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W中村太地対談 芸術と伝統文化~深淵なる世界に生きる者たち~

2016.03.12

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将棋世界3月号に掲載されている、中村太地×中村太地対談のweb版をお送りします。誌面に入りきらなかったあんな話、こんな話を大幅に加筆した盛り沢山の内容となっていますので、どうぞご覧ください。
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夢の異業種コラボレーション、同姓同名対談がまさかの第2弾!
2014年に掲載し大好評を博した鈴木大介八段×鈴木大介ギタリスト対談に続き、今回は将棋の中村太地(たいち)六段とヴァイオリニストの中村太地(だいち)さんが登場です。
舞台は違えど、お互いプロフェッショナル。それぞれの業界で切磋琢磨し活躍する同世代の両者は、すぐに意気投合したようです――。

 
中村太地(なかむらたいち=将棋、以下中村S) 本日はよろしくお願いします。私がだいちさんを知ったのは、インターネットで調べ物があってエゴサーチ(自分の名前で検索すること)をしたときでした。同姓同名で音楽の世界で活躍されている方がいるということで、名前が一緒なので、親近感がわいたんです。応援する気持ちと、自分も負けないように頑張らないといけないなという気持ちになりましたね。
中村太地(なかむらだいち=ヴァイオリン、以下中村V) 私も同じです。コンクールで入賞すると検索で上位に引っかかるのですが、普段はたいちさんが上位を占めていますね。だから自分のほうが同姓同名のたいちさんがいると知ったのは早いと思います(笑)。将棋は、小学1、2年のときに少しやっていて、将棋大会にも1度出たことがあるんですよ。
中村S 初めてお会いしたのが1年前でしたね。その前にフェイスブックで、将棋とクラシックが趣味という共通の知人を介してメッセージのやり取りをさせていただいて。その中でだいちさんから、今度日本でコンサートをするので是非いらしてくださいとお誘いをいただき、コンサートが終わった後でお話しさせていただいたのが初対面でした。
中村V 実際会ってみると思った以上に律儀な方で、将棋であったり武道だったり、日本の伝統あるものを職業にされている方はやっぱり礼儀作法がしっかり叩き込まれているなという印象でした。
中村S 私の名前は、太陽と地球から一文字ずつ取って太地なのですが、だいちさんの名前の由来は何ですか?
中村V バルセロナ五輪で金メダルを取った水泳の鈴木大地さんから取ったのですが、中村大地だと20画でよくないらしく、21画にするために点をつけたんです。犬にならなくてよかったです(笑)。
中村S だから読みが「だいち」なんですね。だいちさんがヴァイオリンを始めたのは何歳の頃ですか?
中村V 3歳です。両親がピアノをやっていて、父は音楽の短期大学で教授をしていたのですが、ピアノはソロで弾くことが多いんです。それよりはオーケストラに入って楽しくできる楽器ということで、ヴァイオリンを始めさせたそうです。
中村S 3歳! やっぱり早いんですね。最初からプロを目指していたんですか?
中村V いやあ全然。コンクールに出始めたのは小学2年の8歳のときですが、そこから毎年休むことなく出ていたので、止まる瞬間がなかったという言い方のほうが適当かなと。小さい頃は舞台で弾くのが純粋に楽しかったんでしょうね。
中村S 小さい頃からコンクールで数々入賞されているわけですよね。いつ頃からプロとしていけると感じたのですか?
中村V 13歳のときに出た、チャイコフスキーコンクールという世界でいちばん大きなコンクールのジュニアの部がありまして、結果は5位だったのですが、ファイナルに残った中では最年少でした。まさか最後まで残れるとは思っていなかったので、それは1つ自信になりました。

 師弟関係

中村S 将棋の場合、奨励会という養成機関があって、そこに入って卒業できればプロなのですが、音楽でプロというのは明確な基準はあるのでしょうか?
