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【ノーカット版】「独りの世界、チームの世界」スペシャル対談・波戸康広さん×渡辺明棋王

2015.08.21

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【ノーカット版】「独りの世界、チームの世界」

スペシャル対談
波戸康広さん(横浜F・マリノスアンバサダー、元日本代表)×渡辺明棋王


将棋とサッカー――。
大歓声の中、ひたすらピッチを駆け回るサッカーに対し、密室で静かに最善を模索し続ける将棋。動と静。まるで違うこれらの競技だが、意外にも類似点は少なくない。
元日本代表、現在横浜F・マリノスでアンバサダーを務める波戸康広さんと、渡辺明棋王。互いの世界をよく知る2人が、心理、戦術、研究、才能など、多方面から大いに語り合う。




―― 本日はよろしくお願いします。波戸さんは現在横浜F・マリノス(以下マリノス)のアンバサダーをされていますが、どのような役割なのでしょうか。

波戸 ここ2、3年増えてきた役職というか任務なんですが、基本的には何でも屋です。内容的には広報大使というのが近いですね。マリノスで行っているさまざまなイベントを、多くの方々に認知してもらう、メディアに取り上げてもらえるよう働きかけるのが役割のひとつです。スポンサーの方々の前に出て、いろいろ説明したりとか。元選手が行くと喜んでくれます。来場促進のために活動したり、時にはサッカースクールで普及活動をしたり、さまざまです。

渡辺 幅広いですね。将棋親善大使も将棋のアンバサダーのようなものですか。


波戸 サッカーと将棋をともに普及していきましょう、という意味で委嘱を受けたと思っています。だからコラボレーション企画をやったり、将棋イベントに参加させてもらったり、逆に棋士の方々にサッカーイベントに参加してもらって、交流を図っています。


渡辺 アンバサダーはお一人でされているんですか。


波戸 はい。僕が引退するとき、クラブからは最初「スカウトをやってほしい」と言われたんですが、自分なりに現場とは違う形でクラブに貢献したいと、社長にプレゼンをしたんです。それで社長がポジションを作ってくださって、それまでマリノスにはなかったアンバサダーになったわけです。




 将棋がヒントに

―― 将棋に興味を持たれたのはいつ頃ですか。

波戸 小学校3年生の頃、父親がよく日曜日のNHKの将棋番組を見ていたんです。僕はほかのチャンネルを見たかったけど、「これ見とけ」って言われた。それで見ているうちに、こういう世界もあるんだ、面白いなと思ったんです。それでルールを教わって指し始めて、地域でいちばん強かった床屋の人と指したりもするようになって、どんどん入り込んでいったわけです。

渡辺 では将棋歴は長いですね。

波戸 ただ、高校時代はひたすらサッカーだったので将棋からは離れていました。プロになってからまた、遠征の移動中とかに詰将棋をやるようになったんですね。サッカーのイヤーブックにも趣味欄に「将棋」と書いて、よく仲間から「何で将棋なんだよ(笑)」と突っ込まれたり。


渡辺 スポーツ選手で趣味に将棋と書く人はあまり見ないですね。


波戸 ええ。でも僕は本当に将棋が好きだったので堂々と「将棋」と書きました。


渡辺 どのあたりに魅力を感じましたか。


波戸 サッカーもそうなんですが、将棋って駆け引きが深いですよね。

僕は小学校からサッカーをやっていて、高校生までずっとフォワードでした。プロに入ったのもフォワードとして評価されたからです。しかしプロ入りして1年半くらい経って、なかなか自分のプレーが表現できず、そこで2軍のコーチに言われたのが「お前はフォワードとしてのセンスがない」という言葉でした。結構きついですよね。フォワードとして入って「フォワードのセンスがない」って言われたんだから、イコール、プロとしてダメってことじゃないですか。高卒で入って3年契約の半分が過ぎた頃だったんですが、実家の淡路島に電話して「たぶん俺、家継ぐよ」と言ったら、プロの道を後押ししてくれた母親が号泣していました。
あと1年半、やるだけやって、ダメだったら帰ろうと決めましたが、やっぱり、ちょっと陰に入ってましたね。どうしたらプロとして飯を食えるんだろうって考えながら、何かヒントでもないかと小学校のグラウンドに行って、子どもたちがサッカーしてる様子をずっと見ていたり。この頃からディフェンスに回されたんですが、とりあえずどんなポジションでもやってみようと思いました。そこで、将棋にヒントがあったんですね。


渡辺 それはどういう?


