2026.04.08
【タイトル戦観戦記】最終盤のドラマ!何が勝敗を分けたのか? 第19期マイナビ女子オープン第1局
第19期マイナビ女子オープン五番勝負開幕!
陣屋
前日降った雨のせいで、桜がすっかり散ってしまったのではないかという心配は杞憂に終わった。女流棋界の新年度の始まりを告げるマイナビ女子オープン五番勝負。その第1局が毎年恒例の神奈川県「元湯 陣屋」で行われた。
「陣屋」は将棋の聖地の一つであり、広く美しい庭園と露天風呂付の豪華な客室、そして美味しい食事で知られている。前日の雨にもかかわらず、桜の枝はまた花を抱えてくれていた。もちろん、散ってしまった花もあったが、その花びらが陣屋の庭園や池に淡桃色の模様を作り出していたのも、いとをかしだ。

福間香奈女王と西山朋佳女流三冠は対局前日の4月6日の午後に陣屋に到着し、記念撮影やインタビュー、検分に臨んだ。
左から片上大輔七段、小作正幸マイナビ執行役員取締役上席、西山朋佳女流三冠、野月浩貴八段(立会人)、福間香奈女王、粟井俊介マイナビ代表取締役社長執行役員、角竹輝紀マイナビ出版代表取締役社長執行役員、渡辺弥生女流二段(記録係)
記念撮影とインタビューの際に思ったのは、福間に疲れの色が見えたこと。タイトル戦を戦いながら先月まで棋士編入試験に挑み、さらに子育てもこなしている。どう考えても、体調が万全というわけにはいかないだろう。少しやつれているようにも見えた。ただ、陣屋は福間にとって最も好きな対局場の一つであり、食べ物も楽しみにしているとインタビューで答えていたので、陣屋の力で福間が少しでも癒されてくれることを願っていた。
一方で西山の方は終始笑顔であふれており、体調も良さそうだ。前期、福間に女王のタイトルを奪われたものの、夕食会では「またこの陣屋に帰ってくることができてうれしい」と素直に語っていた。西山は本棋戦で7連覇を果たしており、女王といえば西山というイメージを持たれている方も多いだろう。
夕食会でスピーチする西山
検分も滞りなく終わったのだが、ひとつ面白かったのが「駒選び」の場面。陣屋には2種類の駒があるのだが、西山は「前回選ばせていただいたので」と言って福間に判断を委ねた。考えてみると、こんなやり取りができるのもこの2人ならではの話で、普通は女流棋士人生でタイトル戦に一度出られるかどうかだ。タイトル戦で何度も顔を合わせているから2人だからできる「交代制」だと思って、少し面白かった。
検分の様子。福間の希望で金井静山作の菱湖に決まった
角頭歩戦法
対局当日の朝。戦いの場である「松風」に続く廊下を両対局者が歩いてくる。陣屋ではおなじみのショットだ。実際に行くとわかるが、この廊下は意外と短い
株式会社マイナビの粟井社長の振り駒の結果、先手は挑戦者の西山に決まり、▲7六歩で五番勝負の幕が上がった。
戦型はいつものように相振り飛車かと思っていたが、本局は序盤からあっと驚く展開が待っていた。初手から▲7六歩△3四歩に西山が▲8六歩!と角頭の歩を突いたのだ。

違和感のある出だしだが、西山は過去にもこのオープニングを4局指しており、なんとその全てで勝利をおさめている。
後手としては△8四歩と反発したくなるところで、過去に伊藤沙恵女流四段が実際にそう指している。その将棋は△8四歩に▲2二角成△同銀▲8八銀△4二玉▲7七銀△3三銀▲8八飛と向かい飛車になった。
また、直近では福間との女流名人戦でも西山はこの角頭歩作戦を用いており、その対局は▲8六歩以下△1四歩▲1六歩△6二銀に▲7七角と上がって、やはりのちに▲8八飛と向かい飛車にしている。確かにあとで向かい飛車にするなら早めの▲8六歩が生きてくる。
しかし、本局で西山は新たな構想を見せた。
▲8六歩△6二銀に▲7八飛と指したのだ。

角頭歩と三間飛車は一見、関連性がないように見える。立会人の野月浩貴八段にこの手の狙いを聞いたところ、▲7八飛に△8四歩なら▲4八玉△8五歩▲同歩△同飛▲2二角成△同銀▲7七桂△8九飛成▲8八飛という反撃があるそうだ。

ここから△同竜▲同銀となったときに後手陣の方が飛車打ちのスキが多く、△6二銀をとがめている意味があるという。先手の▲7八飛はこのような狙いも秘めており、西山も局後に「やってみたい作戦だった」と述べていた。
完勝ペース
西山の角頭歩作戦に対して、福間は△4四歩と角道を止めて穏やかな展開を選んだ。4手目に突いた8六の歩を西山が生かすか、福間がとがめるかという勝負になった。
局面の均衡が崩れたのが33手目の場面。

ここで西山は▲5九角と引いた。以下、△3一角▲8八飛という順を予想したものだったが、▲5九角の瞬間に△8七歩という鋭手が飛んできた。

こうされると▲8八飛とできないので、次の△3一角~△8六角がわかっていても受からない。△8七歩に▲7五歩という反撃がありそうだが、△同歩▲同飛△8八歩成▲7四歩△3一角▲7七飛△7二歩となって、と金の力が大きい。

