海城中学高等学校のSwiftプログラミング講座|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

海城中学高等学校のSwiftプログラミング講座

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

たとえ将来、どんな仕事に就こうとも、テクノロジーと向き合わなければならない今の子どもたち。10代の多感な時期にプログラミングに出会っているかどうかは、彼らの今後の人生において大きな意味を持つに違いない。未来につながる原体験をプログラミングで。海城中学高等学校の取り組みに迫る。

 

 

 

ICT教育部 部長
平田敬史教諭

2010年より海城中学高等学校に勤務。自身も大学時代にプログラミングを経験し、それが社会に出てからも有益であったことから、今回の講座を開いた。

 

 

生涯学び続ける人材を育てたい

東京都新宿区にある海城中学高等学校といえば、首都圏でも有数の名門校だ。120年以上の伝統を誇るとともに、卒業生の多くは有名大学へ進学する。しかし、その伝統や実績に胡座をかくことなく、同校はこの四半世紀たゆまぬ学校改革に取り組んできた。今新たに取り組んでいるのは、生徒たちに生涯にわたって主体的に学び続ける姿勢を持たせるべく、深い学びの機会を種々用意すること。

そうした趣旨の下、今年度より開始されたのが、特別講座「KSプロジェクト」である。これは、通常の授業とは異なり、各教科の垣根を超えて、生徒たちの興味・関心を掘り起こしたり、学外の活動にチャレンジする機会を与えたりするものだ。具体的には、「人文科学と自然科学から地域を考えよう」「文化祭で模擬裁判をやろう」「生物・化学実験の動画を撮ろう」など、さまざまな魅力的な講座が用意され、生徒たちに主体的に学べる場を提供している。そのひとつとして、同校のICT教育部長で理科を担当する平田敬史教諭は、Z会と協力してプログラミング講座を実施することにした。

平田教諭はプログラミング講座を設けた理由について、「本校の目指す教育とプログラミングの取り組みは親和性が高いと考えています」と語る。海城中学高等学校は“国家社会に有意な人材の育成”を建学の精神に掲げており、グローバル化や情報化社会の現代において、新しい人間力と新しい学力を兼ね備えた人材の育成を目指している。その目指す方向性とプログラミングの学習はマッチしており、課題設定・解決能力、論理的思考能力、創造力、ITスキル、プログラミングそのものの楽しさ、などを学んでほしいと平田教諭は語る。

また、同校におけるICT環境が整ってきたことも、平田教諭の取り組みを後押ししたといっていいだろう。海城中学高等学校では全教室にホワイトボードや電子黒板機能付きプロジェクタが導入されており、Wi−Fi環境も完備。そして、2017年度からは中学3年生を対象に一人1台体制でセルラーモデルのiPadプロを導入したり、PC教室のコンピュータをiMacに替えるなど、学校全体としてプログラミングを扱いやすい環境になっている。

 

 

海城中学高等学校(東京都新宿区)は、1891年創立の男子校。リベラルでフェアな精神を持った「新しい紳士」の育成を教育目標に、「プロジェクトアドベンチャー」や「ドラマエデュケーション」など特色ある教育プログラムを実施している。

 

 

自分だけのステージを作る

プログラミングの特別講座は、初心者編と発展編の2コースで構成されている。1学期は、楽しく遊びながらプログラミングを学べる画期的なiPad用アプリ「スウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)」を用いた初心者編の講座(全7回)、2学期は発展編としてXcode(Mac上で動作するアップルの総合アプリ開発ソフト)を用いたアプリ開発の講座が実施された。筆者は、1学期と2学期両方の講座の発表会を取材することができた。まずは初心者編の最後の講座、スウィフト・プレイグラウンズを使ったオリジナル作品の発表会の様子を紹介しよう。