中村V 事務所やオーケストラに所属するというのが1つの定義にはなりますが、ずっとやっていながらどちらにも入っていない方もいますし、難しいですね。将棋界は、奨励会に入るのに師匠の許しが必要だったりするんですか?
中村S 奨励会に入るに当たって師匠が必要なんです。だから奨励会に入るために弟子入りする。しかも、想像されている一般的な師弟関係とは違うんですよ。この世界では、師匠から技術的なことを直接教わることはほとんどないんです。ヴァイオリン界では、師事する方というのはいるんですか?
中村V いまでも毎週先生のもとへレッスンに通っています。自分で勉強するといっても、偏った価値観での情報収集になりがちですし、客観的に見てもらうというのはいくつになっても大切です。プロとしてやりながらも、勉強する期間をできるだけ長く設けた音楽家たちのほうが成功しているのではないかと思います。
中村S 先日、ブラームス国際コンクールで3位に入賞されて、ヴァイオリン部門では日本人初の3位入賞ということで、おめでとうございます。日本でもニュースになってすごいなと思ったのですが、技術的には相当円熟されているにもかかわらず、先生にはどのようなことを教わるのですか?
中村V 技術的にも精神的にもまだまだ習得すべきものはあります。そのへんは子どもの頃と変わりません。ヴァイオリンは突き詰めると終わりのない世界なんです。それは将棋も、ほかのどの世界も一緒なのかもしれませんが。
中村S 譜面に沿って音符どおりに弾くという意味では、弾けない音楽はもうないわけですよね?
中村V ヴァイオリンは、譜面どおりに、寸分違わず音程を全て正確に弾くというのはほぼ不可能な楽器なんです。また、音程の取り方というのもあって、好みで少し上げてみたり下げてみたりとか、調整することもあります。ただ、自分のポリシーとしては、演奏者は作曲家が書いた曲の再現者だと思っているので、自分の色を出すというよりも、作曲家が何を考えて曲を書いていたのか、どう弾いてほしかったのかという部分を大切にしています。曲の解釈の追求は、作曲家が死んでしまっている以上、さまざまな情報からの憶測を続けていくしかないので、文献を読んだり、曲が書かれた地に足を運んでみたりするんです。
中村S なるほど。解釈から演奏はもう始まっているわけですね。深いです。
中村V 当然人によってそれぞれ解釈が違うので、レッスンとは先生方の解釈をいただくものだと思っています。
中村S 音楽の世界は、常に楽器に触れていないと腕が衰えてしまうイメージがありますが、やはり毎日練習しないとダメなんですか?
中村V 指がなまってしまうということはあります。ただ、ヴァイオリンは基本的に力の全くいらない楽器なので、スポーツと違って身体的にはあまり疲れないんです。
中村S 力が入っていないんですか。
中村V 逆に力を入れているとコントロールが利かなくてうまく弾けないですね。だから技術的な面でいうと、いかに力を抜くかが重要になってきます。
中村S 将棋も、毎日触れていないと感覚が鈍ることはあると思います。勝負どころでの判断というか、技術だけでは補えない感覚の部分が鈍ると勝敗に直結しますから、非常に大事ですね。読みきれない局面でどっちにいくべきか、という自分の中での羅針盤がしっかりしているように保つには、毎日触れていないと。
中村V 毎日触れるというのは、具体的には対局するということですか?
中村S それもあるのですが、トッププロの対戦を見て自分なりに考えるとか、詰将棋を解いて頭をトレーニングするとか、そういうことも重要ですね。だいちさんは、ほかの人の演奏を見て自分の感覚にしたりということはありますか?
