iPadで教える「実社会につながる数学」|MacFan

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iPadで教える「実社会につながる数学」

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

テクノロジーの進化が止まらない今、教科書に書かれた内容を学ぶだけでは、生徒は育たない。生徒の“考える力”を伸ばすためには、実社会につながる授業が必要である。そんな確かな時代認識のもとに学校改革を進めてきたのが、三田国際学園中学校・高等学校だ。

 

「教職員全員体制」が強み

東京都世田谷区の三田国際学園中学校・高等学校は、2015年に女子校から共学化へと舵を切った私立一貫校だ。共学化と同時に、英語教育や理科教育、ICT教育などを取り入れた21世紀型教育改革を実行し、わずか2年で中学受験の倍率が6.7倍にまで上昇。コミュニケーション、責任感、探究心、異文化理解など、生徒たちが将来求められる12のコンピテンシー(行動特性)を定め、それらの育成を目指した世界標準の「相互通行型授業」をすべての教科で実施している。

そんな三田国際学園のICT教育を先導するのが、2017年のADEに認定された数学科の芥隆司教諭だ。iPadミニによる1人1台体制を実施する同校において、2013年の準備期間当初から芥教諭がプロジェクトを牽引してきた。

 

 

Apple Distinguished Educator 芥隆司教諭

三田国際学園数学科教諭(ICT活用委員会委員長)。数学にICTを用いることで、「効率化」「生きる力(創造性)」「つながる力」を育むことに情熱を注ぎ、成果が上がってきている。バスケットボール部顧問で、コーチ、審判、プレイヤーとしても日々奮闘中。2017年にADE認定。座右の銘は「有難し」。

 

 

同校のICT教育は何が優れているのか。芥教諭は、「本校の強みは、教職員全員がICT教育の理念や課題を共有し、全員で取り組みを進めているところです」と語る。実際に同校では、アップル社が教育者向けに提供するプロフェッショナルラーニングシステム「アップル・ティーチャー(Apple Teacher)」の資格を日本人教員の9割が取得。しかも、同校では教員のみならず、職員も同じように資格を取るのだという。

「生徒がiPadで何をしているのか。iPadでどのような学習をしているのか。関係する者だけしか知らないのでは、新しい教育を進めていくことは難しいです。学校全体で取り組んでこそ価値があると考えているので、教員も職員も研修をとおして、根底にある理念や現状の課題などを共有しています」

多くの教育現場では、ITが不得手な教員のタブレット活用指導が課題となる中、同校はiPad導入の当初から教職員の足並みをそろえることができたというのである。

「準備段階で教職員に1人1台iPadを配付したところ、職員室の雰囲気がガラリと変わりました。それまで、教員ひとりひとりは自分の仕事を黙々とやっているような雰囲気でしたが、iPadが導入されてからは、教科や学年に関係なく、教員同士が垣根を超えてコミュニケーションをとるようになりました」

すべての教科で実践する「相互通行型授業」の学びを実現するためにはどうすればいいか。iPadを共通言語に教員同士が目指す授業について語り合えるようになったことが、全員で取り組む体制づくりにつながったというのだ。同校のこうした取り組みは、アップルからも評価され「Apple Distinguished School」にも認定された。

 

数学で実社会の課題解決を

前述したように、三田国際学園ではすべての教科で「相互通行型授業」を実施している。これは、「疑問→仮説→討議→検証→結論→レポート・発表」の思考プロセスを重要視した授業で、生徒の考える力を伸ばすことに重きを置いている。ただ受け身に知識を覚えて、正解を求めるのではなく、“あなたはどう思う?”の問いかけを大切にしながら、生徒自身が自分の考えを深め、創造する。教員はそれを支援するファシリテーター役になる。

もちろん、数学を受け持つ芥教諭の授業もそうだ。同教諭の場合は、その中でも生徒の興味・関心を引き出す“トリガークエスチョン”を大切にしながら授業を作っているという。たとえば、“四つ葉のクローバーが学校で見つかる確率は?”、“敷地内に校舎を増築することはできるか?”、“電車の遅延を減らすためにはどうすればいいか?”など、社会や生活にまつわる身近な題材や課題を取り上げて、データや資料を活用しながら数学を学べるよう工夫している。