波戸 将棋って例えば、相手をおびき出そうと歩を垂らしたりとか、そういう駆け引きや読みがありますよね。僕自身はディフェンスの経験はなかったのですが、自分がフォワードのときに、されたら嫌だったプレーを考えるのに、将棋が役に立ちました。将棋も攻めているときのリスクケアって絶対に必要じゃないですか。自分が攻めているときも、逆にこの駒を渡したときにどう攻めてこられるんだろうとか。そういう考え方に通じるものがありました。




 心理戦が面白い

―― では、渡辺さんがサッカーに興味を持ったきっかけは?

渡辺 もともと子どもの頃からサッカーは見ていました。私は84年生まれで、小学生の頃にちょうどJリーグができたんです。確か、ええと。

波戸 93年ですね。

渡辺 じゃあ3年生の頃ですか。自分ではプレーしませんでしたが、見るのは好きでしたね。まあ男の子はみんなそうでした。20歳の頃は、天彦君(佐藤八段)と、よくサッカーをやりました。「ウイニングイレブン」というテレビゲームですけど(笑)。もともとはワールドカップ、日本代表の試合しか見ないといった典型的なライトなファンだったのですが、結婚して息子が小学校のサッカー部に入ってからは、かなり熱心に見るようになりました。やっぱりスポーツのプロのプレーってすごいと思います。自分らでは、到底できないスーパープレーの連続ですから。特にサッカーは分かりやすくすごい。同じ試合はないし、同じチームでもメンバーはどんどん変わっていくし、飽きることはないですね。


―― 波戸さんからお勧めの観戦法はありますか。

波戸 やはり人間同士がやるスポーツなので、例えば、この選手とあの選手は性格は合わなそうだけど、プレーはどうなのか、といった感じの心理面に注目すると、意外な面白さがありますよ。パスを出す、出さないでも、選手同士で気を遣っている様子が見られたりしますね。ディマリアというアルゼンチン代表の選手がいて、彼自身ものすごくうまいのですが、代表チームではチームメイトのメッシにすごく気を遣っていて、ボールを持つとメッシしか見ない。それでパスするので、ミスしてカウンターを食らうこともあるんですけど、そういった互いの実力関係、チーム内の立ち位置によって、プレーが変わってくるんですよ。


渡辺 いやあ、高度ですね(笑)。そこまでくると、解説してもらわないと分からないですね、きっと。基本的にボールがあるところしか見ないというか、どうしてもそこに目がいくので。


波戸 盤上もそういうところがありますよね。このあたりで戦いが起きているけど、実は真の狙いはあっち、みたいな。サッカーも、ボールがオフの選手の動きが面白いんですよ。


渡辺 まあ、そんな感じで観戦しているうちに自分でもちょっとサッカーをしたいなと思うようになって、それで周りの人に声を掛けて関東の将棋関係者でフットサルをやるようになったのが、昨年からです。もっとも、頭の中ではイメージできているんですが、実際にやるとなると体はなかなか動きません。そういえば、先日はフットサル部にお越しいただいてありがとうございます。


―― フットサルに波戸さんも参加されて、そのあと将棋も指されたそうですね。




渡辺 ええ。飛車落ちで指したのですが、非常にしっかりした将棋でした。ワンポイントだけ紹介しますが、図で波戸さんが指されたのがじっとキズを消す▲4六歩でした。実に落ち着いた手で最善の応手だったと思います。

波戸 ありがとうございます。

―― ところで、渡辺さんはサッカーの審判の資格まで取られたとか。

渡辺 子どもが小学校でサッカーをやっていて、そうなるとお父さん方が審判をやるんですね。それで資格を取ったんです。自分でも楽しんでやっています。


―― ピッチの外から試合を見るのと、審判として中から見るのは、景色は違いますか?

渡辺 全然違います。副審と主審でも違いますね。副審はタッチラインを行ったり来たりするだけで、常に自分の目線は同じだから頭の中はクリアですが、主審はピッチの中をぐるぐる回っているので、結構混乱しますね。「あれっ、いまどっちがどっちに攻めてるんだ」って。


―― これから3級、2級と取っていく予定はありますか?

