将棋戦略「配置理論」講座 第4回~駒の働きと自由な手番について~【全4回】|将棋情報局

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将棋戦略「配置理論」講座 第4回~駒の働きと自由な手番について~【全4回】

全4回にわたってお送りしてきた配置理論講座も、ここで最終回。今回は「手番」のお話。今までの講座を受けてきた方たちなら、理解できるはず!

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「配置理論」講座一覧
第1回:概論&駒の働きの基本成分
第2回:9×9の境界が駒の働きに与える影響
第3回:「弱いマス」とマスの偶奇性
第4回:駒の働きと自由な手番(今読んでいる記事)


皆さんこんにちは。

本記事では、将棋の最善手を導き出すための新しい理論、「配置理論」をご紹介します。
詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)にも載っていますので、チェックしてみてくださいね。


※本稿は、ゆに@将棋戦略著『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』の内容をもとに編集部が再構成したものです。
   

駒の働きと自由な手番

前回までの講座で、駒の配置と駒の働きの関係について述べてきました。
ざっと振り返りますと、第1回では駒の働きの基本的な位置依存性について、第2回では玉の位置と駒の働きについて、第3回では金銀の配置とその働きについて述べました。私たちはこれらの議論によって、とても大雑把ではありますが、「ある瞬間(局面)における駒の働きを概定することができる」ようになったと言えます。
これにてあなたも駒の働きマスター、と言いたいところですが、実をいうとまだそうとは言えません。というのも、将棋では「ある瞬間」だけでなく、「将来的な」駒の働きを概定する必要があるからです。
 

自由な手番

結論から言ってしまえば、駒の働きを将来的に高めていくためには「自由な手番」が必要なのです。手番が「自由」であるとは、文字通り指し手に制約がないことを指します。手番の自由は、決して無条件には成り立ちません。例えば相手に駒取りをかけられてしまった状況ではどうでしょうか? 基本的には駒取りを受けるために手番を消費しますよね? このような手番において、私たちが取りうる選択肢は大幅に狭まってしまい、指針通りに駒の働きを高めることはできなくなります。

自由な手番は駒の働きの将来性に関わります。別の言い方をすれば、自由な手番について考慮することによって、ある瞬間の駒の働きだけでなく、駒の働きの将来を見通すことができるようになると考えられます。このことを示すために、1つ具体例を挙げましょう。第1図は居飛車穴熊VS振り飛車の序盤戦で先手番。3九の地点に銀がポツンと取り残されているのが特徴的です。


3九の銀は一見、遊び駒に見えますが、その判断は正しいでしょうか?

この図で何を考えるのかと言うと、まずは3九にポツンと存在している銀の働きを概定してみるのです。難しいことはありません。
まずは攻めの働きと守りの働き。3九銀は自玉からも相手玉からも遠く、いずれの観点でも遊び駒とみなしてよいでしょう。続いて第3の働きの観点でも、働いているとは言えません。従って3九銀は遊び駒とみなします。概定のイメージとしては、こんなモノで構いません。

次にここから少し局面を進めてみて、改めて銀の働きを概定してみます。第1図以降はいろいろな進行が考えられますが、▲4八銀△5四歩▲5六歩△8四歩▲5七銀(第2図)のように進むのが一例です。


5手後の局面では銀が5七に

たった5手で随分と印象が変わりましたね。ここからも、よりよい銀の位置はいくつか考えられます。例えば第2図以下、もう少し進めると△2一飛▲3六歩△8三銀▲4六銀△7二金▲3五歩(第3図)のように、銀を右辺に使って飛車角の活用をサポートする指し方が考えられます。


さらに進めると、銀は4六に出て、飛車角のサポート役に

また第2図以下△7三桂としてきた場合は、いったん▲6八角として△6五桂を受けておき、△2一飛▲6六銀(第4図)のように銀を左辺に使って玉を固めつつ、場合によっては▲7五歩と桂頭を攻める指し方を考えることになるでしょう。


