健康経営を加速させる「スマホで腰痛軽減」サービス|MacFan

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健康経営を加速させる「スマホで腰痛軽減」サービス

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

腰痛に悩む人は国内で約2800万人と推計され、仕事において生産性を大きく下げる原因とする研究報告もある。しかし、慢性的な腰痛に心理・社会的な要因が強く影響することは、一般にはあまり知られていない。適切なアプローチをすれば、スマホで腰痛を改善できる。こうして、専門職が自ら立ち上がった。

 

仕事上の問題や不満が影響

「腰が痛い」-社会人にとって、もっとも望ましくない体調不良の1つだろう。座職の人であれば、じわじわとその日の気分、そして仕事の成果が蝕まれていく。体を動かす職業であれば、その資本である肉体の、まさに根幹が損なわれた状態。すべての作業に支障が出てしまう。

このように、腰痛という病気は、あらゆる社会人にとって深刻な問題だ。一方で、腰痛の治療がこの10年で大きく変わったことを知る人は、そう多くないのではないか。「病院に行っても、どうせ湿布をもらって帰されるだけ」-もし腰痛を抱えるあなたがこう考えているのであれば、それは本当は誤りだ。

今回紹介する法人向けWEBサービス「ポケットセラピスト」は、iPhoneなどの「スマホ」を活用して腰痛を改善することを目的としている。長年、腰痛と付き合ってきた人ほど「そんなことはあり得ない」と思うかもしれない。しかし、このサービスはまさに、大きく変わった腰痛治療の新しいスタンダードを反映している。

ポケットに入ったスマホが、腰痛から我々を救う。そう表現できる理由について、サービスを開発する株式会社バックテック代表の福谷直人氏に話を聞いた。

そもそも腰痛とは、定義自体も曖昧なものだ。日本整形外科学会と日本腰痛学会が監修し、2012年に発行された『腰痛診療ガイドライン2012』では、腰痛の定義に「確立したものはない」としたうえで、一般的には「肋骨の一番下から臀部の間に位置する疼痛」だとしている。要するに、腰のあたりが痛ければ腰痛となるのだ。

腰痛はさらに、症状のある期間によって、急性腰痛(発症からの期間が4週間未満)、亜急性腰痛(4週以上3カ月未満)、慢性腰痛(3カ月以上)に分類される。たとえば、いわゆる「ぎっくり腰」は急性腰痛だが、ほとんどは予後が良好で、痛みは数週間のうちに軽減する。

問題は、3カ月以上持続する慢性腰痛。このうち「椎間板ヘルニア」など原因がはっきりとわかるものを除く「非特異性腰痛」と呼ばれる腰痛では、痛みがなかなか改善しないことがよくある。社会人が長年、腰痛で悩んでいるような場合、非特異性腰痛に当たることが考えられる。

そして、この非特異性腰痛は、近年、心理・社会的な因子が複雑に関与していることがわかってきている。前述のガイドラインでも、腰痛が発症する原因や、改善しない理由として、仕事上の問題や不満、精神状態(うつ状態の関与)が指摘されているのだ。

場合によっては、慢性腰痛の第二選択として、抗不安薬や抗うつ薬が処方されることも、ガイドラインで推奨されている。そして、ガイドライン上でもう1つ、慢性腰痛の治療や予防に効果があるとされるのが、認知行動療法と運動療法。ポケットセラピストは、まさにここにフォーカスしている。

 

 

株式会社バックテック 代表取締役社長・福谷直人氏。京都大学大学院医学研究科にて博士号取得。学生時代に数々のピッチコンテストで上位入賞を繰り返し、2016年4月に同社を設立した。

 

 

2016年4月に設立された株式会社バックテック。「全人類が生き生きと暮らし 社会に貢献できる世界をつくる」を経営理念とし、現在は法人向けサービス「ポケットセラピスト」を展開している。【URL】https://www.backtech.co.jp/

 

 

生産性低下を数値化

「ポケットセラピストでは、腰痛タイプ判定アルゴリズムを元に、理学療法士など国家資格所持者のセラピストが最適な対策を提案し、時にチャット相談を通して、二人三脚で腰痛など課題の解決をすることを目標にしています。利用者の方には、腰痛の軽減、ストレス状態の低下、運動習慣の改善などの成果が得られています」

利用者(従業員)はまず、自らの痛みのタイプを、質問に回答することで判別する。質問は国内外のガイドラインに準拠したものだ。このとき、たとえば寝ていても痛いなど、がんや感染性の腰痛にみられる、速やかに医師に相談するべき「レッドフラッグ(赤信号)」の症状の有無も確認しているという。