中村V トップの安定したところに行くまでは、誰しもが少なからずエゴイズムを持っていないと上がっていけないと思うので、そういう部分はもちろん必要ですが、そうした上で心に余裕を持って、人の演奏のよいところを認めると。誰にでもよいものはあると思って聞いていないと吸収できないと思いますし。音楽祭などで、演奏者の仲間だったり先輩だったり、そういう方と交流できる機会は貴重です。いつまでも先生についているわけにはいかないですからね。
中村S 将棋も多少のエゴイズムは必要でしょうが、音楽と違うなと思ったのは、将棋には正解があることですね。それを突き詰めるために棋士はやっているので、そこはちょっと違う部分なのかなとは思いました。
中村V 2つの職業で解釈の意味合いが違うんじゃないかと思います。僕らは解が1つではない世界なので。
中村S だいちさんのヴァイオリニストとしての目標、こんな音楽家になりたいという未来像はありますか。
中村V クラシック音楽をやっている以上は、ヨーロッパのオーケストラで、コンサートマスターの席に座りたいです。そして指揮者とコミュニケーションをとりながら、オーケストラ全体の音楽を作っていきたいですね。
中村S コンサートマスターはかなり狭き門らしいですね。決められた数しかないから、いくら技術があっても空くまで入れないと。
中村V ヨーロッパのオーケストラでは一応オーディションはどこも実施されていて、誰でも応募できるようになっているんですけどね。
中村S そこで名を通すためにコンクールに出たりするわけですね。
中村V そうです。大きいコンクールではDVD審査というのが主流なのですが、オーケストラの場合は書類審査しかないんです。ですからそこの経歴作りを必死にやっている、ということです。
中村S 話は変わりますが、現在はウィーンに拠点を置いて活動されているとのことで、ウィーンの生活はどうですか?
中村V コンサートは夜が多いので、生活リズムは基本的には夜型です。
中村S 何かご趣味とかは?
中村V 日本のプロ野球は気にして見ていますよ。野球は好きで、子どもの頃よくやっていました。コンクールを受け始めてからはヴァイオリンが優先だったので、チームに所属することはなかったですが。毎週末父親と空いている球場に行ってはキャッチボールとバッティングをしていました。
中村S プロ野球でどこかひいきの球団はあるんですか?
中村V やはり地元のホークスです。もう15年以上応援し続けています。最近は金満球団みたいなイメージになっていますが、育成も素晴らしいんですよ。あとイチロー選手の大ファンです。それこそ最初に取った国際コンクールのインタビューで答えたのが、イチロー選手のような音楽家になりたいと思います、というくらいなので。やはり本場に行って、その世界でトップにたつという凄さですね。頭のキレというか、頭を使っての努力が本当に素晴らしいなと思います。
中村S 私は小学校の低学年くらいまで地元のサッカーチームに入っていて、いまでも最近では将棋連盟にフットサル部というのがありまして、棋士や関係者が1ヵ月に1回くらい集まってフットサルをするのに参加させていただいています。息抜きできてリフレッシュにもなりますし、将棋も体力が必要なので、そういった意味でもいいですね。
中村V 僕も小3のときサッカークラブに所属していましたよ。かかとを痛めてやめてしまったのですが。なのでタイミングがあれば是非フットサル部に誘ってください(笑)。
中村S 普段から体力を鍛えたりとかはされているんですか?
中村V 意識的にしなくても、運動のほうが好きなくらいスポーツが好きなので。毎週バドミントンもやっていますし。
中村S じゃあ特別体力作りとかはされていないんですか。
中村V そうですね。でも走るのも好きですし、体を動かしていないと気がすまないくらいのタイプなので。逆にやめときなさいと言われるくらいなので(笑)。でも将棋の対局も、長時間に及ぶから体力が必要なんじゃないですか?
中村S やっぱり必要ですね。座っているだけなんですけど、頭を使うとカロリーも消費しますしね。
中村V 徹夜とかもあるみたいですね。
中村S そうですね。朝10時から始まる対局が多いのですが、順位戦といういちばん長い持ち時間だと、終局が夜中1時になったりします。感想戦という振り返りをやると、夜中の3時になってということもありますね。夜になって集中力が切れちゃうと、いちばん大事な終盤戦なので、逆転負けをしてしまうんですよね。だから体力作りは重要です。トッププロはみんな体力がありますもん。自分を律して体力作りをしていますね。
中村V 対局中、夜中に眠くなるときってありませんか?