第3図とは別のパターン。銀は守りに働く場合もあれば、▲7五歩から攻めに働く場合もある

このように瞬間的には遊び駒であっても、指針に基づいて指していれば将来的には働きのよい駒に生まれ変わります。ごくごく当たり前の話ですよね。

それでは続いて、先ほどと同じようにポツンと3九に置き去りにされている銀について、別の状況で駒の働きを概定してみましょう。
次に考えるのは第5図の状況で、先手番。


第1図とは異なる局面ですが、今度の3九銀の働きはどうでしょう

第1図と異なるのは右辺の後手陣です。まずは現時点での3九銀の働きですが、これは先ほどと全く同じように考えて、遊び駒とみなします。
しかし局面を進めてみるとどうでしょう。第5図以下▲4八銀△6四角▲1七香(第6図)、さらに△5五角▲6六歩△4五歩▲8八金上△3六歩(第7図)が一例です。


△6四角は△3六歩から香車と取る狙い。仕方なく▲1七香としますが、一手の価値は小さいです


先手が▲1七香や▲6六歩など、価値の低い手を指している内に激しい展開に

この間、後手の指し手には「次にポイントを稼ぐ狙い」が秘められていて、先手は手番の自由を奪われています。
例えば△6四角は次に△3六歩~△1九角成の狙いで、先手は▲1七香と受けざるを得ません。また△5五角は先手の陣形の偏りを咎める角ぶつけで、角交換になると後手の持ち角のほうが働くため、先手は▲6六歩と受けざるを得ません。先手としてはサッサと遊んでいる4八銀を何とかしたいのですが、自由な手番がないために働かせることができないのです。

第7図以下さらに進めてみると、▲3六同歩△4四角▲2八飛△3六飛(第8図)に▲3七歩なら△2六飛(第9図)で大駒交換となってしまい、後手が有利。


やはり4八銀が働かない展開


大駒交換は後手が有利

第8図で▲3七銀なら△3五飛(第10図)で、次の△2五桂が受けにくくやはり後手が有利です。


△2五桂狙いが受けづらく、後手が有利

一連の手順において、元々3九にいた銀はほとんど機能しておらず、今度は遊び駒のままになってしまいました。

さて、ここで1度、結果をまとめてみましょう。
まず第1図や第5図の時点で3九銀の駒の働きを概定すると、基本的には攻めや守りに利かない遊び駒と言える駒でした。しかし実際に局面を進めてみると、第1図以降の先手は駒を玉の近くに寄せる指針に基づいて銀の働きを高めることができ、数手で3九銀は働きの高い駒に生まれ変わりました。
一方、第5図以降においては、先手は後手の狙いの対応に追われるばかりで、3九にいた銀は右辺に取り残されたままになり、遊び駒のまま局面の流れが激しくなってしまいました。つまりある瞬間に同じ地点にいる駒でも、局面によって将来的に全く働きの異なる駒になるのです。これらの違いは自由な手番をどれだけ握っていたかに尽きると言えます。
今回提示した例は、ある瞬間に駒の働きの将来が不確定的な場合と、確定的になる場合があることを示唆しました。つまり駒の働きの現状だけでなく、将来をも予測しようとするためには、単に駒の位置情報だけでは不十分で、相手の狙い及び自身の手番の自由度を認識する必要があるのです。
 

潜在的な駒と顕在的な駒

先ほどの議論から、駒の働きには将来が不確定的な場合と、確定的になる場合があることが示唆されました。そこで、将来が不確定的である性質を駒の働きの潜在性と呼び、そのような性質を持った駒を潜在的な駒、と表現することにします。また、将来が確定的である性質を駒の働きの顕在性と呼び、そのような性質を持った駒を顕在的な駒、と表現することにします。

