売れますか?」とか、「クラウドファンディングを使って何かやりたい」といった最近のトレンドキーワードで相談に来るパターンと、「シェアリングサービスをしたい」とか、「AIを使って何かしたい」といった、大企業でないとできないような大規模な出資が必要なパターンが散見されると宮松さんは言います。

たしかに、昨今の技術の進化でネットショップ売上拡大のための施策の選択肢はどんどん広がっています。メディアなどで躍る最新のキーワードでの成功事例もたくさん見ることができ、そんなに成果が上がるなら試してみたい、という気持ちもわかります。

しかし、宮松さんはその前に、Webで売るための基本を押さえるべきと言います。その基本とは、「集める」「売る」「継続させる」(02)。この3つの配分ができておらず、数字の上げどころを間違っていることも多いです。

その原因は、データをしっかり見ていない、分析ができていないことがほとんどです。データはGoogleアナリティクスを見れば見るほど知見が得られ、根拠のある分析になっていきます。これからは「分析ができる制作、分析のできる集客」がますます必要になってきて、「制作会社はWebサイトで売る設計やコンバージョン設計(03)に注力すべきではないか」(宮松さん)とも言えます。

クライアントの多くはKPIを持っており、そのためにどうしたいかを考えています。中間コンバージョンやマイクロコンバージョンに必要なデータ分析を行いながら、宮松さん曰く「クライアントのKPIをお聞きして、そのために必要な要素を一緒に考えていく」のがよいのではないかと思います。

02 Webの収益化は3つのバランス
Web収益化の3つの指標は「集める(集客)」「売る(Webサイトでの購入)」「継続させる(リピート購入)」。宮松さんはまず、この3つが「1×1×1」になるように提案します。例えば「売る」ためのECサイトで、アクセス数の2割しか購入しなかった場合、「集める」のために広告費を3倍にしても、売上は期待するほど伸びません。そのECサイトが改善すれば、同じく広告費を3倍にすれば格段の成果が上がるというわけです。
03 さまざまな段階にあったコンバージョン設計(B to Bサイトの例)
コンバージョン設計では、図にあるような確定層、検討層、関心層、潜在ニーズ層に合わせた中間コンバージョンやマイクロコンバージョンを考慮して設計・制作していくのがよいでしょう
04 ファンタジスタゴール
ミニサッカーゴール専門店「ファンタジスタゴール」というECサイトに、「5秒で見つかる選び方」というコンテンツがあります。Web制作の目線ではCSSなどの見た目に意識が行きがちかもしれませんが、実はとてもよく売れています。単なるアンケートのような動線ですが、UIとしてはとても優れていて、お客様の欲しい商品にショートカットでたどり着くことができます。多額の費用を投じてAI導入をする前に、こういったUIの考え方をきっちり押さえていくことが先決です
Text:川連一豊
JECCICA(社)ジャパンE コマースコンサルタント協会代表理事。フォースター(株)代表取締役。楽天市場での店長時代、楽天より「低反発枕の神様」と称されるほどの実績を残し、2003 年に楽天SOY受賞。2004年にSAVAWAYを設立、ECコンサルティングを開始する。現在はリテールE コマース、オムニチャネルコンサルタントとして活躍。 http://jeccica.jp/
川連一豊
※Web Designing 2019年2月号(2018年12月18日発売)掲載記事を転載

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