中村S 僕も割と夜型なのであまりないのですが、でも頭が働いていないなと感じるときはあります。頭が働いているときは時間の進み方が遅いというか、すごい読んで時間がたったかなと思っても数分しかたっていなかったり、集中できているとそういうときがありますね。でも逆に集中できていないときは、全然自分の頭の中で読み筋が整理できないのに何十分もたっていたり。
中村V そういうときはどうするんですか?
中村S 困っちゃうんですよ(笑)。指し手が決まらなくて、変な指し手を選んでしまうときもありますね。
中村V 休憩時間は決められているんですか?
中村S 昼と夜にご飯休憩があります。
中村V ご飯を食べて眠くなることはあります?
中村S ありますあります。
中村V 食べる量は制限していますか?
中村S 僕は余り考えずに食べたいものを食べたいだけ食べるのですが、そうすると確かに14時くらいに眠くなりますね。ですから眠くなったら席を外して気分転換をするというのは、皆やっています。
中村V テレビなどで拝見する姿は、いつも正座な気がするのですが、対局中はずっと正座ですか?
中村S いやいや、そんな決まりはまったくなくて、あぐらのときも多いです。
 

 プレッシャー

中村S ヴァイオリンの演奏中は、やはり緊張するものですか?
中村V 特に意識していないはずなのに、コンクールのときはちょっと(笑)。本来はお仕事としてお金をもらってやっているほうが緊張しなければいけないような気がしますが、コンクールはどうしてもプレッシャーがかかってしまいます。
中村S 演奏は緊張がミスに直結しますもんね。でもだいちさんはプレッシャーに強そうなイメージがあります。
中村V そんなことないですよ。たいちさんはどうですか?
中村S 将棋の対局ではもう緊張しないですね。対局前日に寝られないこともほぼありません。
中村V 音楽のコンクールって将棋でいうとタイトル戦みたいなものだと思うのですが、独特の雰囲気がありませんか?
中村S 確かに独特ですが、1度経験したら、次からは緊張しなくなりました。コンクールの前日は眠れないんですか?
中村V 幸いなのか不幸なのか、いつでもどこでも寝られてしまうのでそれはないのですが、緊張していないと思っていても、舞台に上がっていざ弾き始めたら震えていた、ということはあります。最近ようやく解決方法というか気持ちの持っていき方というか、慣れからのゆとりが持てるようになって、いままでとは少し違う演奏ができているかなと思います。
中村S どこを変えたんですか?
中村V コンクールの世界ではもう年長の部類に入ってきて、10代の天才たちと同じ系統で演奏しても評価されない年になってきてしまいました。さっき言った作曲家の気持ちを汲み取る、というのと逆行した話になってしまうのですが、コンクールのために早弾きとかをしていた時期もありました。それを、テンポ8割でしっかりと自分がやってきたことを、練習した10割が落ち着いて出せるように、という考え方に少し変えたら、ようやく緊張が完全に取り除けたかなという手ごたえがありました。子どものときはコンクールでも全然緊張しませんでしたが、17~8歳がスランプのピークで、そこから緊張を取り除くいろいろな試行錯誤をしてきて、ようやく自信になったというか、方向が見えた感じです。たいちさんはスランプに陥った経験はないですか?
中村S 何かを変えなきゃいけないなと感じることは結構頻繁にあります。それは戦法だったり、持ち時間の使い方だったり、攻守のスタイルだったり。いままで攻めていたところを守りにシフトしてみたりとか。将棋界も時代が変わるたびに戦法も変遷していきますから。現代将棋は将棋のスピードが速くなっていて、どんどん序盤から積極的に動いていくのが主流です。昔はじっくり構えてから戦う、割とスピード的には遅かったのですが。ですから時代の流れにも合わせて変わっていける人が強いんですよね。羽生さん(善治四冠)なんかまさにそうで、常に時代の最先端を取り入れて変わっていて、いまもトップで走り続けています。バイオリン界にも、弾き方だったりに流行はあるんですか?
