渡辺明棋王のインタビュー | マイナビブックス

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将棋世界ノーカット版

渡辺明棋王のインタビュー

2016.05.11

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 皆さん こんにちは。将棋世界の下村です。現在将棋世界6月号が発売中です。ぜひお買求めください。





筆者が将棋世界に来て、棋士の初取材となった渡辺明棋王のインタビューを掲載いたします。取材は4月上旬。マイナビ出版に渡辺棋王が来社されました。

桜の満開日から少し過ぎてしまいましたが、将棋世界編集部がある神保町は、桜の名所も近くにあります。せっかくなので桜の写真をバックにメイン写真を撮ることになりました。
ただ、実際に撮った場所は名所ではなく、筆者の通勤経路にある単なる街路樹でした(笑)。行き帰りに歩いていて、ここで撮ろうとチェックしていました(笑)。誌面に載っていない写真も掲載いたしますので併せてお楽しみください。


こちらが誌面に掲載した写真↑


近づいたり遠ざかってみたりで、20枚くらい。いろんなパターンを撮りました!。渡辺棋王にはご面倒をおかけいたしました。ちなみに4!は棋王4連覇の意味です。

●予感していた名局賞

--棋王4連覇達成おめでとうございます。3月末を終えて平成26年度が終了しました。昨年度を振り返ると?
渡辺 スタートは1つのタイトルで始まりましたが、2つに増やすことができたのでその点では満足です。ただ全体的な勝率(27-19・0.587)はよくなかったし、棋戦によってバラつきもあったので、その点は不満が残ります。
--将棋大賞では優秀棋士賞、そして3月の棋王戦第4局が、名局賞に選出されました。
渡辺 名局賞に関しては年度末で印象が大きかったこともあるので、ほぼ間違いないかと思いました(笑)。第4局はお互い悪い手がなかった上に熱戦だったので、頂ける予感はしていました。
--「渡辺明ブログ」では3指に入る将棋と綴られていました。
渡辺 勝ち負けを第一に考えているので、勝負本位で考えれば大差で勝ちたいのですが、名局賞はお互いの実力が拮抗して、力を出し合って初めて熱戦が生まれるので、なかなかありません。過去にも名局賞は何度か取っていますが、それらの将棋と比較しても今回は内容が良かったと思います。
--五番勝負を振り返ります。挑決は天彦八段が康光九段との佐藤対決を制しました。
渡辺 天彦八段もベスト4に入っているのでもちろん有力でしたが、敗者戦からは4連勝が必要なので、簡単ではありません。勢いだけではなく実力も備わっているのは去年の活躍を見れば定かです。ついに来たかという心境でした。
--昨年12月に竜王へ復位。年が明けてよい流れで棋王防衛戦を迎えました。
渡辺 竜王位に復位できましたが、年明けの棋王戦で取られると、またタイトルが1つに戻るので、なかなか息つく気分ではなかったですね。タイトル戦が続いているときはピリピリしていますし、常に人前に出ているので体よりも気持ちが疲れます。ホッとしたのは棋王戦が終わってからですね。
--糸谷八段に続く、年下相手のタイトル戦になりました。
渡辺 竜王戦の糸谷八段のときは挑戦者の立場でしたし、今回の天彦八段もタイトル戦2回目。後輩相手だから取りこぼせないという気持ちはまったくありませんでした。王座戦もフルセットを戦っているし、いつでもタイトルを取ってもおかしくない格だと思っていました。
--天彦八段が奨励会員の頃は、いつかはタイトル戦の舞台で戦うという、イメージは描いていましたか。
渡辺 お互いが順調に力を伸ばしていかないと実現しないので、そういうイメージはなかったですね。自分もその頃はプロになったばかりでしたので…。竜王を取った後でも彼がどれぐらい伸びるかというのは、いくら仲がよくてもその時点では分かりませんし、現実的になってきたのはここ1年ぐらいです。