試しに第1図と第5図の金銀について、潜在的な駒と顕在的な駒に分けてみましょう。



まずは左辺にいる金銀ですが、いずれの場合も顕在的な駒とみなすことができます。何故かというと、現状で十分に働いているからですね。これらの駒は元々、初期配置にいて潜在的だったわけですが、駒が働くように配置変えすることで顕在的な駒に変化したわけです。つまり、駒は働いていくにつれ、徐々に潜在的な駒から顕在的な駒へ変化していく性質を持っていると考えられます。
一方で右辺にいる銀については、先ほどの議論から第1図ではまだ潜在的な状態、第5図では既に顕在的に変化したと言えます。これらの違いが生じた原因を端的に述べると、それは第5図では先手に自由な手番がなかったからなのでした。このように、自由な手番が回ってこない場合は、駒の働きは顕在的になる性質を持っています。
 

狙いと手番の自由度

将棋ではしばしば、「狙いを持って指す」ことがよいとされます。狙いを持った状態とは何かというと、次に何らかのポイントを稼ぐ事象 が起こる状態、と考えることにします。狙いは相手の手番の自由を奪います。ここでは、相手の狙いに対してどのように手番の自由度を保つか、という観点で、狙いへの対応について考えてみます。

まずは狙いが相手に対してどのような制限を与えるのか、例を通して見ていきましょう。第1図は相居飛車系の序盤で、先手番。


先手は瞬間的に4八銀4九金が悪形なので、これを解消したいところ

先手は早めに▲4八銀と銀の活用を図っていますが、この形は瞬間的に右辺に壁ができている、飛車の横利きが止まっているなどのデメリットがあります。よって、先手としては大駒の利きを通す指針に従って、▲4六歩~▲4七銀などとする手を優先して指したいところ。それに対して後手は、次に△8六歩と突いて飛車先を交換する狙いを持っています。仮に第1図から先手が構わず▲4六歩とすると、飛車先の交換が実現して第2図となります。


第1図で▲4六歩と突くと、後手は狙いの一歩交換に成功。次は△7六飛の狙い

飛車先の交換が実現したことで、1歩を手持ちにする、飛車利きが直通するなどのポイントを稼ぐことに成功しました。さらに今度は次に、△7六飛と横歩を取る狙いがあります。ここも構わず先手が▲4七銀とすると、狙い通り△7六飛として第3図となります。


第2図から▲4七銀△7六飛の進行。こうなれば一歩を取られて先手不満

こうなると後手が無条件に1歩得している状況で、先手が不満な局面と言えます。狙いを持っている相手に対して、指針に従って自由に指していると、このように相手側に一方的にポイントを取られてしまいます。従って、相手が狙いを持っている状態においては、自身がとれる行動は以下の2パターンに制限されてしまうことが多くなります。
①狙いを防ぐ
②同等のポイントを稼いでバランスを取る

1度、第1図に戻り、後手の狙いへの対応を検討してみましょう。まずは①の狙いを防ぐ手ですが、△8六歩を防ぐ手としては▲7七金(第4図)や▲7七角△同角成▲同金(第5図)があります。


△8六歩を直接防ぐ手。ですが、角道が止まってしまう上、金が上ずって不満


同じく△8六歩を防ぐ手ですが、やはり金が上ずるのが気になるところです


しかし、第4図はそもそも角道が止まってしまって不満ですし、いずれの図も第3章で述べた上下非対称性の観点から、三段目に金が上ずった形は悪形と考えられ、先手が不満です。

とすると、残るは②の相手と同等のポイントを稼ぐ手、具体的には第1図から▲2五歩△8六歩▲同歩△同飛▲2四歩△同歩▲同飛(第6図)とする手になります。


先手も対抗して飛車先交換。しかし、これは4八銀4九金の悪形が残ったまま激しくなってしまいます

しかし、こうなると先手は4八銀4九金という悪形が顕在的になってしまいます。つまり、壁形が残ったまま激しい戦いに突入してしまう、ということです。実際に、第6図以下は△8八角成▲同銀△3三角(第7図)と打たれて先手が不利になってしまいます。


先手の悪形を咎める反撃

ちなみにですが、△3三角は飛車取りと△8八角成の両狙いで、部分的な定跡は(4八銀4九金の壁形でなければ)▲2一飛成△8八角成▲同金△同飛成▲3一竜(第8図)として、△同金なら▲3三角で先手よし。