渡辺 いやいや、取らないですよ(笑)。4級は半日くらい講習を受ければ誰でも取れるものなんですが、3級は試験もあってかなりハードルが高いんです。知識量も全然違います。3級の人はたぶんルールブックは全部頭の中に入っていると思うけど、自分は怪しいですもん。「えーと、これどうするんだっけ?」みたいな。1級にもなるとJリーグで笛を吹いているわけで、もう完全にプロですよね。主審は、ともすれば自分の判断がその試合の結果を決めちゃうこともあるわけで、その責任の重さが何というか嫌(笑)。小学生の試合ではクレームをつけられることはありませんが、頼むからシーソーゲームにならないでくれって思ってますよ。「2点差ついたら俺のせいじゃないだろ」って思って笛を吹いています。


波戸 審判はある程度、試合をコントロールできますからね。例えば、試合を盛り上げたいと思ったら、あんまり笛を吹かずにルーズにすると、エキサイティングな展開になってくる。逆に最初から厳しくファールを取っていたら、そういうシーンにはなかなかなりませんから。




 類似点と相違点

―― ところで波戸さんは将棋の実戦もよく指されるようですね。

波戸 はい。スマホでよく指していますよ。棋士の方にお会いしたときはここぞとばかりにお願いしたり(笑)。あと自分の子どもとも遊び程度ですが指します。

渡辺 お子さんも指せるんですね。

波戸 ヤマダ電機の教室に通っていたんですよ。普及指導員の方に「お父さん将棋強いんだよー」とか言って、おい、お前なにを言っているんだよ、って(笑)。


渡辺 ハハハ。まあ、子どもはみんな自分のお父さんは強いと思っていますから。


―― サッカーと将棋には類似点が多いといわれていますが、それを感じることはありますか。

波戸 似ていると思うのは、イメージが必要なところです。おそらくプロ棋士って、対局前には相手の戦法とかを考えて展開をイメージして臨みますよね。サッカーも試合前には、どういう風に戦うか、十分にイメージしてから臨みます。違うところは、それを自分の体で表現するか、自分の脳で表現するかですね。将棋には定跡という言葉がありますが、サッカーにも定跡とは呼びませんが、プレーゾーンによって、やるべきプレー、まずいプレーというのがあるんですね。


―― それは具体的には?

波戸 例えば自陣にボールがあるときにはリスクを犯すのはダメです。自分のゴール前でドリブルするやつはバカとしか言いようがない、いや本当に(笑)。中盤のエリアはボールを失わないことが大事。そしていちばんパワーを使うのはやはり相手のゴール前ですね。ここはリスクがあってもチャレンジすると。


―― 戦術面ではどうですか?

波戸 将棋で歩を突き捨ててスペースを作る、垂らした歩を取らせて駒をおびき出す展開ってありますよね。サッカーでは、賢い選手はすぐにパスを出すのでなく、相手の前にボールをさらすんですよ。そして相手がプレッシャーを掛けてきた瞬間に、ポンと出して裏のスペースを使うとか、将棋に近い動きだと思います。ヘタな選手は「あ、味方だ、パスを出そう」って狭い範囲しか見ようとしない。


渡辺 広い視野が重要なんですね。


波戸 そうです。うまい選手ほど視野が広くて、いろいろな情報を持った上で、自分のプレーを選択していけるんですよ。



【写真提供:渡辺明】

 キレる時期

渡辺 サッカーはそういった頭脳面も大きいと聞きますが、技術面との比率はどうなんですか。いくら頭脳が必要といっても、やはりプロとしては技術がないとどうしようもないですよね。

波戸 うーん、でもイメージを持たないでやるやつはもっとひどいですよ(笑)。悪いプレーヤーというのは、上を見ないでずっと下を見てプレーしている。自分のプレーに酔っているんですよ。それだと周りも連動できません。まあ年齢とともに賢くはなっていきますね。
僕も若い頃は考えるよりも感覚的なプレーが多かった。相手が2人いて数的に不利だと普通はパスを考えるんだけど、自分が行けると思ったらどんどん突破しにいった。年を取ってスピードが落ちると、だんだん考えるようになります。

渡辺 スピードのピークはどのくらい?


波戸 30歳までが勝負ですね。30歳を超えるとキレはどうしても落ちてきますね。棋士の方もやはり20代、30代がキレる時期なんですか。


渡辺 そのあたりは、40代の人に聞かないとちょっと分からないですね。よく「経験を武器に」といった言葉を聞きますけど、実際にどの程度の武器になるかは、なってみないと分かりません。


波戸 将棋の世界は長丁場だから、体力も絶対に必要ですよね、体力がなくなると頭の回転も悪くなると思うし。それとサッカーでは考えるより先にパッと体が動く、ということがあるんですけど、そういう感覚は、将棋ではどうですか?