生徒たちはここまで、“コードを学ぼう1”と“コードを学ぼう2”に取り組み、アルゴリズム、関数、Forループ、条件分岐、Whileループなどのプログラミングを学んできた。スウィフト・プレイグラウンズでは、たとえ初心者であっても、こうしたプログラミングの概念や知識をゲーム感覚で体系的に学べるのが特徴だ。一方で “コードを学ぼう2”では、これまで学んだ内容を活かして「ステージ作る」というステージも設けられており、自分だけのステージ作りに挑戦できる。生徒たちが取り組んだオリジナル作品の制作は、このステージを用いており、12×12のマス目上にブロックや階段、スイッチ、宝石などを置いて、〝Byte〟と呼ばれるキャラクターがゴールまでたどり着くステージを作るというものだ。

最終回の講座が始まってすぐ、生徒たちは発表会を前に作品の最終調整に取り掛かった。生徒たちの作品づくりを見ていると、「頭を使わないとクリアできないようにしたくて、少し難しくしています」と話す生徒もいるくらい、皆工夫を凝らすことに一生懸命だ。自分の作るステージで、ちょっとでも仲間に楽しんでもらいたい。そんな想いが伝わってくる。

 

 

Swift Playgrounds

【価格】無料
【場所】Mac App 、。Store>教育

 

016年6月に発表(日本語対応は今年3月)されたこのiPad向けアプリは、Appleが開発したプログラミング言語「Swift」を楽しく学べるツール。レベル別にコースが分かれており、言語やコーディングの知識がないユーザでも自然にステップアップできる仕組みが用意されている。ゲーム感覚でプログラミングを学べるのが特徴だ。

 

 

プログラミング講座(初心者編)に参加したのは、中学2年生から高校2年生までの40名。定員40名のところに100名以上もの応募が殺到したという人気ぶりだ。異年齢の生徒が集まり、互いに教え合いながらプログラミングに取り組む姿も微笑ましい。

 

 

教育用SNS「Edmodo」を使用して、完成したコードを共有し合う生徒たち。気になる友だちのコードをコピペして、自分のSwift Playgrounds上で再現したりする。また友だちにコメントを送ったりしながら、多くの生徒同士が交流できる場をつくっている。

 

 

生徒がSwift Playgroundsで作った「自分だけのステージを作る」の作品。12×12のマス目上に、これまで学んだプログラミングの知識を活用して、オリジナルのステージを作るというもの。生徒たちは、ワープを仕掛けたり、ブロックがランダムで生成されるなど工夫を凝らし、ステージづくりを楽しんだ。

 

 

コード入力から始められる

平田教諭はスウィフト・プレイグラウンズを選んだ理由として、「最初にコードを書き始めるまでのわずらわしい部分を省いて、いきなりmoveForward()から始められるのがいいですね。『コードを学ぼう』ではゲーム的な感覚で、初心者でも楽しみながら学べると思いました」と語る。

他の言語では、編集画面の構造を理解したり、書き方の作法を学んだりとコードを書き始めるまでのハードルが高いが、それは本来、生徒たちがプログラミングを学ぶうえで本当に学んでほしい部分ではない。生徒たちの多くはプログラミング初心者であり、iPadという身近なツールを使って、ある程度の内容を楽しみながら学べることこそがスウィフト・プレイグラウンズを用いる大きなメリットだというのだ。

一方、生徒のほうはというと、この講座を受講した理由について「面白そうだったから」「自分のためになると思った」「プログラミングの話題をよく聞くようになったから」といった声が聞かれた。近年、小学校での必修化など注目が高まったプログラミング。そうした動きに生徒たちは敏感なようだ。

また、スウィフト・プレイグラウンズの講座を受けた感想として、生徒たちからは以下の声が聞かれた。「自由にステージを作ることで今まで学んだことを活用できたと思う」「全体をとおして、いかに効率的にプログラミングをするのかが大事だと思った」「論理演算が使いやすく面白いと思った」「この講座以外でもプログラミングを学んでみたい」など。プログラミング初心者の生徒が多い中、生徒なりにさまざまな気づきを得たといえる。平田教諭は、初心者編全7回を振り返って「楽しかった、面白かったで、終わらせるのはもったいない」と生徒たちに語りかけた。そしてプログラミングをとおして、どのような能力が身につくのか、そこに自分で気づけることが望ましいのではないかと問いかけていた点が印象的だった。

 