△同金なら▲3三角の王手竜取り。通常の形なら決まりですが・・・

しかし壁形の場合は手順中、▲3一竜に対して△4一金(第9図)と打って、先手玉が△6八銀以下の詰めろになっているので後手勝ちになります。


冷静な金打ちで後手勝ち。先手玉は壁形のため、△6八銀以下の詰めろ。なお、通常の3九銀形なら先手勝ち

簡単にまとめますと、狙いを持っていると、相手の対応は基本的に①狙いを防ぐか、②同等のポイントを稼いでバランスを取るかの二択になります。そのとき、②の選択を取ると局面が激しくなる可能性が高まります。局面が激しくなると、手番の自由が制限され、盤上の駒の顕在性が高まります。従って、自陣に悪形や働きの悪い駒が残っている場合は、相手の狙いを防いで局面の流れを緩やかにし、手番の自由度を保つべきです。もちろん狙いを防ぐ選択をしても、局面の激化を止められない場合もあります。ケースバイケースにはなりますが少なくとも第1図では、多少不満であっても狙いを防いで局面を穏やかにし、手番の自由度を保つ選択がまさります。逆に自陣が万全である場合、盤上の駒は既に顕在的になっているので、積極的に②の選択を取るようにします。また一方、相手陣に悪形や働きの悪い駒が残っている場合には、狙いを持つことによって相手に選択①と②の二択を突きつける行動がとても強くなります。
 

狙いの防ぎ方

相手の狙いに対して狙いを防ぐ手には、直接的に狙いを防ぐ手と、間接的に狙いを防ぐ手の2パターンがあります。ここではこれらの違いと使い分けについて述べます。

狙いを直接防ぐパターンは、最も確実な手段であるため、狙いが実現した場合に大きなポイントを取られてしまうようなケースで用いることが多くなります。また、相手の狙いを防ぐことによって相手の駒の働きを制限できるようなケースでも重宝します。
例えば第10図はいわゆる鬼殺し戦法の序盤で後手番。先手は次に▲6五桂から攻める手を狙っており、狙いを許すと厄介です。


先手は次に▲6五桂が狙いですが、防いでしまえば悪形が残りそうです

この場合は△6四歩(第11図)と直接▲6五桂の狙いを防いでしまう手が最もわかりやすく、こうすることで先手の8八角7七桂という悪形をさばけないままにしておくことができます。


第10図では直接防ぐ△6四歩が一番わかりやすいです

その一方で直接狙いを防ぐ手は、その一手自体の価値が低いことも多く、いわゆる「利かされ」とみなされる場合があります。第12図は狙いを直接防ぐパターンの例で、後手番。


よくある局面。先手は▲2四歩が狙い

まだ最序盤で頻出する局面ですね。先手の狙いはもちろん▲2四歩。それに対して、△3三角(第13図)として2四地点に利きを増やし、▲2四歩を受けるのが狙いを直接防ぐ手にあたります。


当然の一手ですが、やや利かされている感じでもあります

このとき、▲2五歩として次の▲2四歩を狙った手は、飛車を働かせる立派な一手であるのに対して△3三角は▲2四歩を防いだだけの一手で、価値が低そうですね。第1回講座で述べたように、大駒を動かす一手の価値は小さいことが多いので、なおさらです。先ほどの△3三角ぐらいの手であれば、それほど「利かされている」感じはないのですが、狙いを直接防ぐ手がこれまでに述べた指針に明らかに反する場合は、大きな損となるので注意が必要です。

極端な例ですが、例えば第14図で後手番。


先手は▲9八飛から▲9四歩が狙い。後手はどうするのが良いか

先手の狙いは9筋の攻めで、第14図から△5二金右▲9八飛△3二玉とすると、▲9四歩△同歩▲同香(第15図)と仕掛けられるかもしれません。


放置した場合はこうなります。△同香なら▲同飛で先手やれます。ただし、△9二歩と打たれると実は微妙

これに対して△同香と取ると▲同飛で飛車をさばくのが先手の狙いで、こうなれば先手が指しやすい形。そこで、後手としては▲9四歩と突かれる手を防ぐのが1つの考え方になります。問題はその防ぎ方です。