渡辺 まあ、体力は大きいですよね。それに肉体的な体力のほかにモチベーション的な意味での体力も必要です。だんだん年を取ってきて、深夜の順位戦を戦っていると、例えばどっちの歩から捨てるか、みたいな細かい変化をていねいに読む気力がなくなってくるという話はよく聞きます。若い頃はしらみつぶしに読んでいたのが、モチベーション的な体力が落ちるとできなくなる。だいたい10代、20代でプロになるので、40歳っていったらもうキャリア20年とかなんですよ。


波戸 慣れも出てくるんでしょうね。


渡辺 ええ。それで、こんなのは、どっちからでも同じでしょって行っちゃうんですけど、でも将棋って、どっちでも同じってことあまりないんですよ(笑)。



【写真提供:日本将棋連盟】

 フォーメーションと陣形

――渡辺さんはサッカーと将棋の類似を感じますか。

渡辺 僕なんかは陣立てとかを考えるのがすごく好きなのですが、あれは将棋の駒組みと似ていますよね。ピッチに10人いるわけですが、この選手をこっちに置いたらこっちが薄くなるから、じゃあこうで、みたいな。限られた人、将棋は駒ですけど――をどう配置していくかというのを考えるのが楽しいんですよ、3バックはどうかとか、4バックはどうかとか。将棋も王様を金銀4枚で固めたら攻めは薄くなるし、攻めに金銀を使ったら守りは薄くなる。そのあたりは共通していると思いますね。

―― 3バックは攻撃的、4バックは守備的な構えなんですか?

波戸 最近の振り飛車は違うかもしれませんが、振り飛車ってもともとはカウンター狙いのところがありましたよね。3バックは攻撃重視に感じるかもしれませんが、ディフェンスに回ったときは、両サイドが下がって5バックっぽくなる。どちらかと言えば、カウンター気味のサッカーですね。4バックは四つに構えてというイメージです。
僕は将棋は振り飛車党でどちらかというとカウンタータイプですね。サッカーではサイドバックだったので、相手が攻めてきたときに、ボールを奪って逆にそのスペースをついていく、そして1対1になったら仕掛けていく。そういうタイプのプレーヤーでした。ですから相手の出方、こうくるんだろうなとか、展開を読むのは好きでした。


渡辺 もとはフォワードなんですよね?


波戸 そうです。


渡辺 それがいきなりディフェンスに変えられるわけですよね。居飛車党がある日突然、振り飛車を指しなさい、と言われるような(笑)。


波戸 でもそれが転機になったところはあります。もともとスピードはあって、それで高校生までフォワードとして使われていたんですが、本当に自分に向いていたところはサイドだったんじゃないかなと。さっきの「センスがない」と言ったコーチですが、本当は「お前の天職はここだぞ」と言いたかったのかもしれない。でもその人はドイツから来ていたんですが、当時はカタコトの日本語だったんですよね。だから「フォワードのセンスがない」「お前はカズじゃない」と言われて、僕もまだ18歳だったんで「マジかよ……」って。


渡辺 突然そんなこと言われたら、途方に暮れるでしょう。でもそういう話って結構聞きますよね。やはりプロになろうって人は、みんなもともとのチームでいちばんうまいわけで、ほとんどの人が点取り屋をやっていたわけでしょう。


波戸 そうです。野球で言えばみんな4番でエースだったようなもので、そういう人が集まって1つのチームになって、そこから適切なポジションに移っていくんですよね。


渡辺 考えてみれば不思議ですよね。プロになっていきなりポジションが変わるわけでしょう。


波戸 ええ。でもそこで順応できないと、プロではやっていけない。浦和レッズでプレーしている那須という選手ですが、マリノスに入ってきたときはストッパーだったんですよ。いまはまたストッパーで出ていますが、彼の芽が出たのは、岡田武史さんがマリノスの監督のときに、ボランチに回されたことがきっかけです。サッカーの世界って、ポジションによって人生が変わるし、監督によっても変わるし、周りとの相性でも変わる。どうなるか分からないですよ。


渡辺 自分の人生が他力みたいなところがあるんですね。


波戸 それはありますね。やはりプロ同士は技術面はそこまで差がないですから。


渡辺 そうですよね。


波戸 あとは人間性もあります。心技体という言葉も最初に心がきますよね。技術、体力があっても精神状態が安定してないと、パフォーマンスは発揮できません。周りとの協調、人間関係とかも非常に大事になってくるんです。


渡辺 サッカーって監督でガラッと変わりますよね。全然出られなかった選手が、監督が変わった瞬間に1年間フル出場とか。将棋指しにはそういう他の人の評価のようなものは関係ないので、酷な世界だと思います。




 相手の世界はどう見える?