後手は桂香を取れそうだ
戻って、33手目の図では▲5九角に代えて先に▲8八飛とすべきだった。局後に西山は「手順前後だった」と悔やんでいた。
福間がやや局面をリードして昼食休憩に入った。
昼食は両者とも「伊勢海老カレー」。陣屋と言えばカレーだが、この伊勢海老カレーは1食作るのに伊勢海老を3尾使うというスペシャルな一品
西山は金を6七~7七~8七と動かして何とか歩損を回収し、さらに金を6七まで戻した。駒損はないものの金の動きに手を掛けた分、陣形の立ち遅れ感は否めない。

上図では△4五歩と突かれて▲同歩△同銀▲4六歩△5六銀と攻めてこられても先手は自信のないところ。しかし、ここから福間は△3三桂▲2六歩△4二金上と指した。

「この将棋は絶対に負けられない」という気持ちが伝わってくるような陣形整備。逆に言えば、それだけ西山の終盤力を認めているということでもある。勝負所を求めてなんとか攻めていこうとする西山に対して、慎重に応対する福間。残り時間は福間の方が少ないものの、控室では「相当逆転が起きない形」と言われており、このまま福間が完勝するかと思われていた。
しかし、ここで福間にミスが出る。
二転三転

図は西山が▲5六歩と合わせた局面。ここでは△5六同歩が自然な一手で、実際にそれでよかった。
しかし、本譜は△9四歩と角を追ったために、西山の豪腕が炸裂することになる。▲7三角成!と角をたたき切り、△同飛に▲5五歩が痛い。以下△同銀▲6五桂で飛角両取りがかかった。

一時期の息苦しい局面を思えば、先手にとっては夢のような展開だ。

図は数手後、先手が角を手にした後、▲5五飛と走った手に対して、後手が△6四金打と受けたところ、▲7五飛を防ぐためにやむを得ない手ではあるが、ここに金を打たされてるようではいかにも辛そうだ。西山も「ここでは何かありそう」と思ったそうだ。そして実際に手はあった。それが▲5三飛成!△同金に▲5一角という強襲。

以下、△5二金▲4一銀△同玉▲3三角成△4二銀▲1一角成として、次に▲4五香や▲5三歩を狙って先手が指せる。

ただ、この順は玉を左辺に逃がして空振りに終わる可能性もある。西山も「飛車を切って角金銀では捕まえられる確信が持てなかった」と言っていた。本譜は△6四金打に飛車切りを見送って▲5七飛と引いたが、△5五桂打▲5八銀△8八歩成と進んで形勢の針は再度福間に傾いた。

ここからの終盤戦は見どころ満載なので、ぜひ棋譜を追ってほしいところ。なんとか食らいつこうとする西山、そのプレッシャーもすごいが、1分将棋の中でその豪腕を受け止め続ける福間もすごい。局面は、福間がリードを保った状態で進んでいく。福間が優勢から勝勢へ。
そして、ついに本局のクライマックスを迎える。

福間の△2九角に対して、先手は合駒をするしかないが、▲3八銀打と持ち駒の銀を打ってしまうと、後手玉への詰めろが消えてしまうため勝ち目がない。西山はノータイムで▲3八銀と盤上の銀を動かした。

しかし、西山にはわかっていた。
自玉に詰みがあると。
△3八同角成▲同玉に△4九銀!が鮮やかな捨て駒。

▲同玉は頭金だし、▲2八玉は△2五香以下、▲4七玉は△3八銀打以下、すべて詰む。
△4九銀が見えにくい手である上に、玉の逃げ場所も複数あるので難しい詰みではある。しかし、普段の福間ならこれを見逃すことはなかったはずだ。
ここで福間が誤ったのは、時間切迫と、終盤戦で受け続けた西山のプレッシャー、そして180手に及ぶ戦いで蓄積された疲労が限界に達した結果だったのではないだろうか。
実戦で福間は▲3八銀に△4八桂成と指した。この瞬間に福間の手から勝利がこぼれ落ちていった。
最終手、▲2六桂が唯一絶対の受けで、これで先手玉に詰みはない。
投了図
福間が静かに頭を下げて投了。西山の勝利が決まった。
戦いの後
終局後の「松風」は重々しい雰囲気に包まれていた。終盤戦について、西山が「全然自信がなかったので、粘りのある順を指していました」と述べると、福間は声を出すことさえも辛そうな様子で「ミスがちょっと続いてしまったかなと思います」と絞り出すように答えた。
疲労困憊という様子で、見ていて痛々しいほどだった。
まさに命を削るような戦いで、最後に勝敗を分けたのは棋力というより気力だったのではないかと思う。
マイナビ女子オープンの第2局は4月22日に山梨県「常磐ホテル」で行われる。約2週間のインターバルがあるので、両対局者がいい状態で次局を迎えてくれることを祈るばかりだ。
これまでにすでに100番以上の勝負を繰り広げてきた福間と西山。
彼女たちの戦いはまだまだ続いていく。
挑戦者の西山が、女王奪取に向けて1勝をあげた
本局の全棋譜を見たい方はこちら↓
https://book.mynavi.jp/shogi/mynavi-open/result/19/mynavi202604070101.html