1つの受け方は、第14図から△7二金▲9八飛△8三金(第16図)とする受け方ですが、これはとても損な受け方、つまり、駒を玉の近くに寄せる、金銀の位置関係の最適化等の指針に反しているので、選ぶべきではありません。


やってはいけない受け方。駒を玉の近くに寄せる指針に反してしまいます

もう1つ、△5二金右▲9八飛△8四飛(第17図)も▲9四歩を直接防ぐ手ですが、これは先ほどの△3三角の似たような手で、大駒を動かす手は一手の価値が小さいですし、こう受けてしまうと後手は飛車の位置が制限されてしまうので、できることなら指したくない手です。このように、直接的に狙いを防ぐ指し方は損になることも少なくありません。


これはダメとは言えませんが、やや利かされているので推奨しません

そんなときはもう1つのパターン、間接的に狙いを防ぐことを考えます。間接的に狙いを防ぐことを検討するときは、まず相手の狙いを許しても問題ないような条件を考えます。どういうことかと言うと、先手の狙いが通った第15図以下△9四同香▲同飛(第18図)となった局面は先手成功となるわけですが、もし9四にいる飛車の横利きが止まっていればそこで△9三香として飛車を仕留めることができる、というふうに考えます。


この局面自体は先手成功ですが、もし飛車の横利きが止まっていたら・・・と考えます

そこで第14図以下△7四歩▲9八飛△7三銀(第19図)と、将来的に9四の飛車の横利きを止める手が間接的に狙いを防ぐ手にあたります。


第18図の展開に備えて、飛車の横利きを消しておく手

実際に第19図以下▲9四歩とやってみると以下△同歩▲同香△同香▲同飛△9三香(第20図)で飛車が詰んでしまうので先手失敗となります。


飛車が詰んでしまうので、▲9四歩は無理筋。これで間接的に狙いを防げています

第19図においても、先手の狙いによって後手の指し手が制限されてしまったことに変わりはないのですが、後手の7三銀はいずれ△7五歩と突くことで飛車角を押さえるのに役立つため、第16図や第17図よりはまさると考えられます。具体的には第19図以下、▲7八銀△3二玉▲4八玉△5二金右▲3八玉△7五歩▲同歩△8四銀(第21図)くらいで、後手が指しやすいです。


7三銀は自然に活用できるので、あまり損になりません

狙いの中には、直接的に防ぐことができないものも多いです。そのような狙いを防ぐには、間接的に防ぐパターンを用いるよりありません。第22図は先手居飛車VS後手雁木の序盤戦で後手番。


先手の狙いは▲3五歩△同歩▲4六銀。直接は防げない狙いで、早繰り銀の常套手段です

先手はいま▲3七銀と上がったところで、次の狙いは▲3五歩△同歩▲4六銀です。
後手は△4四歩と角道を止めて消極的な構えであるのに加え、現時点では6二銀6一金の壁形。なんとしてでも自由な手番を得なければいけません。後手は3五の地点に駒を足すことはできないので、この▲3五歩は直接的に防ぐことができない狙いです。

こういった場合は、まずは狙いを無視していちばん指したい手を検討します。例えば第22図で△3二金として、先手が▲3五歩と仕掛ける手を想定します。仮に△同歩と取ると、▲4六銀△3四銀▲3八飛(第23図)と回ってきます。


次の狙いは▲3五銀で、これも防げない狙い

第23図では、今度は▲3五銀と出る手が狙いになっていて、3五地点に駒を足すことができないので、これも直接防ぐことができない狙いになっています。こうなると局面の激化は避けられなくなります。つまり、第23図以下△5二金▲3五銀△同銀▲同飛△4三金右と進んだときに▲3四歩(第24図)と先手で拠点を作る手が非常に大きく、△2二角▲3七桂△7四歩▲4六歩(第25図)とどんどん駒を活用され、最終的に角桂を活用する絶好の▲4五歩が受からなくなります。