―― サッカーはチームプレー、将棋は個人競技ですが、互いの世界に憧れを感じますか?

渡辺 うーん。憧れとは違うかもしれませんが、チームプレー自体は、いいなって思います。何かを成し遂げたときにみんなで喜ぶ、それは将棋にはないことですから。だけどいま言った、監督とかの他人の判断で、自分の努力だけではどうにもならないことが生じるのは、本当に酷だと思います。監督と合わなければそれで1年間出られないことがザラにあるわけでしょう。将棋は基本的には自分で何とかできるし、うまくいかなければ自分が変わればいい。個人競技ならではの気楽さはあります。

波戸 僕はいま聞いた話だと、憧れより逆にちょっと不安を感じますね。負けてもアドバイスももらえない。感想戦はあっても、結局はライバルなわけだし、すべてを正直に明かしてくれるわけではないですよね。勝てなければどんどん降級していって、気分的にもへこむと思うんですけど、それでも自分しか頼れないという状況は、厳しいですよね。精神的に強くないとやっていけないと思います。渡辺さんは竜王を9期キープしましたが、サッカーもレギュラーをキープするのって大変なんです。もし怪我してしまって代わりに出た若い選手が活躍したら、もうポジションを取られてしまう。若くて年俸の安い選手が使えるならば、チームとしては当然そちらを使いますよね。だからまず怪我はできないし、かつ自分のパフォーマンスは常に一定以上、監督の期待通りのプレーをしなければいけない。それを9年間続けるというのはものすごいことだと思います。
竜王戦のようなタイトル戦では、挑戦者がある程度絞られてきたら、その人の研究をするんですか。


渡辺 することはしますが、挑戦するような人とは他の棋戦でも当たっていますからね。得意戦法とか、棋風とか、ある程度の情報はもう持っています。


波戸 得意な形とかは、先手、後手でもまた変わってくると思うのですが、手番はやる前から分かっているんですか。

渡辺 事前に分かっているものと、対局直前にその場で決めるものがあります。タイトル戦は1局目だけその場で決めて、あとは交互ですね。


波戸 サッカーでは、リーグ戦でも初戦がいちばん大事と言われているんですよ。チームとしての自信、勢いなど、勝つことがもたらす影響がすごく大きいのですが、将棋はどうですか。タイトル戦で1局目を落としたときの心境とか。


渡辺 うーん。確かに4チームのリーグ戦で2チームが抜けるパターンで「初戦が重要です」とよく聞きますけど、そこは何でなのかよく分からない。同じ3分の1だと思うんですよね。


波戸 それが違うんですよ。何でだろう、団体競技と個人競技の差ですかね。将棋は1戦目を落としてもそんなに気にならないですか。

渡辺 自分の場合は、1戦目を負けて勝ち勝ちの2勝1敗と、勝ち勝ち負けの2勝1敗に差はないですね。もちろん1戦目に負けて2局目に臨む心境は違いますけど。将棋界では1戦目が特に重要という意識は薄いと思いますが、サッカーは勢いとかを重視するからですかね。

波戸 そうです。やっぱりチームって生き物なんですよ。味方がすごいファインセーブをしたら、チームがぐっと一体化するんです。「お前が守ったんだから、あとは俺たちがなんとかする」。そういった勢い、流れは無視できないんです。


渡辺 それは将棋にはないですね。動かしているのは全部自分ですし。「さっきの俺、よく馬、引き揚げた」なんてことはないですから(笑)。


波戸 そうですよね。


渡辺 サッカーは味方とよく抱き合っていますよね。まあ怒ってることもありますが(笑)。あれってその後で仲が悪くなったりはしませんよね?