中村V ありますね。いまはテンポを落として、しっかりどっしり弾くのが評価されやすい傾向にあります。
中村S なるほど。そういうのはやはり意識するものですか。
中村V そうですね。さっきのエゴの話ではないですが、若い頃は落ちたらキレて帰っていただけだったのですが(笑)。どうしても人との比較になってしまうので、自分の演奏が理解されないというよりは、「えっ?」というような結果のときもあるのですが、とはいえ評価され続けている子というのはいるわけで、そういう部分は経験の中で変わっていった部分かなと思います。
中村S 人の演奏を聴いていてこれはうまいな、とかこの人は天才だ、とか思ったことはありますか?
中村V もちろんあります。そういう人とは、コンクールで会ったときに必ず友だちになっておくようにして、コンタクトが取れるようにしておきます。刺激になりますし、いろいろ教えてもらうこともできますからね。
中村S 将棋でも子どもに指導する機会は多いですが、才能のある子はやっぱり指し手に表れますからね。それはすごくはっきり分かります。一目見たときにきらめくものを感じるというか。若い才能ということでいうと、だいちさんの下積み下積み時代の苦労とか大変だったことはありますか?
中村V とにかく練習時間が取られる職業なので、そこだけが大変です。ありがたいことに最近いろいろなところに呼んでいただけるので、空いた時間に弾いていないとこなせません。単純にそこが苦しいです(笑)。たいちさんはどうですか? プロ棋士以外の職業の選択肢を考えたことはありますか?
中村S 私も全く同じ質問をしようと思っていました(笑)。でも、生まれ変わったらほかの職業についてみたいなという気はしているんですよね。周りの友だちは普通に就職している人がほとんどなので、そういった人の話を聞いていると普通の会社員も面白そうだなと思いますし、ほかのプロの世界もスポーツの世界も見ていて単純にかっこいいので自分もああいう風になれたらなということもありますし、いろいろなことをやってみたかったという思いはあります。例えば私がよく言っているのはFBI捜査官とか。あとはお医者さんとかにサッカー選手もなってみたかったですね。だいちさんはどうですか?
中村V 野球選手にならなかった理由は、ボールが見えなかったからなんです。120kmで(笑)。中学生のときにバッティングセンターに行って、目の前に来て打つ瞬間まで見えなくて、これは動体視力的に無理だと思って。もしその能力があったら、野球選手になりたいです。
中村S 話を戻しまして、演奏していて、結果を求められることの大変さというのは感じますか?
中村V それはたいちさんのほうが大変なんじゃないですか。
中村S 確かに白黒は1局1局出るので、大変なんですけどね。でも好きで選んだ職業で、対局していて負けるのはもちろんつらいですが、基本的には対局は待ち遠しいですし、たくさん指したいと思っています。プロの公式戦は仕事としてお金をもらって指していますが、子どものときと変わらない気持ちで、勝ちたいとか強い人と指したいとかそういう気持ちで指しているので、楽しいですね。最近は応援してくださる方も増えたので、それもとても励みになっていて、頑張らなきゃという気持ちにさせられています。
中村V この間たいちさんファンの多さを感じたのが、自分がヴァイオリンを教えたことがある子が最近将棋にハマっていて、たいちさんのファンだったんです。
中村S だいちさんから以前その話を聞いて驚きました。世界は狭いですね。
中村V 何かのイベントのときに、たいちさんの将棋の指導を受けたらしくて。女の子なのですが、いまはいちばん将棋に熱が入っているらしいです。
中村S 演奏中は、間違えられないというつらさはありますか?