インタビュー時のカットも30枚近く撮ったのですが、スペースの関係でボツ(泣)になりました。
渡辺棋王はタブレットを駆使して、丁寧に解説してくださいました。↓

●これまでのタイトル戦とは違った

--和服姿で盤を挟んでみて、改めて感じたことはありましたか。
渡辺 年上の棋士と戦ってきたときのような、殺伐とした空気感ではなかったですね。よく知った間柄の相手と技を競い合う、これまでのタイトル戦とは違う雰囲気を感じました。
--天彦八段は居飛車党で、定跡形を受けて立つタイプです。作戦が立てやすかったのではないでしょうか。
渡辺 予告先発ではありませんが、彼は特に策を凝らさないので、角換わりや横歩取りを受ける、受けないなどは、こちらに選択権はありました。その戦法が有力で、本人がそれに精通していれば、バレてもかまわないというスタンスなのでしょうね。
--第1局は角換わりになりました。定跡形から、渡辺棋王が△7三角(第1図)と新手で変化した将棋です。

渡辺 あの局面では最善だと思ったのですが、それで後手の勝率が50%を越えるほどの指しやすさはないと思います。ただ、あの時点では先手にとって初見ですし、棋王戦は持ち時間4時間と短いので、アドバンテージを握るのは大きいです。なおかつ、後手番なので多少無理しても仕方がないのと、失敗してもまだ第1局目なので、新手を試す条件はそろっていました。
--結果的には△7三角が功を奏して1勝目を挙げました。
渡辺 この将棋に関しては作戦が当たりました。こちらも全部分かっていた局面ではありませんが、指し手が進んでみるとうまくいっていました。
--第2局は一転して横歩取りの激戦になりましたが、青野流は意外な戦法選択でした。
渡辺 1度やってみようと思った戦法でしたがうまくいきませんでしたね。第2局、第4局で先手番があるので、戦法のローテーションは考えますが、リスクが高いほうを先に出します。その辺はもちろん考えてやっています。
--後手陣に迫っているように見えましたが、天彦八段に余された格好です。
渡辺 △6二玉(第2図)あたりでキッチリ見切られましたね。彼の受けの強さと持ち味が出ました。正しく指されたら足りないと思っていました。

--リスクの大きな戦法で敗れたことは、想定内の1敗でしたか。
渡辺 いや痛いんですよ(笑)。作戦のローテーション的には仕方ないのですが、大変な番勝負になる予感はしました。
--2局指して1-1。第3局はゴキゲン中飛車です。ときおり採用していますがこれも予定の選択ですか。
--相穴熊になりましたが、苦戦の展開でしたね。
渡辺 振り飛車は一度指すつもりでした。この時点では第5局があったら後手番になるかもしれないので、採用するなら先後が決まっている3局目が妥当です。普通に角換わりを受けるのは、第1局と同じ展開になったときに、相手は当然改良策を用意していますので、それを外している意味合いもあります。
渡辺 おおむね想定通りでしたが、▲8六角と出られたのが微妙な工夫で、対応が遅れて全体的に苦戦になりました。
--その後、△8三銀打(第3図)と自陣に手を入れたのが好手でヨリを戻しました。第3局も名局賞の候補に挙がりましたが、自己評価はいかがですか。


渡辺 途中は形勢がある程度開いたので、第4局と比べると差があるような気がします(笑)。手数が長いのと、彼が悪くなってからの粘りが見どころです。第4局は終盤まで形勢が、あまり開かなかったところに価値があると思っています。
●有利感は全然なかった

--2-1で迎えた第4局。スコアはリードしてしかも先手番です。
渡辺 先手番でスコアがリードしていれば普通は有利なのですが、天彦八段の場合は、後手番のほうが勝率が高いので当てはまりません。よくタイトル戦は先後の差が話題になりますが、今回は1局1局がフラットな状態で、有利感など全然ありませんでした。