波戸 まあ、人間なんでね(笑)。勝てばいいですけど、負ければ引きずることはあります。


渡辺 そうなんですか。結構怒ってるシーンを見るので気になるんですよ。1人がドリブルでゴール前に持っていって、その選手もシュートは打てるんだけど、横にもフリーの選手がいて、「くれよ、くれよ」って叫んでて。そのままシュートを打って外すとすごい怒ってるじゃないですか。


波戸 ボールを持っている人に、その人が見えていなかったのか、それとも自分で行くべきと判断したのか。どっちにしても決まればいいけど、外したらいろいろ言われます。


―― その選択に正解はあるんですか。

波戸 どっちを選んでも正解とは言えないですが、基本的にはボールを持っている人の自由です。ただ、明らかにパスしたほうが可能性が高そうなときに、自分でシュートを打ったら「なんでお前、出さないんだよ」とは言われますよね。


渡辺 その2択はどちらかしか指せない上に、瞬時に判断しないといけないわけでしょう。それは厳しいですよね。


波戸 でも将棋も秒読みになったら、瞬間的な判断力を問われますよね。先日の佐藤天彦さんと稲葉陽さんの将棋(NHK杯・6月14日放送)も、最後の最後まで稲葉さんが勝っていた将棋が、1手、王様の逃げる場所を間違えて逆転された。やはりプロの将棋はその一瞬の判断が大きいんですね。




 ゲーム性と事前研究

―― サッカーでもそういう一瞬の逆転はありますよね。

波戸 もちろんです。フリーキックやコーナーキックで、たった1回のチャンスらしいチャンスを生かされてってことはよくあります。ゲーム内容で言えば、8割、9割を自分たちが主導権を握っていたけど、相手の一瞬のチャンスにこちらの1回のミスが重なって、終わってみたら負けていたという。内容がよくても結果が出なければ、いろいろ言われますよね。先日の日本―シンガポール戦なんかも、ボールは日本が圧倒的にキープしていましたが、守りを崩せず、結果は0―0のドローでした。あれだけ押していても、コーナーキックからポコッと点を取られて負けるなんて可能性もあるわけですから。


渡辺 将棋はセットプレーがないから、全部の駒を引いて守っても勝てませんが、サッカーはそういう完全撤退みたいな戦術もありうるんですね。


波戸 最近のプロの将棋って、力戦というか形にこだわらない展開が目立ちますよね。最初に王様を固めて、次に攻撃にいくという形じゃもう遅くて、横歩取りのような一手一手が厳しい将棋が多くありませんか。


渡辺 そうですね。しっかり事前研究をしておかないと、1手で終わっちゃうようなこともあります。いまはコンピュータもあって、研究の精度が高まっているので、昔のようにあとはその場で考えれば、というわけにはいかない。サッカーは試合前の研究はどうですか。


波戸 もちろんします。相手の情報を得るのは非常に大事で、相手のチームカラー、カウンターで攻めてくるスタイルなのか、自分たちがボールを持って押していくスタイルなのか、とかいろいろ調べてみんなで情報は共有します。情報はあればあるほど有利なので、そこはしっかりとやりますね。


渡辺 それはチームとして情報を集める専門の人がいるわけですよね?


波戸 そうです。チームとしても集めていますし、自分が当たる相手に関しては個人でも調べます。「あいつはこういうタイプだからこういうプレーをしよう」とか「ここは自分から行ったらやられそうだから、ちょっと引こう」とか。


渡辺 俺にはそんな研究、必要ない、ってタイプの人もいるわけですよね?


波戸 でも勉強しないやつはだいたい消えていきますね(笑)。最初はよくても、それで1年経てば、2年目のシーズンはその人のプレーは周りから研究されまくってるわけですから。常に研究をして、情報は新しくしておかないと。そういう作業を嫌う選手は生き残れませんね。


―― サッカーも時代によって、流行や、新しい戦略があるんですか。

波戸 フォーメーションでいうと、以前は4―4―2とかが主流でしたが、現在は4―2―3―1が多いですね。昔は3トップ、2トップが普通だったんですが、現在は1トップが流行です。1人だと前線のスペースが広いじゃないですか。その空いたスペースをいろんな選手が共有して流動的な攻撃ができるわけですね。2トップだとスペースが埋まってしまうし、3トップだと、真ん中、右、左ともう役割がほぼ決まってしまう。いまは1人の選手が決まった役割をこなすのではなく、いろんな選手がマルチな働きをするようになってきているんです。



【写真提供:渡辺明】

 刻々と変わる状況

―― サッカーでも将棋でも、状況は刻一刻と変わっていきますよね。予想外のことが起きた場合、何を考えますか。

波戸 面食らったときは、チームとしてもパニックになりやすいので、まずは落ち着くことが最優先です。勝負球とかは出さずに自分たちでボールを回しておく。そうすることで、みんなだんだんリズムを取り戻していく。よく後ろのほうでボールを回しているときというのは、リズムを作っているんですよ。


