「授業が変わる瞬間」がもたらす衝撃的なパワー|MacFan

特集

「授業が変わる瞬間」がもたらす衝撃的なパワー

文●土井敏裕

21世紀型スキルを育むために、なぜAppleを活用するのか?

Society 5.0や「未来の教室とEdTech」が議論され、学校教育のみならず、子どもたちを取り巻く教育のあり方が、さまざまな場所で議論され、テクノロジーを軸に見直されようとしている。

21世紀型スキルは2009年に提唱され、世界標準の力として少しずつ広がりを見せ、キーコンピテンシーや、非認知能力なども踏まえ、AIやIoTも明記される形で次期学習指導要領が告示された。2020年をターゲットイヤーとし、いよいよ教育改革の大きな波が現場に押し寄せようとしている。今の子どもたちが生きる5年度、10年後の未来に向けて、私たちは日々の教育活動を変えていくことの必要性を感じざるを得ない。

一方で、学校現場に広がる景色のほとんどは50年前、100年前とあまり変わりはなく、脈々と受け継がれてきたスタイルで、教科書を中心とした、見て安心できる、昔自分が受けたであろう教育の姿である。

しかしその中で、先を見据え、新しいスタイルの授業や学びを提案している仲間も確実に増えている。Appleのテクノロジーのあり方や、教育への向き合い方は、私たちのこれまでの教育をブレイクスルーしていくのに十分なパワーがあり、大きな変革のきっかけを与えてくれるものである。iPadを使うことが目的ではなく、教育を変えるため、授業を見直すためのツールとして捉え、活用することができれば、きっと授業は変えられると信じている。

私自身がiPadだけではなく、Appleの製品に触れたのは7年前という、かなり遅いデビューだった。しかし、今では生活している時間のすべてはApple製品と共に過ごし、仕事もプライベートもその中で完結している。

教室に初めてiPadを持ち込み、授業での活用を模索し始めたときには、それまでのPCなどとはまったく別次元で、大きな可能性を感じることができたのを今でも覚えている。なにも説明せずとも、子どもたちはiPadを手に取り、使い始めた。小学校教員の私にとっては衝撃の瞬間だった。たった1台のiPadが教室にあるだけで、授業のブレイクスルーが起きたのだ。2年間、2000時間の実践をしたのち、教育委員会に入り、情報化推進班の指導主事として現場の先生たちをサポートしてきた。その中で何人もの先生たちの授業が変わる瞬間を見ることができた。

県 (大分県)の行う研修のあり方は年を追うごとに変わっていった。元々は機器整備後の活用のためのスキルアップが中心だった研修が、授業にどう活かすか、という視点だけではなく、これをきっかけに授業デザインをどう見直すか、という方向にシフトしている。使うことが目的ではなく、授業改善、授業改革をするためのツールとしてどうあるべきか、といったところに主眼を置きながら変わってきた。

その具体の姿を見せ、さらなる研究や人材の育成を行うために、県下の教員を対象にした「ICTスマートデザイナー育成事業」を4年前に立ち上げた。その中では、個人のスキルアップではなく、マインドセットを変えていくことに重きを置いた研修を、年間を通じて行ってきた。研修の中では、普段出会うことのない教育ICTの関連企業の方などにも話をしてもらい、先生自身が社会とつながり、多様性を理解することを大切にし、実践交流や意見交換を主体とした研修を実施してきた。同じ目的を持った仲間としてのつながりもつくり、モチベーション維持を図った。

教員のみならず関わりのある企業、一般参加者、大学生、県外の視察も含め県内でICTを活用し、iPadを使った授業を見てもらうために、2年目には全員に授業公開をしてもらい、その2年間の取り組みのアウトプットと位置づけた。2年間でのべ1000名近くの参観者があり、昨年度はプログラミングの公開授業等も行うことができた。1期生は小・中学校、高校の教員20名でスタートし、2、3期生は小・中学校、今年度4期生は特別支援学校から選出した。年齢や学校種を問わず、iPadを活用した授業づくりについて議論し、それぞれの立場で語ることは、先生たちにとって大きな刺激になり、学びにつながり、授業や人間性の幅を広げる一助となった。結果として市町村でのICTの整備は進み、その活用の中心にICTスマートデザイナーの先生方が位置づき、県との連携も保たれている。

ほかに地道に重ねてきたものとして「出前研修」がある。従来の集合型の研修を辞め、学校や市町村に出向き、研修を実施することを続けてきた。年間平均100校を回ってきたが、その成果はとても大きいと感じる。それぞれの学校のICT環境や、教員の年齢層、活用スキルには大きな差や違いがある。そこを丁寧にヒアリングし、現場から1ステップ進めるような研修を、カスタマイズして実施する。

このスタイルでその学校の教員全員に研修を受講してもらう。そのことで翌日から、学校全体で活用していく雰囲気が醸成される。iPadがなくてもチョーク1本で授業できるベテランの先生たちが、iPadの可能性に気づき、楽しみながら授業に取り入れ始めたら、学校は変わる。そういった学校を増やしていけば、県全体に波及していく。

同時に、学校に行くことでその空気を感じ、どんな困りがあり、どんな教育活動をしているかを知ることで、ニーズをつかむことができる。つまり、教育委員会として次の施策を確実なものとすることができるわけだ。教育委員会にいたのでは感じることのできないものを現場で感じることができる。その積み重ねが、大分県の教育情報化を後押ししている。

21世紀型スキルだけではなく、これからの子どもたちが、5年後10年後の未来を、たくましく、しなやかに生き抜くためには、私たちの今の教育のあり方がなにより肝要である。そのためにはツール(環境整備)やスキル(ICT活用指導力)だけではなく、子どもに想いを寄せ、学びを社会とつなぎ、テクノロジーを、遊びや、時間潰しのものではなく、学びのツール、人をつなぐツール、そして社会を変えるツールとして再認識させ、本当の意味で活用していけるような力をつける必要がある。

そのためにまず私たちができるのは、今の社会を生きるオトナたちが、その意味を理解し、社会全体でテクノロジーとの付き合い方を再考していくことだ。その先駆けとして、学校教育の中でできることは多い。オトナの認識を変えていけるような、あっと驚く子どもたちの姿を学校から発信していくことで、社会全体に大きなインパクトを与え、変えていけるように、私たち学校現場の人間は発信力も身につける必要がある。特に閉鎖的な学校の情報は、子どもたちの姿を中心にアウトプットし、メッセージを出し続けることで社会とつなぐ最短ルートになる。

本特集は、そんな日本のイノベーターたちのさまざまな実践をベースに構成されている。これからの日本を担う、今の子どもたちの姿をぜひこの冊子から読み取ってほしい。

 

 

 

 

土井敏裕(Apple Distinguished Educator)
小学校教諭を経て、大分県教育庁の教育財務課情報化推進班で指導主事を務める。数多くの研修、セミナーによる効果的なICT教育の啓蒙、県と市町村をリンクさせたICTデバイス・インフラの構築、教育情報化のための組織作りなどを積極的に推進。2015年にADEの認定を受ける。