中村V もちろん間違ったらダメなのでしょうが、自分の価値観として、ミスよりも縮こまって表現ができない、作曲家の意志が反映できない演奏のほうが、価値が低いんじゃないかと思うんです。
中村S なるほど。
中村V とはいえコンクールにエントリーしている以上はミスを減らさなければいけないので、個人的な練習はそっちに時間を割くのが8~9割ですが。さっき言った価値観でやっているのに、コンクールではミスの少なさを求められるので、そこで緊張していたんじゃないかなと。いま思うと、ですけれども。
中村S 将棋でも、ミスを怖がって手が伸びないと、ファンの人も見ていて面白くないだろうし、自分でも指していてあまり楽しくなくなってしまいますしね。
 

 腕半分楽器半分

中村S ところで、ヴァイオリンにはいわゆる名器と呼ばれる高価なものがありますよね。それらの楽器はやはり違うものですか?
中村V もう全然違います。腕半分楽器半分と言われる世界ですから。
中村S へぇー! そうなんですか。じゃあコンクールのときは楽器を指定されるんですか?
中村V いやいや。
中村S 自分の持っているもので出場するんですか? じゃあいい武器を持っている人は強いですね。
中村V 本当にそうなんです。金持ちが強い。と言ってはまずいですけど(笑)。
中村S 具体的にはどう違うんですか?音色とか弾き心地ですか。
中村V もう単純に音量が違います。
中村S 高級なヴァイオリンって昔に作られたものというイメージがありますが、いまでも高級なヴァイオリンは作られているんですか?
中村V 最近、新しいもので1000万円くらいするのも出てきていますが、基本的には木が枯れるほどよいとされているので、いま作ってすぐ価値が出るわけではないんです。有名なストラディバリ、ガルネリ・デル・ジェスという二大製作者が300年ほど前に作ったものがいまちょうど成熟されて最も状態がよい、ということなんですね。ちなみに、1丁で約10億円するものもあります(苦笑)。普通に考えて、とてもじゃないですが買うことはできないので、スポンサーの方に貸していただくしかありません。
中村S 子どもの頃からいいものを使うほうがいいということはあるんですか?
中村V それはあります。いいもので楽器のポテンシャルを引き出す方法を身につけることは非常に大事です。ですから将来的に、小さい優秀な子たちに良質な楽器を貸し出せるシステムを作ってあげられたらなと思っています。
中村S 近年は数多くのコンクールに出られていたようですが、場数を踏むことでやはり得るものも?
中村V と思ってたんですけどね。場数ばかり踏んで同じことしてても一緒じゃないですか、結局。悪かったらそれなりに何かを変えないと。同じことをしていてもよくなることはないんじゃないかなと。数だけ、間違った方向にさらに突き進むだけになってしまうんじゃないかなというのは最近思うところです。
中村S 間違った練習をしていてもしょうがないですもんね。将棋でもそうですね。でも、将棋の上達方法って確立されたものがないんですよね。詰将棋やるのがいいとか棋譜並べするといいとか実戦やるといいとか言われてはいるのですが、体系化はされていないですから。
中村V 自分たちは頭を使って練習時間の短縮はできますけど、どうしても確実性を高めるためには反復練習しかないので、そういうのはないですもんね?
中村S でも詰将棋とかは反復といえばそうですね。同じ問題を解いて体にしみこませるんです。パッと見て正解が浮かんでくるくらいになるまでやらないといけない。
中村V そうなんですか。詰将棋っていうのは答えが1つなんですか?