渡辺 将棋はそのときの残り時間によります。1時間あれば一瞬慌てても、まあ茶でも飲んで、よく見れば大した手じゃないじゃん、みたいな(笑)。だけどそれは局面を10分くらい眺めて分かることなんで、時間がなかったら慌てたまま指すしかない。だから先ほどのNHK杯のような早指しだと、お互いが状況を整理できないまま局面がバシバシ進んでいくので、逆転も起きやすい。まあ、その条件の中でどうやって勝つかの勝負なので仕方ないことですけどね。


波戸 以前、NHK杯の収録を見学したとき、対局者の1人が遅れていなかったので、リハーサルで私が座ったことがありました。その将棋は遅刻してきた棋士が勝って、負けた棋士はちょっと荒れていましたが(笑)。


渡辺 普通は遅刻すると持ち時間を減らされるんですが、テレビ棋戦は引かれません。まあ多少荒れるのは仕方ない(笑)。ペナルティに関しては将棋界はゆるいところはありますね。


波戸 サッカーは結構ペナルティが厳しいです。例えば、クラブチームでの規律で遅刻1分で罰金1万円とか。一発退場の際、悪質だと協会に払うものもある。


渡辺 私生活のことでも取られたりしますよね。


波戸 そうなんですよ、もう。僕も退場やら何やらで、どれだけ協会に払ったことか(笑)。暴言とかも罰金です。


渡辺 罰金だけでいい収入になりそうですよね。海外はさらに桁が違うし。罰金収入で予算が組んであるんですか(笑)。


波戸 チーム内の罰金は、だいたい納会で使うんです。「お疲れさん、罰金が多かったから今日は寿司屋だ」とか(笑)。



【写真提供:渡辺明】

 感想戦と反省会

波戸 ちょっと話がそれますが、将棋は終わって感想戦をしますよね。あれはどこまで詳しく情報を明かすんですか。

渡辺 どこまでやるかは相手によりますね、勝敗にもよるし。感想戦に熱心なタイプか、早く切り上げたいタイプかによっても変わってくる。さらに言えば、相手の技量というか、こだわり方によっても違う。序盤の端歩のタイミングとかを気にしない人と、その是非を話しても仕方ない。なにを言っても「まあ一局でしょ」で終わっちゃう、ハハハ。

波戸 打てば響く人ならしっかりやると。


渡辺 ある程度は言いますね。相手が序盤に凝っていて、端歩のタイミングにすごい研究を重ねてくる人もいるわけですよ。そういう人とは、こちらも「その手にはこういう手を用意してました」と明かします。そういう話はお互い今後につながるので。あとは親しさによっても違います。仲がよければ「ここは俺が必勝だったでしょ」「なにこの手? 気が抜けてるの?」みたいに率直に話しますね。先輩にはこんな風には言えないですけど(笑)。やはり親しいほうが感想戦は濃い内容になりますね。


―― サッカーは相手と感想を言い合うことはありませんよね。

波戸 代わりにチーム内での反省会があります。どれだけしっかりやるかは監督の判断ですね。勝っても負けても済んだことは見ないで、次の戦いに向けて準備する監督もいますし、映像を抜き出して、よかったプレー、ダメだったプレーを細かく振り返る監督もいる。僕も監督に呼ばれて、ビデオを見ながら「波戸、うーん。攻撃、うーん。ディフェンス、うーん」って言われたことがある。「なんやねん」って思った(笑)。


渡辺 サッカーは監督によってすごく変わりますね。練習から、試合から、すべて監督の采配だし、成績が悪いと、まずは監督がクビになるし。


波戸 サッカーは選手の力量ももちろんありますが、11人もいるから戦術が非常に大事なんです。監督の力量の部分が大きいんですね。まあ、今期のレッズに関しては、優勝しましたが、選手個々の戦力がずば抜けていたので、監督のおかげかは分かりません(笑)。


渡辺 そういうのって思いますよね。バルセロナとか見ていると、俺が監督やっても優勝するよなって思いますもん。メッシ、ネイマール、スアレス、3人に任せておけば、普通勝つんでしょって。まあ実際はそんなことないんでしょうが。


波戸 あと監督は選手のモチベーションを高めたりすることも重要です。やっぱり選手は人ですから、「監督のために頑張ろう」って思われる人でないと。選手が得点を決めて、監督に抱きつきにいってるようなチームは、監督と選手がすごくうまくいってるんです。




 最高のプレーはいつ出るか

―― 最高のプレー、最高の指し手に必要なのは、予測や読みですか。それとも瞬間的な閃きですか?

