米国の病院に見る医療系アプリの導入|MacFan

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米国の病院に見る医療系アプリの導入

文●堀永弘義

米国では、日本国内よりも早くからiOSデバイスやアプリが医療現場に導入されている。その利用方法は、日本の医療現場でも参考にしてもらいたいものばかりだ。

医療者の作業時間を短縮

規模の小さい病院であれば、院長やシステム担当者のみで導入・運用までを行い、上手にiOSデバイスや医療系アプリを活用しているところがある。一方、規模の大きい病院では、アプリのインストールだけでも相当な手間がかかり、MDM(モバイルデバイス管理)やセキュリティルールなどが必要になってくる。これでは患者のデータを引き継いだり、病院以外の場所にいる患者のデータを集めるなども困難だ。また、患者に渡したデバイスの使い方や困ったことがある場合、誰がどうやって対応するかという問題もある。

日本国内においても大規模にiOSデバイスを導入している大学病院などがあるが、米国に比べると、そこまで上手に使いこなせていないという話を耳にする。これは非常にもったいない話である。

今回は、米国でも有名なメイヨークリニックがiPhone発売当時から使ってきた医療系アプリ、そしてオシュナーヘルスシステムが特に力を入れているiOSデバイスの導入事例を紹介しよう。

ミネソタ州ロチェスター市に本部を置くメイヨークリニックは、医療関係者の中で知らない人はいないというほど有名な病院である。近年はiPhoneやアップルウォッチに対応したアプリをいち早くリリースし、効果的に活用している病院としても有名だ。

 

 

米国でもっとも優れた病院の1つに数えられているメイヨークリニックは、1846年に設立された伝統を持ちつつも、1万5000台以上のiOSデバイスを導入している先進的な病院だ。【URL】http://www.mayoclinic.org

 

 

病床の数や患者数を述べたところで、医療関係者以外はなかなか病院の規模を把握しづらいだろう。それよりも、メイヨークリニック内のネットワーク上にあるiOSデバイスは1万5000台以上というほうが、本誌読者にはその規模がピンとくるかもしれない。1846年に設立されたという伝統がありながら、最新技術も臆せず導入する精神がメイヨークリニック最大の武器だ。すでに3年近くiOSを使用したシステムが稼働しており、医療へのアウトカム(成果)が現れてきていると思われる。

メイヨークリニックでは、医療者のためのアプリ「シンセシス・モバイル(Synthesis Mobile)」が活用されている。このアプリでは、患者の基礎データやCT画像などの参照にとどまらず、薬剤の変更などもこのアプリ上で完了することができる。今までバラバラにあった膨大な情報に、1つのアプリからアクセスできることは、医療者にとって大きい変化である。

医療者は、移動中はiPhoneを使って素早く、デスクではiPad使って丁寧に確認。このように、利用シーンによってデバイスを使い分けている。アプリ導入後、これまで医師が毎日行っていた仕事が1時間短縮されたといわれている。これは日々多忙な医師からすれば、ありがたいメリットだろう。

また、メイヨークリニックでは「ペイシェント(Patient)」というアプリも活用されている。医療者が使うシンセシス・モバイルと違い、こちらは通院している患者のためのアプリで、検査結果や次の外来スケジュールなど、患者一人一人の情報を、強固なセキュリティをとおして患者自身で参照できる。それだけではなく、病院からのお知らせや、細かい部分では院内のビル名までがわかる詳細な地図も確認可能だ。

また、医療者はビデオをとおして、病気のケアの仕方や日々の健康を保つ方法などを公開し、患者はそのコンテンツへアクセスできるようになっている。患者はこのアプリさえ使用していれば、いつでも病院とつながっているという安心感を得ることができるのだ。

 

 

メイヨークリニックでは、医療者が患者データを参照できるシンセシス・モバイル(右)と、検査結果などを患者がチェックできるペイシェント(左)というアプリを活用している。【URL】https://itunes.apple.com/jp/app /mayo-clinic-care -network-provide r/id728431155

 

 

院外でのやりとり

次に、今メイヨークリニックを超えると筆者が思うほど、iOSデバイスやアプリを医療現場で活用している病院を紹介しよう。それがルイジアナ州にあるオシュナーヘルスシステムだ。

どのような点が他の病院と異なるのか。まず、iPhoneやiPadなだけではなく、アップルウォッチを活用している点が挙げられる。さらに、アップル製品以外の医療系ガジェットを使用して、患者の家庭でのバイタルサインデータの収集を行っていることも特筆すべき点だ。セキュリティの観点から病院内の使用に限られる医療システムが多い中、オシュナーヘルスシステムでは、院内だけではなく、患者も含めて院外でのデータのやりとりも行っている。