ここに歩を打てるかどうかが急所。歩を打てると、局面の激化が止められなくなります


先手は自然に▲4五歩と突いていけば良いです。駒の働きに差があるので先手有利

これでは自然と先手がよくなってしまうでしょう。

ここまでの手順が、間接的に狙いを防ぐためのヒントになります。手順中、先手は▲3四歩と拠点を築けるのが大きく、それによって▲3七桂~▲4六歩と自然に駒が活用できたのでした。ここでもし、後手が先手の▲3四歩を直接防げれば、と考えてみましょう。もしそれが実現すれば、第26図のようになっているはずです。


もし△3四歩が先着できていたら・・・と考えるようにします。大体ですが、こんな図になるはずです

第26図では▲4六歩と突くとすかさず△3五銀(第27図)と打たれて飛車が詰んでしまいますので、角桂を活用される心配はありません。従ってこうなれば先手の方針も難しく、後手が互角以上に戦えます。


一番指したい▲4六歩を指すと、△3五銀でダメ。▲4六歩が突けないなら後手も十分です

さて、目標(第26図)が定まったら、今度は具体的な手順を考えます。先ほどは△5二金~△4三金右が1手遅く、先手に▲3四歩を先着されてしまいました。そこで、第22図では△3二金に代えて△5二金右(第28図)が一案です。


第22図で△5二金右とした局面。たった一手の違いですが、これで後の展開が大幅に変わります

第28図以下、先手が当初の狙い通り▲3五歩と突くと△同歩▲4六銀△3四銀▲3八飛△4三金▲3五銀△同銀▲同飛△3四歩(第29図)となり、描いていた目標が実現します。


△3四歩が先着できて、目標達成

こうなれば後手は自由な手番を得ることができ、それを6二銀や8一桂の働きを高めるために活用すれば十分に戦えるでしょう。駒の働きを高めていくためには、相手の狙いを防いで手番を自由に保つ技術がどうしても必須になります。中でも、狙いを間接的に防ぐ技術は特に重要です。それには探索(読み)を要するため、かなり高度な技術になってしまいますが、相手の狙いを許しても問題ないような条件を探すようにすると考えやすくなります。
 

悪形は負債

ここからは相手の手番の自由度をいかに奪うか、という観点で、今度は狙いの使いどころについて述べていきます。
既に述べたように、瞬間的に相手に悪形や働きの悪い駒が残っている場合、狙いによって相手の駒の働きを顕在化させるのがとても有効になります。

具体的なイメージを掴むために、第1図以降の一連の攻防を見てみましょう。第1図は角換わり系の将棋の序盤で、いま後手が△8三銀と上がったところ。


後手は2手分の負債を背負っている状況。先手は負債を解消される前に、激しい展開に持っていってしまえば良い

△8三銀と上がった手は、仮に後手に2手の自由な手番があれば、△8四銀から△9五歩と銀を活用しようという手です。その一方、△8三銀と上がった瞬間及び次の△8四銀の瞬間は、銀が先手玉からも後手玉からも遠く、遊び駒になっている上、飛車の縦利きに重なる悪形になっています。すなわち、後手がこの悪形を解消するのに少なくとも2手の自由な手番が必要で、言わば2手分の負債を背負っているような状況なのです。先手側からすれば、相手に自由な手番を与えなければ駒の働きの差で優位に立てる、という状況です。

そこで第1図では▲3七桂と跳ねて、次の▲4五桂の速攻を狙います。
まずはそれに対し、狙いを無視して△8四銀としてみましょう。先手は早速▲4五桂(第2図)とします。


△9五歩が来る直前に仕掛けるのがポイント

第2図以下△4二銀には▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛△3三桂▲6六角(第3図)として、▲8四角と▲3三桂成の両狙いになり、先手が優勢です。


▲8四角と▲3三桂成の両狙いで先手優勢

また第2図以下△4四銀には同じように▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛△3三桂▲6六角(第4図)として、▲3三桂成の単純な狙いが受けにくく先手有利です。