↑第4局の対局開始の写真です。開始時の写真は筆者はだいたい50枚位は撮りますが、使うのはたった1枚です。

--天彦八段の対横歩取りを、勝負に徹して避けることも考えていましたか。
渡辺 他に有力な戦法があればやりますが、自分が横歩を取るのは一般的ですし、取らないとなると自分も経験がない形を指すことになるので、自然な成り行きですね。特に先輩だからとか、タイトルホルダーのプライドだとかというのはありません。
--飛車角桂が活躍する将棋でした。
渡辺 華々しい将棋でした。飛び道具を使うと形勢に差がつきやすいのですが、100手以上進んでも、終盤まで均衡が取れているというのは珍しいですよね。
--渡辺棋王も感心する受けの手△2五桂や△5四歩(P98・観戦記参照)が出て、白熱の終盤戦になりました。
渡辺 元々リードしていたのかも分かりません。△2五桂はと桂に桂を合わせる手は気づきにくいですし、△5四歩もダイレクトで飛車を成らせない妙手です。この辺は彼の受けの強さが出ています。
--ハイライトは第4図の▲7七桂。渾身の勝負手でした。


渡辺 ▲7七桂に対しては△8五金が正解だったのですが、自分もその手は見えていませんでした。この局面は他にもたくさんいい手がありそうなので、他の手を読み出したら、一分将棋で桂の利きに金を打つのは見えにくいですよね。△8五金はお互い見えていなかったので、▲7七桂で難しいと思っていました。
--終盤の迫力のあるねじり合いが、ファンの感動を呼びました。
渡辺 中盤、天彦八段があっさり土俵を割っていたら、凡局になっていたかもしれません。そこから△2五桂とか△5四歩の妙手があり、名局賞につながったと思っています。6-4の比率で彼の力が大きかったと思います(笑)。

●局が進むにつれて好局に

--終局後はファンの視線を気にせず、廊下を歩きながらや、大盤解説会場で、指し手の符号を熱心に言い合う姿が印象的でした。
渡辺 お互いよい将棋を指した余韻が残っていたのかもしれません。彼にとっては負けた悔しさもあるはずですが、難しい終盤戦を指せば、棋士は最善を追求する本能があると思います。
--最高の形で年度を締めました。五番勝負を総括してください。
渡辺 第1、2局まではワンサイドの内容になりましたが、お互いの現況確認ではないけど、「気力的に充実している」とか、「指し手が雑だな」とか見極めていた部分もあると思います。第3、4局と進むにつれて内容がよくなっていきました。お互い力を出し合って、遠慮なく戦えた充実感はあります。
--天彦八段は第3局の前夜祭で、「絆」が深まったと挨拶していましたが、渡辺棋王はいかがてしたか。
渡辺 普通はそういう勝負を繰り返すと、ギスギスしても不思議ではないのですが…(笑)。そういうことはなかったですね。彼は性格的に明るいので、盤上以外では自然と接することができました。今後はタイトル戦で戦える機会を、増やせればいいですね。
--4連覇で、来期は永世棋王の資格が懸かります。
渡辺 永世棋王の資格は連続5期だけですから、実質は来年のワンチャンスだけだと思っています。来期は意識しながら戦うことになります。
--冬の棋戦に活躍する渡辺棋王ですが、夏はあまり活躍できていません。
渡辺 強いて理由を挙げるならば、冬のタイトル戦を戦っている時期は、夏のタイトル戦の予選などの時期と重なります。どうしてもタイトル戦に比重が傾くので、同じパフォーマンスが出ていないのかもしれません。集中力の低下や準備が雑かもしれないので、そこは課題です。
--2016年度が始まりました。二冠を手にして今後の目標を聞かせてください。
渡辺 タイトル数の維持と、さらに増やせればよいのですが、ここ数年はできていないので、何も待つのではなく自分で何かを変えて、動かしにいかないといけないと思っています。


↑こちらは筆者が週将時代に撮ったお気に入りの1枚。将棋世界でも引き続き掲載しました。