オシュナーヘルスシステムでは、すべてのiOSデバイスに最適化されたアプリケーションスイート「エピック(Epic)」が導入されている。主なアプリは次の3つだ。

まずは「エピック・カント(Epic Canto)」というアプリ。医療者同士はコミュニケーション手段としてこのアプリを利用しているが、かなりの数の医療機関が導入しているため、特に珍しいことではないかもしれない。

次に「エピック・ローバー(Epic Rover)」というアプリだ。このアプリでは、まずはiPhoneにバーコード読み取りデバイスを装着して、患者のリストバンドや薬のパッケージをスキャンする。すると、アプリをとおして患者のデータや薬のデータにアクセスでき、適切な薬の処方を行える。これは薬剤師や薬局関係者にとって注目しておくべきポイントだ。

そして最後が「エピック・ハイク(Epic Haiku)」。このアプリでは、短文のデータを医師の手首に知らせてくれる。新しい患者の診察準備ができたときや、検査結果が到着したときに、そっとアップルウォッチが医療者に教えてくれるのだ。

 

 

オシュナー・ヘルスシステムが導入するエピック・ハイクでは、新しい検査結果が到着したときに、アップルウォッチの通知機能を利用して医師に素早く教えてくれる。iOSデバイスとエピックのアプリケーションスイートによって、これまで以上に迅速な対応が可能になっている。【URL】https://itunes.apple.com/us/app/epic-haiku/id348308661

 

 

質問を受け付ける“バー”

オシュナーヘルスシステムには、医療系ガジェットやアプリに関する患者の質問を受け付けてくれる「オー・バー(O Bar)」という場所が設置されている。アップルストアにあるジーニアスバーと同じコンセプトの場所が、病院内にあると考えると想像しやすいだろう。

iOSデバイスやアプリを導入した医療機関の中には、経営者の独りよがりや医療者目線だけが先に進んでしまい、患者が取り残されてしまうことがよくある。オシュナーヘルスシステムでは、オー・バーを設置することにより、患者の疑問や要望、アフターケアなどに1カ所で対応しているのだ。

iOSデバイスやアプリを導入したから終わり、というわけではなく、長く使い続けてもらいたいという気持ちがこのシステムには表れている。さらに、オー・バーでは、患者が医療系ガジェットを割引価格で購入できるという点も、患者にとってうれしいところだ。

 

 

オシュナー・ヘルスシステム内に設置されているオー・バーでは、医療系ガジェットなどに関する患者の質問を受け付けてくれる。【URL】apple.com/jp/business/ochsner/#video2?CID=mkts-biz-ochsner-outpatient-urlin-action/

 

 

プラスアルファの診療に

米国は基本的に自費医療であるので、こういった投資ができる環境にあることも大きい。また、メイヨークリニックにおいては、米国の医療システムとしては珍しく、医師の報酬が患者数によらず医師の市場価値で支払われるという話だ。これにより医師は多くの患者を急いで診る必要がなく、時間をかけてゆっくりと一人一人の患者と接することができるのも、こういったデバイスやアプリの導入と関わりがあると筆者は感じる。患者へのインフォームド・コンセントや日常のデータ参照、プラスアルファの診療などにiOSデバイスが使用されている印象だ。

また、米国の政策として、電子カルテを導入する医療機関に補助金が支払われるのも、急速に電子化が進む要因の1つである。日本国内においても、東京慈恵会医科大学先端医療情報技術研究講座などが開発した医療関係者間コミュニケーションアプリ「JOIN」など、保険診療の適用が認められたアプリも登場している。このように、患者にとっても医療者にとってもインセンティブがある仕組みがあれば、日本でもより多くのアプリや医療ガジェットが浸透していくだろう。

海外の医学系の学会に出席したことがある人は、近年iOSデバイスやアプリの発表や展示が多いことに気づいたことだろう。現状、さまざまな診療科の人が使用できるツールが作られているが、実際に現場で使用されて評価を得ているものがどれなのかわかりにくいという点に問題がある。こういったほかの病院で実際に使われている事例を見ることにより、メリットやデメリットを確認できる。日本国内でも、病院でiOSデバイスを有効に活用している事例があれば、共有させていただきたい(Twitter:@toyaku)。

 

 

メイヨークリニックとオシュナー・ヘルスシステムの導入事例は、アップルの公式WEBサイトでも紹介されている。興味がある人はチェックしてみるとよいだろう。【URL】http://www.apple.com/jp/ipad/business/in-action/