世界を教室の外へ! 生徒が“イキイキ”する社会とつながる学び|MacFan

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世界を教室の外へ! 生徒が“イキイキ”する社会とつながる学び

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

「学校の学びと社会をつなげる」といっても簡単ではない。教師には教えるべきことが山程あり、授業時間数も限られている。しかし、これからの時代を生き抜くためには、学校でこそ「社会」を見せるべきではないか。そんな教育を実践するのが、山梨英和中学校・高等学校の糟谷理恵子教頭である。

 

人気講座の作者はADE

アップルが提供する無料のオンライン講座アプリ「iTunes U」。今やiPadを活用する多くの教師たちがiTunes Uに自作の学習コースや講座を公開している。その中で人気ランキング1位の講座はなにか。山梨英和中学校・高等学校(以下、山梨英和)で高校教頭を務める糟谷理恵子氏の講座が、それだ。糟谷教頭はiTunes Uに「中学3年英語 文法の復習」講座を公開しており、その登録者数は4万5000人を突破。自校の生徒だけでなく、ほかの学校から“授業に使わせてほしい”と問い合わせがあるという。

糟谷教頭は、ADE2017に認定された英語教師だ。現在は、山梨英和の教頭を務める傍ら、ドイツ語と情報探究(学校設定教科)の授業を受け持つ。古くからのアップルユーザであり、同校が2011年にiPad導入を開始した当時の起ち上げメンバーでもある。

ADEへ応募した理由を聞くと「自分の勉強になると思ったから」と気軽な感じで話してくれたが、糟谷教諭はカリキュラム開発や授業改善に対してとても熱心で、常に新しいことにチャレンジしながら、学びの世界を広げている。

糟谷教頭が特に力を入れていることのひとつに“社会と学校をつなげる学び”がある。これは「グローバルスタディーズ」と呼ばれ、たとえば貧困、環境、防災、ジェンダーなどの地球規模の問題について、自ら問題を発見し、仮説を立て、課題解決の方法を探るという学習だ。答えがひとつとは限らない問題に生徒たちが向き合うことで、課題解決力、問題発見力、情報活用能力などのスキルを伸ばす。

「もともと、どうすれば生徒たちの批判的思考力が伸びるのかを研究していたんです。ここでは2年ほどそれを伸ばす学習に取り組んでいましたが、課題解決型学習のアプローチから入るほうが身につくとわかったのです」

聞けば、批判的思考の研究については、さまざまな文献を参考にその教授法を学んだという糟谷教頭。

「生徒たちが地球規模の大きなテーマに向き合い、多様な情報に触れながら、その中からどれが正しいのかを吟味したり、解決の糸口を考えるプロセスが実践的に批判的思考力を身につける学習だとわかりました」

生徒たちに、どのようなスキルを伸ばしてほしいか。そのために必要な授業は何か。その視点が糟谷教頭の原動力となっている。

 

 

山梨英和中学校・高等学校は山梨県内唯一の女子校。創立130周年を迎える伝統ある学校で、キリスト教精神を礎とした「確かな学力」の養成と、「豊かな人間教育」を実践している。
【URL】https://www.yamanashi-eiwa.ac.jp/jsh/

 

 

Apple Distinguished Educator
糟谷理恵子教頭
山梨英和中学校・高等学校勤務。高校教頭。ドイツ語や探究型の学校設定科目を担当(ときどき英語を代講)。2011年のiPad導入準備からの校内プロジェクトメンバー。iTunes Uで英文法解説講座を開講。授業ではEveryone Can Createを落とし込んだ課題設定を研究中。今年校内でApple Teacherワークショップが実現。2017年にADE認定。
Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

社会とつながる学び

糟谷教頭が受け持つ高校1年生の情報探究の授業では、まさにグローバルスタディーズが行われていた。生徒たちは以前より、「SDGs(持続可能な開発のための17のグローバル目標)」の中からテーマを選び、グループごとに問題発見し、情報収集しながら、課題を解決するためにはどうすればいいか、ひとつのテーマを深く掘り下げてきた。

見学した授業では、グループごとに集めた資料や写真などを使って、ポスターセッションに向けたポスターづくりが行われていた。生徒たちはページズ(Pages)の共同編集機能を使って、ひとつのデータに同時にアクセスし、それぞれ役割分担をしながら作業を進める。資料を読み上げる生徒、それを聞きながらテキストにまとめる生徒、説得材料として適切なデータがないかをリサーチする生徒など、グループのメンバーで協力している姿が印象的だった。