▲3三桂成の単純な狙いが受けにくいため、先手が有利です

なお第4図以下△4二玉と受けても▲3五歩とためておいて、△5二金に▲3三桂成△同金▲4五歩(第5図)が激痛で、攻めを受け止めることはできません。


3三の地点を受けても▲3三桂成から▲4五歩が激痛

先手の攻め駒は飛車角桂だけなのですが、後手の8四銀が遊んでいるためにこのような単純な攻めが成立してしまうのです。
 
つまり、第1図以下▲3七桂とされた時点で後手は手番の自由を失っており、狙いへの対応を迫られています。後手としてはすぐにポイントを稼ぐ手はないので、次は狙いを防ぐ手を考えてみましょう。まずは▲4五桂を直接防ぐ手は△4四歩。しかしこうすると今度は▲4五歩という新しい狙いが生じてしまうので、よくありません。そこで、△4二玉(第6図)として▲4五桂に△2二銀を用意し、間接的に狙いを防ぐ手を考えてみます。


後手としては狙いを一旦防いで、自由な手番を確保するのが正しい考え方

先手としては△8四銀の瞬間に攻めればよいので、このようなときは最も有効な「一手のため」を探します。どういうことかというと、例えば▲4七銀のような手を指してしまうと▲4五桂と跳ねられなくなる(△3七角がある)ので、△8四銀に▲4八金の一手が必要になってしまい、△9五歩(第7図)が間に合ってしまう、ということです。


▲4七銀だともう一手、▲4八金の溜めが必要になり、△9五歩が間に合います

▲4七銀は「2手1組のため」と言えます。ここではあくまで一手だけ手をかける想定で、最も有効なためを選択するべきなのです。

第6図の△4二玉以下は、▲6八玉(第8図)とためるのがいいでしょう。


一手だけ溜めるには▲6八玉がベスト

後手は第8図以下、負債を解消するために△8四銀とせざるを得ないでしょうが、▲3五歩△同歩▲4五桂△2二銀▲2四歩△同歩▲同飛△2三銀▲8四飛△同飛▲6六角(第9図)が一例で、先手が有利になります。


何度も出てきた▲6六角で攻めが決まります。とにかく△8四銀の瞬間に攻めるのがポイント

このように、負債を解消するのに必要な手数から逆算して、ベストなタイミングで狙いを発動するのがうまく攻めるためのポイントになります。

第1図の例を通して、駒が働いていない状態、あるいは悪形が残っている状態がいかに危険であるか、そして逆に、いかに大きなチャンスであるか感じていただければと思います。重ねて言いますが、このような状態は負債を背負った状態と言えます。借金をするからには、きちんと返す見込みがないといけません。つまり、「ご利用は計画的に」、ということです。

例えば第1図の直前では、△4二玉(第10図)と先受けしておくのがよさそうです。


いずれ▲3七桂に△4二玉が必要になるなら、今△4二玉とするのが正しい考え方

そこでもし先手が▲4七銀としてきたら、今度は狙いの▲4五桂まで▲3七桂、▲4八金の2手が必要になるので、△8三銀(第11図)としても△8四銀が間に合ってくる、と言うふうに考えます。


先手は攻めるのに▲3七桂と▲4八金の2手が必要なので、△9五歩が間に合う計算
 

本記事のまとめ

①駒の働きを高めるためには瞬間的な働きだけではなく、「自由な手番」が必要
②狙いがある局面では、狙いを防ぐか、同等のポイントを稼ぐ選択肢が考えられるが、自陣の状況によって選択肢を変えるとよい
③敵陣に悪形や働きの弱い駒が残っている場合は、相手に自由な手番を渡さないことで、駒の働きの差で優位に立てる
 

配置理論を体系的に学ぶならこの本がおすすめ

ここまでお読みいただきありがとうございました!
以上が、配置理論の駒の働きと自由な手番についての講座です。

詳しくは、2024年12月24日に発売の『配置理論で学ぶ 将棋戦略思考』(著:ゆに@将棋戦略)に載っています。
本書ではほかにも、「駒の働きの不確定性」などの新たな概念を用い、駒の働きの言語化に挑んでいます。これまでの講座の内容をもとに、結論を導き出していますので、ぜひ読んでください。
 
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