中村S 1つですね。将棋世界にも載っていますから、やってみてください。
中村V やってみます。絶対できないですけど(笑)。答えを見てへーっていうくらいしかならないと思います。
中村S それも重要なんですよ。答えを見て発見があると次に生かせますからね。
 

中村太地(なかむら・だいち)
ヴァイオリニスト。1989年、福岡県北九州市の生まれ。
3歳でバイオリンを始め、日本国内のコンクールにて入賞多数。活動拠点を海外に移してからは、国際コンクールでも数多くの入賞を果たしている。昨年は第22回ブラームス国際コンクールにおいて日本人初の第3位に入賞し、話題となった。
現在はウィーンに在住し、ウィーン室内管弦楽団の一員として活動する傍ら、さまざまなオーケストラと共演し活躍している。
4月24日(日)第115回北九州交響楽団記念定期演奏会に出演
(会場・アルモニーサンク 北九州ソレイユホール)
中村太地オフィシャルサイト
http://daichi-nakamura.jimdo.com/

 コンサートの楽しみ方

中村S 私を含め、将棋世界読者のヴァイオリンを詳しく知らない方々に、コンサートの楽しみ方、どう見ると楽しめるかというのを教えていただけますか。
中村V コンサートは目で見ても楽しめます。アーティストがどこでアイコンタクトをとっているかに注意していると、ここはリハーサルで詰めてやったところなんだなとかいうのも見えると思いますし、アーティスト同士の呼吸が合っているのかいないのか、感じ取っていただけるんじゃないかなと。あとは会場に来る前に、その日演奏される曲を、CD音源でも何でもいいので少しだけでもあらかじめ聞いておいていただけるといいかと思います。メロディを知っておくと、生演奏の魅力も感じられますし、違いも分かります。それから1度聞いたうえで2度目をコンサートホールで聞くと、あとあとにも記憶が残って、久しぶりに聞いてみたいなという気持ちになるはずです。それでは逆にたいちさん、今度は僕らに将棋の楽しみ方を教えてください。
中村S 将棋の対局は、いま盤上で何が起きているかというのを把握するのが難しいですよね。ある程度ルールが分かっていないといけませんし。ただ、ルールが分かっている人の楽しみ方、実力がある人の楽しみ方、いろいろな楽しみ方があると思うんですよ。多分音楽でも、初心者の楽しみ方、何度もコンサートに行っている人の楽しみ方といろいろあると思うのですが、将棋も同様に。あと将棋にはテレビ対局やタイトル戦の大盤解説会に解説役という棋士がいて、いまはこういうことが起きています、と分かりやすく解説してくれます。そういうのを見て、ある意味分かったような気になるのも楽しみ方の1つですね。それから最近だと観る将棋ファンというのがすごく増えていて、棋士の対局姿だったり、棋士同士にどういった過去があってこの対戦になっているのかとか人間ドラマを見るのも面白いです。好きな棋士を1人見つけてそこから入るというのもいいと思います。また近年では女流棋界が盛り上がっていて、奨励会で上位に来る女性も増えました。ヴァイオリンの世界では、女性はどの程度活躍されているんですか?
中村V 若いときは女の子のほうが器用なのできれいに弾くのですが、運動神経的な面で見ると男女差は明らかにあります。ただ、だからといって将棋の世界ほどトップクラスでは差はありません。あるコンクールのファイナリストが全員女性、なんてこともあります。古い考え方のオーケストラですと見栄えで男性を選んだりしますが、最近ではほとんどそういうのはないですね。世界トップのウィーンフィル、ベルリンフィルでも女性奏者がすごく増えてきたので、いまの時代は男女は関係ないといえます。
中村S では最後に、お互いの今後の夢や目標を表明し合いましょう。私は、やはりプロとしてやっている以上、トーナメントプロとして活躍したいですし、タイトルも取りたいと思っています。普及面では、自分にしかできない貢献の仕方を見つけて、自分にできる限り精一杯やりたいと思います。
中村V 僕はまだ全然たいちさんほど大きいことを言える立場ではないのですが、普及に対する思いというのは同じくらい持っているつもりです。ただ、普及活動や社会貢献活動をやりたいと思っても、まずは自分が少しでも大きくならないことにはできません。そういう意味でも、少しでも大きなコンクールを取ってキャリアを上げ、いい席を確保したい。そしてよいオーケストラで弾きたい。それは周りの方々の志が高く、いい音楽ができるからです。楽しい職場に行って、やりがいの感じられる席に座れるよう頑張ります。今日はありがとうございました。
中村S またお互いよい報告ができるようにしたいですね。本日はありがとうございました。