2026.10.02
【究極の一手コレクション】第9回 羽生善治「天才の詰み」
将棋史に名を刻んだ棋士たちの名手・妙手を紹介する「究極の一手コレクション」。
勝負を決した一手、時代を象徴する一手など、語り継がれる名場面を取り上げます。
本記事における棋士の肩書はいずれも当時のものです。
NHK杯と羽生善治の覇道
早指し棋戦は若手有利とされます。
経験よりも瞬発力。読みの深さよりも決断の速さ。一般にはそう考えられてきました。
しかし、羽生善治はその常識を何度も覆してきました。
2013年、当時41歳の羽生は史上初となる10回目のNHK杯優勝を達成。名誉NHK杯選手権者の資格を獲得するとともに、早指し棋戦でもなお第一人者として活躍していました。
その翌年の準決勝。
翌年もトーナメントを駆けあがった羽生は、準決勝で同世代の郷田真隆と相まみえます。
将棋界の歴史を作り続けてきた名手が、持ち時間10分の舞台で激突。
そして、終盤に待ち受けていたのは誰も予想しえなかった奇跡でした。
第62回NHK杯テレビ将棋トーナメント準決勝
▲郷田真隆棋王―△羽生善治三冠(2013年3月10日放送)
主催:日本放送協会・日本将棋連盟
本局は中盤から郷田がペースを握りました。
しかし羽生の粘りに郷田は対応を誤り、一気に勝負形に。
問題図は△6九角に対し先手郷田が▲7七玉とかわしたところ。
後手玉はほとんど受けがなく、先手玉を詰ますことができるかどうか。
しかし、羽生だけが一筋の光を読みきっていました。「天才の詰み」と称された羽生の究極の一手とは?
解答はこちら
解答 △8六銀
歩頭に銀を捨てるのが相当に難易度の高い一手でした。
解答図では△8五桂と打ち、金銀を温存するのが自然な発想ですが、▲8六玉△7四桂▲7五玉△6六馬▲6四玉△5五銀▲5四玉△4四金▲同竜(参考1図)で際どく詰みません。
形勢自体は難解ながら、先手玉は入玉間近で持ち駒の少ない後手はそれを防ぐ手立てがなく、後手が勝てない将棋になってしまいます。
そこで解答図の△8六銀が好手でした。▲同歩は△8七金で詰むので、実戦で郷田は▲8六同玉としましたが、△7四桂▲7五玉△6六馬▲6四玉に△7二桂(第1図)と温存した桂を打てるのが大きいです。
以下、▲5四玉に△4四金と打った局面で郷田が投了しました(投了図)。
投了図から▲4四同竜に△同馬と4三の歩にヒモをつけて先手玉の入玉を防ぎながら王手できるのがミソで、以下▲6五玉に△5五飛で詰みとなります。
後手の駒台には歩以外残らない美しい収束です。
解説を務めた先崎学から「天才の詰み」と評された本局は、羽生の代表的な逆転劇の一つとして広く知れ渡るようになりました。
妙手のちょこっと裏話 △8六銀は絶対解ではない?
本局の感想戦でも触れられましたが、問題図では△8八銀(参考2図)と打っても詰みがあります。
▲8六玉と上がると、△7四桂から解答図△8六銀と似た変化で詰みとなるので、ここは▲同玉としますが、以下△7九馬▲7七玉△7八馬▲8六玉△8七馬▲7五玉△7四金までの詰みとなります(参考3図)。
しかしながら、もし本局が△8八銀で決着していたとしたら、ここまで話題にはならなかったのかもしれません。
手数こそ両者に違いはありませんが、歩頭に銀を捨てる衝撃からの詰み手順はまさに時代の覇者そのものの指し回し。
盤上にそんな一手が存在し、それを見つけ、そして勝つ。
それこそ羽生が時代の覇者として君臨し続けたゆえんなのです。