能動的な姿勢がポイント

時は過ぎて2学期。平田教諭は初心者編の次なるステップとして、「プログラミング講座(発展編)~func changeTheWorld()~」を実施した。同講座ではXcodeでスウィフトを用いたiPadやiPhoneのアプリ制作に挑戦する。定員は16名。対象者は、1学期および夏期講習で実施した初心者編の修了者で、前回同様、Z会の協力を得て行われた。

平田教諭は発展編について、「スウィフト・プレイグラウンズのときと違って、Xcodeによるプログラミングは、いかに自分から能動的に関われるかが大事だと思います。前回と、発想を切り替えて取り組めるかどうかがポイントでしょう」と述べる。たしかにスウィフト・プレイグラウンズは、あくまでも初心者向けのプログラミングツールであり、与えられた課題をゲーム感覚で解くことでプログラミングを学べるものだ。一方、Xcodeはというと、自分の作りたいものをイメージし、ゼロから作り上げなければならない。スウィフト・プレイグラウンズでプログラミングを始めた生徒たちが、果たして本格的なプログラミングを楽しめるのか。生徒たちの中には、パソコンの操作自体に慣れておらず、ブラインドタッチもままならない者もおり、ハードルは高いといえる。

Xcodeを使ったプログラミングでは、生徒たちはどのようなステップでアプリ作成を学ぶのか。大まかな流れとしては、全8回のうち、第4回目までを生徒全員が同じ内容、同じペースで取り組んでいく。今回は、アプリ作成に必要な画面遷移やボタンの配置、ボタンを推したときのアクションメソッドの設定、アラートの表示など、簡単な内容から始め、生徒たちはボタンをクリックすると数字が2倍、3倍になるといったアプリを作成した。その後、5回目以降からは、いよいよ自分で考えたアプリ作成に挑戦だ。個人で取り組む生徒、グループになってやりたい生徒など、それぞれの作りたい作品に合わせて、自由な形で取り組んでいく。

 

Xcodeで作った初作品を披露

Xcodeを使ったプログラミングの成果報告会は、同講座の最後に開催された。生徒たちは、どのような作品を作ったのか紹介していこう。

高校1年生4名のチームは、大人気の心理ゲーム「人狼」のゲームアプリに挑戦した。もちろん、4人ともアプリ制作は初めてなので、人狼ゲームならではの各役職の能力を限定するなどゲームの内容を簡略化したが、結果として、実装が難しく、完成はまでたどり着けなかったと発表した。チームの1人は「最初は画面遷移でゲームを進行するつもりだったが、実際にやってみると難しく、自分たちのスキルではできなかった。そこで、スタートボタンを押せば、すべてアラートでゲームが進行するようにした」と苦労した点を述べた。

中学3年生2名のチームは、「ラブコメ」をテーマにしたすごろくアプリに挑戦した。1つの画面上にマスを並べ、マス上に止まれば、なにが起こるのかがアラートで表示されるという仕組みだ。ゲームは始業式からスタートし、卒業式がゴール。途中のマス目には「彼女と一緒に映画に行く」「花火を見に行く」などのイベントが盛り込まれている。同チームは、ゲームの制作段階で「企画と構成」と「プログラミング」という2つの役割を設けて、互いが得意とする部分を担ったという。同チームの生徒は、「それぞれの得意分野を活かして協力できたことが良かった」と感想を述べた。

また、読んだ洋書の単語が記録できる英語リーディングアプリや、点数カウンターアプリを作成した生徒がいた。いずれの生徒も、教師との会話の中で、“こういうアプリがあったら便利だな”と教師がつぶやいたことがきっかけになって、アプリの作成に着手したという。身近な課題を解決する手段としてプログラミングを用いたことが好感だ。

ほかにも、クイズアプリや四目並べゲーム、シューティングゲームなど、生徒たちの好きなものをベースにした個性的な作品が発表された。プログラミングを始めて間もない生徒たちであるが、一人一人の発表からは、好きなものを形にしたいという想いが感じられた。同講座を協力したZ会からは優秀作品として、オセロゲームを作成した中学3年の永瀬さんにZ会賞が贈られた。短い制作期間の中、ほぼ完成に近いアプリを発表できた点が評価された。

 

 