渡辺 将棋は、基本的にはっきりとした技術ですからね。サッカーは、縦に突破するのか、後ろに引くのか、みたいなことを一瞬で判断するわけじゃないですか。将棋は例えばある局面を30分時間を使って考える。そうしたらもう、その30分でどこまで正しく読めるかという技術ですよね。プロの指し手は、意外に見える手でも本人の中では理路整然とした理由があるんですよ。それが結果的に完璧で、結果的に会心の一手となることはあります。だから閃いたといってもそれは読みの範疇なんです。


波戸 僕はまず閃きというのは、しっかりとした準備や努力の中からしか生まれないと思っています。天才的なプレーヤーと言われる人もいますが、そういう人でも誰も見ていないところでは努力しています。何の準備もしないのに、いざ試合ではスーパープレーを連発なんてことはありません。


―― ではベストのプレーをするために、いつも心掛けていることは?

波戸 サッカーの試合は週末に日程が組まれるのが基本で、いかにその日にコンディションを良い状態にもっていくか。そこは当然いちばん気を遣うところです。ルーティーンとして各選手が自分のやり方を持っていますね。この日に何を食べて、この日に何をして、睡眠は何時間、という感じです。食事もチームとして栄養士がいるし、自分の体の調子とかも考えて決めますね。試合の前の日は生ものはやめておくとか、脂っこいものは控えるとかは基本です。緊張して本来のプレーができないとか、お腹が痛くなったりとか、そういうのって言い訳にもならないですし。本番で力が発揮できなければ、それがその人の実力と見なされるわけです。海外の試合などは特に移動とかで疲れることもありますが、そういった要素をすべて踏まえた上で、いかにピッチで自分を表現するか。それがプロの世界、実力の世界なんですよ。


渡辺 そのあたりの調子の整え方というのは将棋指しも似ていますよね。対局日から逆算をして、この日までにこれを分析して、前の日はこういう調整をして、みたいな。サッカーと違ってすべて個人でやるので、個人差は大きいと思いますが、結果を出さないと意味がないのは同じです。


―― うまくなる子、強くなる子というのは、見て分かりますか。伸びる子は何が違いますか?

渡辺 サッカーに関してはまずは運動神経が最初にくるので、僕ら素人でもある程度のことは分かりますよね。


波戸 そうですね。さすがに将棋の才能よりは分かりやすい。50メートルを9秒かかる子と7秒で走る子の差はありますから。ただ肉体的な差がほとんどない中でさらにどれだけ伸びるかとなると、やはり練習に取り組む姿勢というのがあると思います。一生懸命やるのはもちろんですが、コーチに言われたことをやるだけでも足りません。サッカーって答えがないですからね。プラスアルファで自分で考えたプレーをするとか、常にトライする姿勢が大事です。当然失敗は増えますが、失敗から何かをつかめばいい。失敗を嫌がって、言われたことだけやる、ミスをしないプレーばかりを目指すのでは上達は難しいです。


渡辺 将棋もプロを目指すような子は最低限の才能はあります。ただ、そこでしっかりと考えられる子と、ちゃらんぽらんにパンパンやる子ではそのあと差がつくのは当然。サッカーと違うのは、将棋にはコーチがいないんですよ。アマチュア時代はともかく、奨励会員にもなればコーチはいない。たまに師匠が教えるケースもありますが、普段のトレーニングメニューまで指示はしません。強くなるためにどういうトレーニングを、どれだけやるか、決めるのはすべて自分なので、最後は自分次第ということになります。それができる子が、伸びる子と言えるかもしれません。


―― 本日はありがとうございました。



将棋世界9月号では波戸康広さんと渡辺明棋王のWサイン入りボールを1名の方にプレゼントする企画を実施しています(8月31日締切。電子版では応募できません)。

また、WEB上でアンケートを実施中(8月31日午後5時締切)。こちらもアンケートにお答えいただいた方の中から1名にWサイン入りボール、3名に将棋世界10月号をプレゼントします(将棋世界読者に限定しているわけではありません)。


どちらもたくさんのご応募、お待ちしております。