糟谷教頭は、MacBookを持ち歩きながら机間巡視をし、作業が停滞ぎみなグループのアドバイスに入った。「現状を示すデータは?」「JICA(国際協力機構)が取り組んだときの成果はどうだった?」などと生徒に問いかけながら、ポスターにどのような内容を記すべきかヒントを与えていた。

このような学習を経て、生徒たちは高校2年生になるとより実践的な課題解決型学習に挑む。たとえば、今年の高校2年生は、日本で初めて「盲ろう教育」が実践されたという歴史を持つ山梨県立盲学校と協働し、同校が抱える課題解決に向けたプロジェクトを実施。同校に保存されている貴重な教育資料をデジタル化して、後世まで保存しようという試みだ。生徒たちはこの事業に協力するために校内でバザーと募金を実施し、集めたお金を盲学校へ届けた。

「教室の外に飛び出して、現実社会と学びをつなげることが大切だと思っています。そうすると生徒たちの達成感がまったく違いますし、社会に出たときもその経験が活きてくるはずです」

 

最後を走る1人を大切に

糟谷教頭は情報探究の授業以外にも、iPadを多く活用している。たとえばドイツ語の授業では、簡単なドイツ語で食べ物紹介の動画を作ったり、同校がキリスト教の学校であることから、ドイツ語で「祈りの言葉のポスター」を作成したりと、多様なアウトプットをiPadで行っている。ほかにも数式のシミュレーションを動画で作成したり、聖書の世界を動画で表現するなど、さまざまな場面でiPadを活かす。

「iPadを使うようになってから、生徒たちは多様な手段で表現ができるようになりました。一人一人の生徒に自分を表現できる機会を与えられるという意味で、とてもいいツールだと思っています」

今後の取り組みについて同教諭は、情報探究の授業をさらに深めるとともに、ほかの教師たちにもiPad活用を広げていきたいと述べた。来年度から山梨英和は校舎をリノベーションし、教室も黒板からホワイトボードに切り替わる。さらにiPadが使いやすくなる環境を活かして、もっと積極的に活用していきたいという。もちろん、環境が変わったからといって授業がガラリと変わるとはいえないが、iPadなど整ったインフラを活用して授業改善に取り組む、そんな共通認識を持ちたいと糟谷教頭は述べた。その根底にあるのはアップルの教育哲学なのだという。

「2017年に京都で開催されたADEの研修会(アカデミー)には衝撃を受けました。そこで、ADEだからといって、自分だけ走ってはいけない、学校の皆で走る、一番最後を走っている人を大切に、という教育哲学に深く共感したのです。少しでも快適にICTを活用できるように、校内研修会などを充実させようと思っています」

生徒たちにとって当たり前のツールを、これから教師たちがどう活用できるか。その挑戦を楽しみながら、教育をアップデートしたいと語ってくれた。

 

 

糟谷教諭がiTunes Uで公開している英語講座「中学3年英語 文法の復習」。すべてのコンテンツが3分程度という短めの動画にまとまっており、授業や予習に使いやすい。イラストやイメージで理解できるよう工夫が散りばめられているのが特徴だ。原稿執筆時、iTunes Uの講座ランキング1位で登録者数は4万5000人を突破した。

 

 

糟谷教頭が受け持つ情報探究の授業風景。生徒たちは3~4人のグループに分かれ、SDGsをテーマにした課題解決型学習に取り組んでいる。この授業では、これまでに調べたリサーチ内容などをポスターにまとめた。ポスターは「Pages」の共同編集機能を用いて、グループのメンバーがリアルタイムで同時に作業を進めた。左の写真は、その後のポスター発表の様子。

 

 

糟谷教頭が作成した聖書の動画。Keynoteで図形を組み合わせて絵を作り、アニメーションで動かしたものを書き出してiMovieで編集。昔のアニメ番組のエンディングテーマ風をイメージし、画面が粗めになるように仕上げた。賛美歌のBGMはGarageBandで作成したという。【URL】https://youtu.be/xAG4Mu3MmCU

 

糟谷理恵子教頭のココがすごい!

□批判的思考力、課題解決力など生徒が将来必要なスキルの育成に力を入れている
□教室の中にとどまらず、生徒には実体験が伴う学び、社会につながる学びを重視している
□“最後を走る1人を忘れない”という言葉を胸に、チームとして取り組むことにもっとも価値を見出している