2026.06.01
【名著探訪①】『現代将棋を読み解く7つの理論』 いま読み直す大ヒット書籍 ―最近では8つ目の理論も登場!?
将棋AIによって常識が刷新され続けている昨今。数か月で指し方が全く変わることも珍しくありません。書籍も同じように、戦法の流行に合わせた新刊を出しています。あの書籍は今どうなっているのでしょうか。このコーナーでは、過去に刊行した書籍を取り上げて、当時と今を比べて考え方に違いがあるか、または新しい知見が生まれたかなどを調べていきます。
第1弾は『現代将棋を読み解く7つの理論』(2020年11月)。著者であるあらきっぺ氏にインタビューを行いました。
現代将棋を読み解く7つの理論【棋譜データ付き】
8つ目の理論「並行性理論」
── 『現代将棋を読み解く7つの理論』では、将棋AIによって新しく生まれた将棋の概念について紹介していただきました。刊行から5年6か月が経った今、7つの理論に変化はありましたか?
「端的に言うと、7つの理論それ自体に劇的な変化はありません。本書は、AI登場前と後を比較して、AI登場後の将棋観を解説したものです。刊行した当時から時間が経ったとはいえ、現在もAI登場後の世界です。AIの考えが否定されない限りは、今後も7つの理論は応用できると思います」
── 7つの理論のほかに、新しい考え方は生まれましたか?
「序盤の作戦の組み立ての段階で、複数の理想形を含みにする指し方が増えてきました。名付けるとすれば、『並行性理論』でしょうか」
並行性理論の概要
「平成初期~中期にかけては、最強の構えを作って戦えば互角以上の勝負になるだろうという思想がありました。たとえば、第1図は横歩取り△8五飛戦法です。これは、飛車を8五に引いて、4一玉型の中原囲いに組むという作戦です。注目すべきは、後手は横歩取りになった際に、先手に何を指されても基本的に△8五飛戦法を採用するという点です」
── AIの影響を受ける前は、1つの理想形を持って戦っていたんですね
「しかし、特定の指し方だけ採用していると、相手も対策しやすくなります。そこで、複数の理想形を持つという指し方が現れました。第2図は、後手が雁木模様の出だしで△9四歩と突いた局面です」
── 以下▲3七銀に△4二飛(第3図)と四間飛車にする指し方が現れました。
「先手の銀の進出が早いことに反応し、対抗形にしたわけです。先手は持久戦にしにくくなりましたし、急戦をするにしても3二金・4三銀で守っているので、簡単につぶされるわけではありません。要するに、通常の対抗形に比べて居飛車の条件が悪くなっています」
── 第2図で▲3七銀以外の指し方はありますか?
「▲7八玉と寄った実戦例もあります。対して△4二飛なら先手満足ですが、これには△8四歩(第4図)で居飛車にされます。早繰り銀VS雁木の戦型では、先手は6八玉型で戦うのが理想です。6八玉型なら、このあと左銀を8八に上がるか7八に上がるかを選べますが、▲7八玉が早いと選択の余地がなくなります。また、▲7八玉に一手かけたために右銀の進出が遅れるというデメリットも抱えています」
「玉の位置を保留するなら、第2図で▲9六歩も考えられます。ただ、これにも△8四歩と突きます。以下第5図のように進んだときに、▲9五角の飛び出しがないことや、△9五歩の端攻めが生じていることがポイントです。つまり、端の突き合いは後手にとって価値が高い折衝となります」
── 先手としては、何かしらの形は決めないといけないんですか
「第2図で▲7七角(第6図)なら、態度を保留できます。こう指せば後手が居飛車にしてきても、6八玉型で対応できます。しかし、後手は今度は△9五歩でさらに先手の様子をうかがってきます。ここまで進むとさすがに先手も方針を決めざるを得ません。たとえば▲7八銀で左美濃にすると、△4二飛(第7図)で四間飛車にしてきます」

── 端の位を取れたうえに居飛車穴熊がなくなったので、後手は振り飛車にしても悪くないという主張ですね
「今まで見てきたように、後手は最初から雁木を目指すわけでも、四間飛車を目指すわけでもありません。ギリギリまで態度を保留し、先手の作戦によって形を変えるというのが、後手の定番の指し方になっています」
── これが複数の理想形を持つということですね
並行性理論と手番
「現代将棋は、いかに後出しジャンケンをするかが大事な要素です。後手番は1手遅れるため、後出ししやすいと言えます。並行性理論は、主に後手が用いるケースが多いでしょう」
── 後手が苦戦しているため、並行性理論のような工夫を求めるのでしょうか?
