2026.07.03
【将棋世界こぼれ話】棋士の僕たちが開発もする理由
棋士にして開発者の二人
── 谷合五段は、2022年からWCSCに参加されています。今回は、Sinfonietta(シンフォニエッタ)というプログラム名で出場され、独自プログラムの開発者に与えられるフルスクラッチ賞で1位でした。
谷合 順位的には全然よくなくて、二次予選落ちなんですけど。一応今回からはやねうら王とか、そういった公開されているものを一切使わずにフルスクラッチで、自分で築き上げたもので参加したっていうところに意味があったので。それなりに勝ったりもできたので、よかったかなという感じですね。特徴はそんなになくて、やねうら王とかとほぼ似ている作りで。LLM(大規模言語モデル、代表的なものはChatGPT など)のエージェントにほぼ開発を委ねるような形なので。新しいアイディアがめちゃくちゃあったってわけではないんですけど、最新のStockfish やLeela Chess Zero(いずれもチェスのプログラム)とかのモデルとかも参考にしながら書いてるんで、そういうところはほかとは違うかもしれないですね。
── 今大会の二次予選のレベルはどう感じましたか?
谷合 さすがにけっこう強いですよね。一次予選を抜けるボーダーが8年前ぐらいのトップソフトぐらいのレベルだったと思うので。やっぱり平均レベルがどんどん上がってはいますよね。やねうら王とかオープンソースがあって、そこをちょっと改造するだけでも出れるので。そういうのに全く依存せずに、自分で書いたソフトが二次予選に上がるのはもう本当に厳しいのかなという感じです。ちょっとそれは悲しいところでもあるかなと。やっぱりいろんなソフトが出てきてくれたほうが多様性もあって、大会も楽しいものになると思うので。
── 山下四段は、今回「六角堂狸」(tanuki-制作委員会、以下「たぬき」)で参加されました。
山下 昨年や2年前も、たぬきチームの定跡のみ担当してたんですけど、今回は自分は定跡は一切作ってなくて、探索部をちょこちょこっといじった程度で。大会ではあんまりたぶん効いてなかったですかね。
── 山下四段は「四段昇段の記」(本誌2025年11月号掲載)に独自の将棋エンジンを開発されていると書かれていました。
山下 基本は(海外の開発者と)2人で作ってましたけれど。先ほど谷合先生も仰られていたように、やねうら王勢が強すぎるっていうのもあって、もう一人はもう諦めたというか。今年に入ってからはほぼ開発はされてないぐらいです。
── 山下四段はそもそも、なぜ将棋コンピュータ将棋の開発を始めようと思ったのでしょうか。
山下 自分は小さいときから、人間の棋譜よりソフトの棋譜のほうが見ることが多かったので。強いソフトの棋譜にはすごい興味があって。自分自身でももっと強い将棋ソフトを作って、そういう棋譜を見れたら面白いだろうなっていうのが理由です。
── 将棋は5歳の頃から始められたそうですが、プログラミングはいつぐらいからですか?
山下 10歳くらいですかね。始めた当初は本当にC++(シープラプラ)の基本の構文を覚えた程度で、そこから少し離れてたんで。本格的にいろいろ作ったりするようになったのは、もうちょっとあとです。自分は競プロ(競技プログラミング)に関しては全然やっていなくて。本当に最初にC++の勉強に始めたときに家にあった本が偶然、Windows(ウィンドウズ)のアプリケーションを作るみたいな本で、それでC++を学んだこともあって。最初はGUIの開発が好きで。C#(シーシャープ)とかでいろいろ作ったりしてたんですけど。途中からは将棋ソフトのほうに興味を持ってっていう感じで。
── 山下四段は棋士で高校生。日々忙しいですか。
山下 そうですね。忙しいですかね(笑)。
── 今後もコンピュータ将棋の開発は続けられますか?
山下 あんまりいまは続ける気はないですかね。今年になってからもほとんどしてない気もしますし。忙しいっていうのと。ソフトを開発しても、大会だと定跡とかのファクターが大きすぎて、結果に出ないんで。あまりモチベーションが湧かないっていうところです。
定跡の重要性
── コンピュータ将棋は、人間の大局観に相当する「評価関数」をもとに、局面ごとに手を読む「探索」が重要です。一方で、大会では事前に準備した「定跡」もまた重要です。今大会は定跡によって勝負が決まるケースが多く見られました。特にやねうら王チームが頒布し、多くのチームが使っていた巨大定跡「ペタショック定跡」が猛威を振るいました。
谷合 そうですね。私、定跡を作ったりするのも好きじゃなくて、あまりこだわってない。やねうら王さんのペタショック定跡をちょっといじって乗せたぐらいなので、本当にそこにこだわりはないんですけど。でもやっぱりなかなか定跡がないと厳しくなってきてるのは明らかです。ソフトに何も定跡載せずに後手番で戦わせると、角換わりに突っ込んでいって、ただ負けるだけみたいな話にもなりがちなので。最近の将棋AIは本当に強いんで、(評価値で)プラス300~400ぐらい差がついちゃったらもう逆転できないような状況です。やっぱり序盤のウェイトがすごい大きくなってきている。序盤でいかに点数を損なわないか。そこでいかに点数を稼げるかが重要になってくる。半ば定跡勝負みたいになっているなとは感じますね。
── 将棋ソフトの開発は、ほとんどの皆さんは趣味でやっている。谷合五段はどれぐらい時間をかけていますか?
谷合 どこまでをコンピュータ将棋の開発というか、微妙なところもあって。一応、大学での研究とかも近い分野でもあるんで。そこも含めたら、本当に毎日、何かしらの形で関わってるとは思います。将棋AIの大会に出るようなプログラムの開発という意味では、学習回したりとかもありますし。いまの時代、LLMに指示を投げて放置するだけでも作業が進んでいくので。
── 山下四段は日々どれぐらいの感じでコンピュータ将棋と関わっていますか?
山下 いまは特に活動はしてないですかね。やっぱりモチベーションがないですね。WCSCでも一応、たぬきは少なくとも公開版のやねうら王よりは探索部だけでレーティング100ぐらいは強かったはずなんですけど。でも大会を見てる限り、全然効果なさそうというか、あまり意味なさそうな気がしたんで。
── 杉村さんにも伺いたいんですけど。今大会は参加56チームで過去最多タイでした。
杉村 新規参入はしやすくなってるんじゃないですかね。いまはもうLLMも進歩して、いろいろ聞いたら教えてくれますし。自分でコードがあんまり書けなくても書いてもらうことも可能ですから。1つのやりたいことに注力すれば、他のソフトとちょっと違うところを出せる。ただ、それを成果に結びつけるのはなかなか難しい。山下先生も言われてる通り、強くしても強さが表れないのが残念でしたね。今大会はけっこう水匠も強くなったと思ったんですけど、すべて定跡の強さに追いつけないというか。今回優勝した氷彗さんも、一次予選で定跡積んでなかったらノートパソコンのプログラムに負けてしまった。それぐらい定跡っていうのは凄まじく強力なものになっている。探索部をよくしても成果に出にくいと、モチベーションが上がらない気持ちはわかります。
(つづきは、『将棋世界』8月号をご覧ください)