このプログラミング講座をサポートしたZ会より、優秀作品として選ばれたオセロゲーム。中学3年生永瀬さんが作った。「AppStoreで配信できるようにしたい」と抱負を語ってくれた。

 

 

毎回のプログラミング講座における教材は、Z会が提供。「アプリ作成とは何か」から始まり、「アプリの画面を作ろう」「アプリの仕様を決めよう」など、プログラミングの内容だけでなく、アプリ開発のノウハウも教材化されている。

 

 

ゼロから作る大変さを実感

今回のXcodeを使ったアプリ制作について、生徒たちはどのような感想を持ったのか。作品発表会の後にたずねた。一番多く聞かれた声は、「計画が壮大すぎた」「もう少し簡単なものを作成すればよかった」「予定していた10分の1も完成しなかった」といった見通しに関する反省点だった。平田教諭もこれについては、「当初、生徒はもっと簡単なアプリを作ると思っていたのですが、意外にも彼らが作りたいと思うものは、高度で複雑なものが多かったですね」と話している。もちろん、教師が途中で方向転換させることも可能ではあったが、今回はKSプロジェクトの趣旨を重視し、生徒が主体的に取り組める内容であることを尊重したというのだ。

ほかにも生徒からは、「スウィフト・プレイグラウンズである程度の構文の役割はわかっていたが、初めから作るとなると細かい部分がわからなくて苦労した」という感想も聞かれた。この講座を受講した生徒たちは、全員がスウィフト・プレイグラウンズを体験しているが、やはりゼロからアプリを作りあげるのは、スウィフト・プレイグラウンズと大きく異なり苦労したようだ。ある生徒は、「文章を読む力と書く力は別のスキルであるのと同じように、スウィフト・プレイグラウンズとXcodeのプログラミングはまったく違った」と述べていたのが印象的だった。

プログラミングとは何かを知る大人から見れば、両者の違いはあって当たり前のものであるが、プログラミング初心者の中高生から見れば、こうした気づきを持てたこと自体が大きな収穫だといえるだろう。平田教諭は講座の最後に「アプリは簡単に作れるものではない。しかし、アプリ制作をとおして、さまざまなことを考える機会が持てたことに価値がある」と生徒に伝えた。

初心者編、発展編をとおして、生徒たちはプログラミングの世界を楽しめたようだ。筆者も生徒たちにインタビューをしていて、その様子が伝わってきた。「指示したとおりに動くのが、とても楽しい」「スクリーンの中に自分の世界が作れる楽しさを味わうことができた」「スウィフト・プレイグラウンズのときは習うだけだったけど、Xcodeでは何かを作ってみたいという想いが実現できてよかった」などなど。平田教諭も全体を振り返って、「生徒たちは作る側の立場を経験し、どうやったら作品が楽しくなるのか、エラーにぶつかったときに、いかに解消するか。考えること自体を楽しむ姿勢が見られました」と生徒の成長を語ってくれた。

小学校におけるプログラミング教育必修化が決定した今、子どもたちが、どのようにプログラミングを体系的に学んでいくかは大きな課題である。限られた授業時間の中で、効率的にプログラミングに触れることも大切であるが、そもそもプログラミングによる“ものづくり”を体験させることも重要だ。海城中学高等学校のように、生徒たちがゼロから作り上げることで、初めて感じる気づきがあることを忘れてはならない。

 

 

KSプロジェクト発展編の成果発表会の様子。生徒たちはグループと個人、どちらかを選んでXcodeを使ったアプリ制作に挑戦した。海城中高では2017年夏より、PC教室のコンピュータをiMacに変更し、46台導入した。「iMacにしてから生徒たちの授業での食いつきはまるで違う」と情報担当の教諭談。

 

 

人狼ゲームアプリのXcodeの画面。画面遷移が難しかったため、スタート画面からアラートでゲームを進行するようにした。Swift Playgroundsで出てこなかったコードを使うことも多く、苦労したという。

 

 

海城中学高等学校のココがすごい!

□通信教育のZ会と協力してプログラミング講座を実施している
□学校全体がプログラミングを扱いやすい環境として整備されている
□プログラミングの特別講座を初心者編、発展編と段階別に構成している