「もちろんその側面もあると思いますが、先手が並行性理論を採用することもあるので、一概には言い切れません。たとえば第8図は相掛かりのオープニングです」
── 従来はここで▲2四歩から飛車先の歩を交換していました
「しかし飛車先の歩を換えると、どこに飛車を引くのかを決めないといけません。一般的に、▲2六飛とすると急戦模様、▲2八飛と引くと持久戦模様になります。これでは先手が先に態度を決めてしまうので、後手が後出しをできます」
── 現在は第8図から▲3八銀△7二銀▲9六歩(第9図)がよく指されています
「これは並行性理論に則った指し方の最たるもので、可能な限り▲2四歩を後回しにする狙いです。対して後手も△1四歩のように態度を保留する指し方もありますが、追随するだけでは1手の差で先手に攻勢を取られ、勝ちにくくなってしまいます」
── 先手は並行性理論も使うことができるので、選択肢が多くて心強いですね。
「はじめにお話しした△8五飛戦法のように、最強の構えで勝てるならそれに越したことはありません。青野流やゴキゲン中飛車に対する超速は、最強と言っても過言ではない戦法で、後手がどんな作戦できても不利になることはまずありません。ただ、すべての戦型において最強の構えを取れるわけではないので、場合に応じて並行性理論を使うのがおすすめです」
並行性理論と7つの理論
── 並行性理論と7つの理論についての関係性を教えてください
「並行性理論は序盤に関わる理論で、関連が強いのは即効性理論、耐久性理論、相対性理論、可動性理論です」
── 即効性理論とは、「先攻は正義」というスローガンを掲げて素早く攻める姿勢を取るですね。勝利への最短ルートを歩む概念です
「並行性理論は特に後手が活用しないといけないですが、そのためには即効性理論への対処が不可欠。先手の利が最も生きやすいのが即効性理論で、後手がむやみに態度を保留し続けていると急戦で倒されかねません。即効性理論を封じるために、耐久性理論が存在します」
── 防御の基盤となる概念が耐久性理論ですね。争点を消したり、玉を守備に使ったりして戦いに備えます
「ただ、耐久性理論を使うには、守りの形を決める必要があり、態度の保留はできません。つまり並行性理論と両立させるのが難しく、ジレンマを抱えています」
「そして相対性理論は、攻めには攻め、受けには受けという要領で、相手と動きを合わせる考え方です。お互いに態度を見せない指し方を続けていると膠着状態に陥るので、相対性理論も並行性理論と無関係ではありません。また、7つの理論の中で最も汎用的なのが可動性理論です。可動性理論は駒の効率を最大に高めるという概念ですが、これに反した指し方では並行性理論の効果を十分に得ることができません」
7つの理論の未来
「冒頭で述べた通り、7つの理論に大きな変化はありません。ただ、それを応用する指し方はいくつか生まれています。その1つが、『終盤戦を見据えた駒組み』です」
── 7つの理論の中で終盤戦に関係するのは、局地性理論(戦う範囲を絞ることで、戦局を優位に運ぶ概念)と変換性理論(駒の損得よりも寄せを重視して、駒という物資を寄せに必要なエネルギーに換える概念)です。
「たとえば局地性理論は、寄せの際に玉の逃げ道を狭めることでもあります。『玉は包むように寄せよ』、『玉は下段に落とせ』の格言通りですね。裏を返せば、玉を寄せられにくくするには、逃げ道を確保するのが大事ということです。最近は、序盤の段階で玉が広い陣形を目指す、あるいは自玉の寄せられ方を想定して急所を守るといった指し方が散見されます」
── 可動性理論や耐久性理論を終盤にも応用したと言えそうです
「そうなんですよ。我ながら、『現代将棋を読み解く7つの理論』は抽象度が高すぎて、多くの事象を包含しています。本音は、センセーショナルな考えが出てくることに期待しているんですよ、何が起こるか分からない未来の方が面白いので。ただ、現実的にはこの先もしばらくは変わらないかな。セールスチックになりますが、本書は今の目で見ても古い部分はなく、批判に耐える内容かなと思います」