痛みのタイプが判定されたら、日々の症状を記録しながら、セラピストと一緒に目標を設定する。気になることは随時、質問できるほか、上位プランに加入することでリアルタイムのチャット相談ができる。質問や相談はbotではなく、「その向こうに人がいること」を重視しているそうだ。

「botによるサービスには、使い始めはよくても、継続率が安定しないという課題があります。腰痛に心理的な要因が関係する以上、サービスの効果をより高めるには、利用者とセラピストのコミュニケーションによる安心感が必要だというのが、サービスのコンセプトです」

一方、企業側にとっても大きなメリットがある。社員の生産性の向上だ。

「現在、“業務上疾病”、つまり仕事を休む原因となる病気の6割が腰痛です。直近の研究報告でも、働いている方の生産性を下げる原因として一番、大きなものが腰痛と肩こりであることがわかりました。悩んでいる方がそもそも多く、ほぼ毎日のように実感するものだからです」

同社の紹介する最新の医学研究による試算では、腰痛などの慢性的な痛みにより、社員1人あたり5万円の損失が発生しているという。また、腰痛や肩こりといった病気や症状で接骨院などの医療機関を受診した場合、一部で本来は認められていない保険診療として治療が提供され、健康保険組合の経営を圧迫し、国の医療費が増加している現状もある。

そこで、同社は企業や健康保険組合を対象として、ビジネスを展開する。企業が社員の健康維持を目的として導入し、人数に合わせた利用料を払うモデルだ。

「健康経営の必要性が叫ばれていますが、企業の方からすると、社員の健康状態を可視化しようとしても、その指標がない状態でした。私たちはこのサービスで集めたデータに基づき、労働生産性への損害や、うつや生活習慣病などのリスクを、数値化して提供できるのが強みです」

 

 

社員の生産性向上を目的とした肩こり・腰痛対策サービス「ポケットセラピスト」。ユーザは、国家資格を有する専門家とのチャットを通じた遠隔サポートを受けることができる。A https://pocket-therapist.jp/

 

 

医療をポケットに

福谷氏はもともと、理学療法士。理学療法士は、身体に障がいのある人に対して、その基本的な動作の回復を目標に、リハビリテーションを提供する国家資格だ。病院に勤務しながら京都大学の大学院に進学、博士号を取得した。現在も同大学院の研究職をしながら、2016年に同社を創業、経営している。

「腰痛に悩む人は約2800万人と推計され、マーケットとして見ると非常に大きい。それなのに、多くの人は“病院に行っても、どうせ湿布をもらって帰されるだけ”と思っていて、既存のソリューションに満足していません。そこに事業が成立するチャンスがある、と感じたのです」

もちろん、適切な治療がなされる専門病院もある。しかし、福谷氏は医療現場での経験から「社会人の中には“忙しすぎて病院に行く暇もない”という人たちが実際にいる」「医療職が病院などで待っているだけでいいのか」という想いを抱いたという。

医療をもっと身近に−“ポケットセラピスト”というサービス名には、そんな想いが込められている。

現在、ポケットセラピストは大手企業を中心に導入され、利用者は「2~3000人ほど」(福谷氏)。法人を対象としたサービスに切り替えてから1年あまりだが、マーケットの大きさに対して、利用者はまだまだ少ないともいえる。しかし、福谷氏は「企業経営者の意識は数年前より向上しており、自信はある」と言い切る。

専門家が現場での課題感を元に立ち上げたサービスであり、有効性はある。ただし、ビジネスとして成立するには、企業側の意識改革が不可欠だ。健康経営への風向きを後押しするためにも、まずは身近な腰痛について、正しい知識を一人ひとりが持っておきたい。

 

 

わかりやすいイラストも交えて提供される痛みのタイプチェック。結果は専門職の間で共有され、最適なセラピストとマッチングされる。セラピストはこの結果をもとに、質問への回答や相談などを実施する。

 

 

日々の記録のため、利用者がその日の痛みの程度を回答する。この尺度もガイドラインに基づくもの。「自分で痛みについて振り返り、記録すること自体が腰痛の改善にもつながる」(福谷氏)

 

 

運動療法もガイドライン上、有効とされる。このサービスではさらに、どのような運動をしたのか、というドメイン(種類)も重視するという。「趣味などポジティブな気分で体を動かすと、腰痛改善に効果があるとされます」(福谷氏)

 

 

サービス内では理学療法士らが監修したコラムが配信される。コラムの内容は海外の論文や研究報告について、複数の専門職により科学的根拠を精査し、信頼できると判断したもののみを掲載しているという。

 

ポケットセラピストのココがすごい!

□理学療法士などの専門家と二人三脚で腰痛の症状を改善する
□企業は腰痛・肩こりによる生産性低下を防止できる
□「忙しくて病院に行けない」人にも医療との接点を生み出す