  「よく微分・積分の話をすると、“こんなの学んで何の役に立つの?”と疑問を持つ生徒が多いです。たしかに数学は単に問題を解いているだけでは、何の役に立つのかがわかりにくい教科です。しかし、生きていく中で数学は必要な教科であり、数学的な思考や論理的思考は生活のあらゆる面で役に立ちます」と芥教諭。実社会とつながる課題に直面しながら、数学を学ぶ意味を感じてほしいという。

実際に筆者が授業見学をした高校1年生のクラスも、実に興味深い内容だった。2つの整数の最大公約数を求める「ユークリッドの互除法」の単元で、その考え方をフローチャートにし、スウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)を活用して、その答えを求めるプログラムを作成するというもの。授業では、数学者コンラッド・ウルフラムのTED動画を観て、数学にコンピュータを活用すれば、より高度で複雑な実社会の課題解決が可能になることを知ったうえで、プログラミングに取り組む。

芥教諭は「この単元で使用するプログラミングは、整数を割るだけの単純なものですが、ユークリッドの互除法をより構造的に捉え、コンピュータを数学に活用するメリットを感じてもらいたい」と語る。実社会に出れば、手書きで計算を行う場面はほとんどない。計算が得意なコンピュータを前に、人間は何を考えなければいけないのか。芥教諭の授業には、そんなメッセージも潜んでいる。

 

 

見学した授業は、ユークリッドの互除法を学んだあとに、その考え方をフローチャートにまとめ、実際の計算プログラムをスウィフト・プレイグラウンズを活用して作成するというもの。生徒たちは「ナンバーズ」にまとめられたコードを見ながら、スウィフトを入力し、完成したプログラムは「iTunes U」をとおして芥教諭に提出する。

 

 

芥教諭はトリガークエスチョンを重要視した「課題解決型学習」のほかにも、「反転授業」やグラフや論証を黒板に板書しない「書かない授業」など、グループワークによる多くの授業パターンを実践している。学習効率化を高めるためにはどの学び方が良いのか、生徒の理解を見極めながら進めているという。

 

 

iPhoneで驚異の教材づくり

そんな芥教諭は、大のiPhone好きだと話す。3Gが発売した当初から使い始め、今では授業で使用するワークシートなどもiPhoneで作成してしまうほど。1時間の通勤時間を利用して、電車の中で仕上げているという。

「ページズでは簡単に数学方程式を追加できるので、かなり重宝しています。デザインの知識がない素人でも、整ったレイアウトに仕上がるのが良いですね」

作った教材は「iTunes U」や、ポートフォリオアプリ「シーソー(Seesaw)」で共有し、生徒たちがいつでもアクセスしやすいようにしている。

また生徒の変化について芥教諭は、「iPad導入当初は、プレゼンテーションツールという側面が大きかったですが、今では、生徒が調べたり、課題を提出したりと活用の幅が広がり、本当に文房具として使えるようになってきたという手応えがあります」と語る。それと同時に、学校でしか学べない教育を実践しなくてはという想いも強くなっているという。

「ADEになってから世界が変わりました。それまではICT教育を進めているときも外れすぎていないかなど不安があったのですが、世界のADEとつながることで、今は良い意味で“外れてもいい”と自信を持てるようになりました。これからももっと教育を変えていかなければと思っています」と意欲を語ってくれた。

 

 

バスケットボール部の顧問である芥教諭は、部活動でもiOSアプリを活用する。写真は、バスケットスコアアプリ「HOOP J」を使った試合の記録。シュート率やリバウンド数など数値化して、部員が見やすくすることで、モチベーション向上に役立っているという。

 

 

1時間の通勤時間を利用してiPhoneで教材を作成すると話す芥教諭。Pagesでは、簡単に数学方程式を追加できるため、手書きで書くよりも簡単に入力できるのだそう。

 

芥隆司教諭のココがすごい!

□「相互通行型授業」を実践すべく教職員全員でのICT教育を主導している。
□iPadを用いたPBL型の授業などによって生徒の学力や思考力を高めている。
□iPhoneを活用して数学の教材づくりを行っている。

 

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。