2025.08.06
将棋の解説だけじゃない『藤井聡太全局集』ってどんな本?
『藤井聡太全局集 令和6年度版』をチラ見せ!
皆さんこんにちは。編集部の島田です。
今回は9月発売の『藤井聡太全局集 令和6年度版 愛蔵版』の一部を紹介したいと思います。

まず、改めて『藤井聡太全局集』について説明させてください。この本はその名の通り、藤井聡太竜王・名人の将棋を解説した書籍です。普通はあり得ないことですが、デビュー1年目から(!)継続して刊行しています。
解説は棋士の先生にお願いしていて、師匠の杉本昌隆八段をはじめ、飯塚祐紀八段、村山慈明八段といった棋士に詳しく解説をしていただいています。
また、上下ともに詳しく解説する「重要対局」については本人のコメントも掲載しているのが特徴です。毎年この本のために藤井竜王・名人にインタビューの時間をいただいております。
というと、ひたすら将棋の指し手を解説している本かなと思われるかもしれませんが、意外とそうでもないのです。読み物部分も多くて、将棋の指し手はよくわからん!という方でも楽しめる内容になっております。
ということで、今日は藤井聡太全局集の冒頭部分をチラ見せしましょう。
それでは、どうぞ。
八冠として
2023年10月11日、第71期王座戦五番勝負第4局に勝った藤井は、3勝1敗で王座の奪取に成功。将棋史上初となる八冠制覇を果たした。将棋界では七大タイトル時代の1996年に羽生善治九段が七冠制覇をしたが、2017年に叡王戦がタイトル戦になり、八大タイトルの時代になってからの全冠制覇はなかった。藤井の活躍はデビュー以来ずっと異次元のものだったが、八冠制覇によって、それはまた新しいフェーズに入ったと言える。文字通り、藤井は将棋界の限界点に達したのである。
今も語り草となっている羽生七冠の誕生は1996年2月14日。筆者(鈴木宏彦)はその瞬間も現地で見ている。あの時と今の状況の違いを考えてみよう。
棋士のショック
羽生七冠の誕生は、最後のタイトルを奪った相手である谷川浩司十七世名人をはじめ、多くのライバルたちをねじ伏せてのものであった。羽生は確かにナンバーワンではあったが、競り合うライバルも多かった。だから、ライバルの棋士たちが受けたショックは羽生七冠の時のほうが強かったと思う。当時、羽生より4歳年上の森下卓九段は、「羽生さんの七冠は、自分にとっては屈辱でしかない」と言った。現在の藤井は、少なくとも結果において他のライバルたちをあまりにも引き離しすぎている。多くの棋士仲間はむしろ当然の結果として、それを受け入れたようだ。羽生七冠誕生の現場にいた内藤國雄九段は七冠の価値を問われて、「今後二度と出ないということ。自分が生きている間に見れるとは思わなかった」と答えている。だが、それよりすごい二度目があった。
緊迫の羽生七冠、余裕の藤井八冠
七冠になった後の羽生は、その後、すべての対局を報道陣に追いかけられた。七冠王が勝つか負けるか。それ自体がもうニュースなのだ。その羽生が、七冠になって3戦目の井上慶太六段戦(段位は当時・オールスター勝ち抜き戦)に負けた時は、「羽生まさか」の見出しがスポーツ紙の一面を飾った。八冠時代の藤井も一つ負けただけで大ニュースになった。真の王者とはそういうものだ。羽生七冠の誕生には緊迫感があったし、本人も大勝負の連続で疲弊していた。七冠を達成した羽生はその後、棋王戦、名人戦と防衛を続けたが、3つめの防衛戦となった第67期棋聖戦で、当時の三浦弘行五段に2勝3敗で敗れてタイトルを失った。七冠独占は167日で幕を降ろしたことになる。その敗戦について羽生はのちに、「通常に戻れるのでほっとした」と語っている。当時の異常事態を本人も意識していたことが分かる。
羽生七冠誕生当時の緊迫感に比べれば、藤井の八冠は落ち着いて受け入れられた。オリンピックのマラソンに例えれば、羽生は満身創痍でゴールにたどり着きついに金メダルを取ったスーパーヒーロー。対して藤井は余裕のぶっちぎりで世界新記録を更新しながら金メダルを取ったウルトラスーパーランナーということになる。
AI時代の将棋
ちなみに、現代のマラソンランナーには、「超ハイテク軽量厚底シューズ」という、進化した道具の味方があり、それが記録の更新に大きな役割を果たしたと言われる。ハイテクシューズの出現以来、マラソンの世界記録は信じられないような速度で更新されているが、それは今の将棋界の状況にかぶる。ご存じのように、ここ10年ほどの将棋界は研究の進化にAIが大きな役割を果たしている。強化された人間がハイテク技術に助けられて過去を超えたという点で、現代のマラソンと将棋は似ているところがある。情報の伝わり方
羽生七冠誕生のニュースは主にテレビと新聞が伝えた。ファンの意識を変えるという点で、テレビの威力は大きい。それをまざまざと実感したのがあの時代だったと言える。羽生は瞬く間に日本の有名人になり、スターになった。その瞬間から、羽生は将棋界の枠を超える存在になり、一時は、親しい棋士仲間ですら羽生に声をかけるのがはばかられるような状況になった。タイトルを取られて六冠に戻った羽生が、「通常に戻れるのでほっとした」と言ったのはそういう意味だ。現代もテレビの威力は変わらず強い。藤井がスターになったのは、まさにその力である。ただし、今はネット時代でもある。「将棋に対する理解を深めた」という点で、ネットの貢献は極めて大きい。羽生七冠時代、羽生が指す「好手」を本当に理解できるのは、ごく一部の将棋ファンだけだった。ところが、現代の藤井将棋は、その手の意味がネットで詳しく解説される。将棋初心者でもそのすごさに触れられる。それが大きい。羽生ファンはそのスター性によって生まれたが、藤井はその指す将棋の魅力によってもファンを作っている。それが、今と当時の一番の違いだ。プロの棋譜とファンの間の溝が埋まったのである。
