将棋でひとつになる世界 第11期叡王戦第1局取材記(3)|将棋情報局

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将棋でひとつになる世界 第11期叡王戦第1局取材記(3)

シンガポールで行われた第11期叡王戦第1局。対局翌日、一行は文化交流のため博物館見学や指導対局を行いました。同行した記者がその様子をお伝えします。

限定記事や限定動画など特典が盛り沢山!将棋情報局ゴールドメンバーご入会はこちらから 4月1日の観光、2日の行事を経て、4月3日、第11期叡王戦五番勝負の第1局が行われ、結果は伊藤匠叡王が勝利し、防衛に向けて好スタートを切った。
対局のレポートについてはこちらをお読みいただくとして、翌日も両対局者には公務が。
関連:叡王戦開幕! シンガポール対局は伊藤叡王が斎藤八段制す 第11期叡王戦五番勝負第1局

それが、アジア文明博物館の訪問である。
アジア文明博物館の庭園に設置されていたチェスボード。駒は重たいが、持ち上げて実際にプレイすることができる。
ここでは、2日にサイニングセレモニーを行った『3月のライオン』の特別展示がスタートするとあって、両対局者参加の元、トークセッションが行われた。
©羽海野チカ/白泉社
 
©羽海野チカ/白泉社

合間に、パネルに使われているシーンの中から好きなシーンを聞くと、
斎藤八段は、主人公の桐山零が将棋に対する真摯な思いを「こっちは全部賭けてんだよ」と吐き出したシーンをチョイス。
©羽海野チカ/白泉社

伊藤叡王は、いじめに遭うひなたが「こんな所、何があったって生きて卒業さえすれば私の勝ちだ」と強さを見せたシーンを選んだ。
©羽海野チカ/白泉社

2人とも『3月のライオン』を読んでいるということで、物語の細かいところまでよく覚えていた。
 
トークセッションの様子。いちばん左の人物はアジア文明博物館のクレメント・オン館長。左から2番目はJapan Creative Centreの河邊章子所長。
 
囲碁が趣味というクレメント・オン館長は日本語もペラペラ


その後、両対局者はアジア文明博物館の展示「Let's Play !  The Art & Desgin of Asian Games」をクレメント・オン館長のガイドつきで見学。


ここでは、さまざまなアジアの伝統ゲームが展示され、その特色や類似点などを通じて、文化の交流を感じることができた。





中には、もちろん「Shogi」の展示も。

ここではサプライズがあった。展示されている盤と駒が、前日の第1局で使用されたものに差し替えられていたのだ。
当然、盤上も前日の対局の再現。ところが……。

盤面を見た2人は「2か所、違いますね」
5七の歩と9六の歩が逆向きになっており、二歩の盤面になってしまっていた。
ボードゲームの盤面を正確に再現するのは難しい。

同じころ、別のフロアでは北尾まどか女流三段による初心者向け将棋教室が行われていた。

通訳兼アシスタントを務めるのは、日本将棋連盟シンガポール支部の前支部長、安部圭一氏。

シンガポール人の方やシンガポール在住の日本の方が、『3月のライオン』の展示に囲まれながら、将棋に触れる経験を楽しんだ。

アジア文明博物館での行事のあと、クレメント・オン館長にお話を伺った。

――アジア文明博物館の館長として、アジアのボードゲームをご覧になる中で、各国の特色に注目なさいますか? それとも類似性に注目なさいますか?
クレメント・オン館長「共通する部分にやはり注目しています。シンガポールという国は、常にさまざまな文化、情勢の中で政治的、経済的にニュートラルであり続けてきました。港町として発展してきたために、いろいろな国の人たちが相互に理解し合いながら共存してきたのです。そうしたクロスカルチャーの空間であるシンガポールのアジア文明博物館で、ゲームを紹介することには意味があると思います。ゲームは、言語が違っても、ルールがわかれば一緒に楽しく遊べるものです。いまは大変な時代で、それはあなたのルール、これが私のルール、というようなスタンスがはびこっています。そうではなく、共通のルールのもとで、中和の精神を持って共に遊ぶということが重要なのではないでしょうか。『3月のライオン』も、勝負という側面だけでなく、将棋を通じた周りの社会とのコミュニケーションを深く描いている物語です。ゲームを基盤に据えた、人間性についてのドラマとして読んでほしいと思います」


シンガポールでの交流事業の最後に、棋士たちがJapan Creative Centreで指導対局会が行われた。
登場棋士は木村一基九段、糸谷哲郎八段、三枚堂達也七段、宮嶋健太四段、北尾まどか女流三段、野原未蘭女流二段。
開始前、会場に入ると、小さな女の子から「May I ask something ?」と声をかけられた。「プロ棋士の人はどこにいるの?」
いまから来るからもう少し待ってね、と返事をすると、待つ間にどうぶつしょうぎを指し始めた。
日本語話者ではない小さな子でさえもプロ棋士の登場を楽しみにしている。
この子だけでなく、シンガポールの将棋プレイヤーたちはみな楽しそうで、海外に将棋の魅力が伝わっていることに感銘を受けた。


プロ棋士たちが登場し、指導対局が始まる。平手を希望する人が多かった。プロの強さを実感したいのだろうか。
また、駒落ちにもかかわらず、振り駒をしようとする人も多かった。将棋のマナーとして教わるからなのだろう。
特に外国のゲームということで考えると、そういう形式的なところを大事にしたい気持ちもわかる気もする。

いつもと変わらないにこやかさで指導する木村九段。
「3筋の歩を交換したら、ここに銀が出られるでしょう? それから4筋の歩も交換したら、角道も通るでしょう? ほら、なんかいい感じになってきたと思わない?」
ちょっとしたことの積み重ねで、攻め駒の効率が飛躍的に向上したことがわかったようで、相手の方が息をのむ様子が伝わってきた。

「そうしたら、あとはドーンと攻めればいいんだよ!」


両対局者も少しだけ顔を見せて、参加者との記念撮影に収まった。

「はいチーズ」の代わりに、誰からともなく飛んだ撮影のかけ声は「歩のない将棋は~~?」「負け将棋~!」だった。

これで叡王戦第1局、シンガポールでの日程は無事全て終了。
多文化が共生する当地の土地柄や、『3月のライオン』のテーマとも通底する、将棋を通じたコミュニケーションの促進を経て、将棋という文化が持つ力を改めて感じさせられる4日間だった。
シンガポールの人の心には、タイトル戦の格調高い対局姿や両対局者の真剣な戦いと共に、相手と楽しく心を通わせるツールとしての将棋の魅力も確かに刻まれたことだろう。
斎藤八段が「礼に終わり礼に終わること、感想戦で互いに高め合うこと」が将棋の魅力だと語っていたことを思い出す。
将棋の根本精神は、盤を挟んだ相手を尊重し、真剣に受け止め、理解することなのかもしれない、とこの旅を通じて感じた。

意義深いシンガポール対局で幕を開けた第11期叡王戦五番勝負。次局は4月18日(土)に石川県加賀市「アパリゾート佳水郷」で行われる。

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著者

會場健大
将棋世界編集部員。詰将棋を見るのが好き。解くのはそこまで好きではない。