藤井八冠のその後
八冠になった藤井はその後、第36期竜王戦七番勝負(挑戦者は伊藤匠七段。藤井が4連勝で防衛)、第73期王将戦七番勝負(挑戦者は菅井竜也八段。藤井が4連勝で防衛)、第49期棋王戦五番勝負(挑戦者は伊藤匠七段。藤井が3勝1持将棋で防衛)と3棋戦連続で防衛を続けた。一つの持将棋はあったが、無敗。この状況が無敵ぶりを示している。この時は、「藤井時代はあと10年は続く。八冠もしばらく続きそうだ」という声が多かった。「今の藤井に番勝負で勝ち越す棋士が現れるとは思えないから」である。ただ、挑戦者になるような棋士たちは努力の限りを尽くして藤井の壁に迫ろうとしている。それも事実である。平成6年4月から始まる二つのタイトル戦の挑戦者には伊藤匠七段(叡王戦)と豊島将之九段(名人戦)が名乗りを上げた。伊藤は先の竜王戦と棋王戦でも挑戦者になっている。まだ結果は出ていないとはいえ、短期間に3棋戦で挑戦者になるのは並大抵のことではない。また、かつて竜王名人になったこともある豊島は久しぶりのタイトル挑戦。どちらも、必死の思いで挑んでくることは間違いない。
同学年対決
ご存じのように、両者は同じ2002年生まれの同学年。初めて顔を合わせた小学校3年生の時の子ども大会で、伊藤が勝って負けた藤井が号泣した話は有名だが、プロ入り後の両者の対戦成績は思わぬ大差がついている。公式戦はここまで藤井の10勝1持将棋。非公式戦の新人王戦記念対局を含めると藤井の11勝1持将棋。藤井のほうが強いと言ってしまえばそれまでだが、短期間に3度タイトル戦の挑戦者になった伊藤だって弱いはずはない。両者の2023年度の成績を比べてみよう。
藤井八冠=46勝9敗・852。勝率1位、対局数5位、勝数3位。
伊藤七段=51勝17敗・750。勝率5位、対局数1位、勝数1位。
まず、藤井。すべてのタイトル戦に出てすべて勝ち。1年間の勝率8割5分2厘という数字は驚異でしかない。
五大タイトル時代、何度も五冠王になり、無敵の巨人と言われた大山康晴十五世名人でも、年度勝率が8割を越えたことは1度もない。対する藤井は棋士になってからの7年間で一度も勝率が8割を切ったことがない。「最年少」と「勝率」。この2つの分野に関しては、将棋界の常識を完全に覆してしまったのが藤井である。
一方の伊藤だ。51勝して勝率7割5分という数字は悪くない。いや、むしろ素晴らしい。本来ならタイトルの1つや2つ取ってもおかしくない数字なのだが、目の前に巨大な壁がある。18敗のうち、藤井一人に8敗。1つの持将棋はあったが、ただの1度も勝てなかった。なぜ、伊藤は藤井に勝てないのか? 伊藤と親しい棋士たちは、こんなことを言っていた。 「どちらも最新形の研究が深く、変化球を使わない居飛車党。序盤のつくりや中盤の考え方、そして、終盤の読みの深さなど、両者の将棋はよく似ているが、部分部分でいずれも藤井さんのほうが少し上回っている印象。タイプが似ているだけに、藤井さんの力が存分に発揮される展開になりやすい」
過去の両者の対戦を思い返すと、この話は腑に落ちる。相撲に例えると、どちらも立ち合いの変化をしないので、がっぷり四つの組み合いになる。あとは力比べだが、その力比べで、いつの間にか藤井が有利になってしまうのだ。中盤で差がつき、最後はあっさり寄り切り。ほとんどこのパターンだ。
今回の挑戦が決まったあと、伊藤本人にも話を聞いた。過去、藤井とのタイトル戦で戦った棋士が奇襲ともいえるいろんな作戦をぶつけたことに触れ、「自分に変化はできない」とした伊藤は、「竜王戦も棋王戦も中盤で引き離されて終盤勝負にならなかった。中盤の精度を上げるのが自分にとって最大の課題」と続けた後、「持ち時間の短い叡王戦は勢い勝負。それなりの準備はしている。今度こそ終盤勝負にしたい。やるからには、タイトルを取りたい」ときっぱり言った。強い決意を感じた。
本局もまた、伊藤は藤井の先手角換わりをがっちりと受けた。もちろん、その先に準備がある。
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と、このような文章があって、次のページから将棋の解説が始まります。
いかがだったでしょうか?
結構読み物の部分もあることが伝わったのではないかと思います。
『藤井聡太全局集 令和6年度版 愛蔵版』は現在予約受付中ですが、今回はじめて巻頭にグラビアページ(上下ともに8ページずつ)を付けてみました。

藤井竜王・名人の1年間を写真で振り返ることができます。
このグラビアページは愛蔵版にだけ収録しますので、この機会に予約していただければ幸いです。
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