Appleの全方位戦略を実現するプロローグとしてのiPhone X|MacFan

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iPhone Xは“新しいライフスタイル”へのチャレンジ

Appleの全方位戦略を実現するプロローグとしてのiPhone X

“「チャレンジ」をゼロからすべて取り組んだのは現段階でアップルだけ”

 

松村太郎

ジャーナリスト、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。大学・大学院時代から パーソナルメディアとライフスタイルの関係性を追求している。モバイルとソーシャル、ノマドがテーマ。キャスタリア株式会社取締役としてソーシャルラーニングの普及にも努める。

 

 

すべてがつながっている

iPhone Xを手にして、10分使ってみて、「なるほど」という納得感だけが残りました。アップルは次の10年間を切り拓くスマートフォンとして、iPhone10周年を記念する2017年に登場させましたが、アップルの役員であるジョナサン・アイブ、フィル・シラー、クレイグ・フェデリギの各氏は、iPhone Xを紹介する際に必ず「チャレンジ」という言葉を使っています。

ディスプレイを全面に配置するために有機ELパネルを端で折り曲げて端子を接続する特許を取得し、ホームボタンを廃止するためインターフェイスや指紋認証などの機能をほかの方法へ振り分け、5年前から開発してきたフェイスIDで「ミリセカンド」にこだわるために機械学習処理に長けたプロセッサを搭載しました。

これらは新機能を表しているに過ぎませんが、iPhone Xの最大の特徴である「全面を有機ディスプレイで覆う新しいデザインを実現すること」を中心に考えると、すべてつながっていることがわかります。スマホの世界で全面ディスプレイは初めてではありませんが、意味や使いやすさなどのあらゆる問題を解決する「チャレンジ」をゼロから取り組んだのは現段階でアップルだけです。

そして、5.8インチとiPhone史上最大のディスプレイを備えるiPhone Xは、これまで“大画面モデル”として扱われてきたiPhone 8プラスとは異なり、iOS上ではスタンダードサイズのiPhoneとして扱われています。それは、ホーム画面や純正アプリで、ランドスケープモードの画面が用意されていないからです。

つまり今後、「プラス」モデルに相当する更なる大画面モデルが登場することが期待できるでしょう。その意味を含めて、iPhone Xは新しい時代のiPhoneのプロローグ、と位置づけられます。それはデザインの新しさだけではなく、背景にあるテクノロジーや、これらを活用して実現していく我々の新しいライフスタイルへのチャレンジでもあるのです。

 

スマホ社会の中での“X”

iPhone Xは999ドルからと、日本では10万円を超える最高級モデルとなりました。「さすがに高すぎる」と感じる人も多いでしょう。しかし米国では、2つの理由で「高すぎる」という評価に至っていません。

1つ目の理由は、スマホの販売方式の変化です。米国の大手キャリアはすでに販売奨励金のモデルから月々の分割払いもしくはリース契約へ移行しており、iPhone Xであっても月々50ドル程度からで利用でき、1年後には最新モデルに乗り換えることができます。7プラスの月々の支払いが40ドルだったとすれば、Xがそこまで大幅な値上がりとなるわけではありません。

もう1つは、アメリカが完全に「スマホ社会」となったことで、スマホに対する投資余地が拡大したことです。2011年に筆者は東京からサンフランシスコ近郊のバークレーに引っ越し、ちょうど6年が経過しました。この6年間は、米国経済がリーマンショックから立ち直り景気が拡大する中で、スマホによって社会が大きく進化した期間でもあります。あらゆる社会問題が、スマホとそのアプリによって解決されてきたのです。

特にインパクトを与えたのは「移動」です。「ウーバー(Uber)」や「リフト(Lyft)」はアメリカ人の都市生活における基本的なアプリとして認知され、クルマ社会においてクルマを持たないライフスタイルを実現しました。「イェルプ(Yelp)」や「オープンテーブル(OpenTable)」はレストランの質を向上させ、席がいっぱいでディナーにありつけないことはなくなりました。「スクエア(Square)」はカード決済を個人商店にまで普及させ、アップルペイは高いセキュリティを決済にもたらしています。

スマホ社会は、スマホを活用してそれまで米国社会が諦めてきた「実現可能性」を担保する社会であり、移動・食・決済などの確実性の担保に続いて、健康や医療、教育、安全保障などが担保されていくことになるでしょう。

ライフスタイルにおけるスマホの重要性が高まることは、すなわち、スマホへの投資を押し上げ、1000ドルのiPhoneが受け入れられる土壌を作り上げました。そうなるよう働きかけてきたのは、ほかならぬアップルであり、アップルの時価総額が米国企業でトップをうかがう存在となっていることが、何よりの証拠です。

 

アップルの全方位戦略

アップルのビジネスの6~7割はiPhoneの販売によるものです。2017年の年末に向けて、アップルは5層のラインアップを完成させました。999ドルのiPhone Xを頂点に、699ドルからの8シリーズ、549ドルからの7シリーズ、449ドルからの6sシリーズ、そして349ドルからのSEです。

iPhone X発売前に発表された2017年第4四半期決算で、このラインアップの完成度の高さを物語るデータが現れました。8シリーズの1週間の販売を含む3カ月のiPhone販売台数は4670万台と、前年同期比から微増しています。

調査会社「キャナリス(Canalys)」は、その機種別の内訳データを発表しています。8シリーズは合計で1180万台を販売しましたが、それ以上に売れていたのは7で1300万台。この数字は世界のスマホ市場における単一機種で首位となります。第2位もアップルの6sで790万台です。

価格を下げた旧モデルが販売されていくことは、アップルが売上高を2倍に伸ばそうとしているサービス部門に直結します。先進国で最新機種を求めない人や、新興国でのユーザ増加につながり、iPhoneそのものの利幅は小さくなりますが、アップストアでの売上が上昇するからです。サービス部門の売上は、米国に大企業の1つの基準となる「フォーチュン100(Fortune 100)」企業に匹敵する規模に成長しています。

一方、iPhone Xのような高付加価値の製品の存在は、平均販売価格の維持に役立ちます。販売台数のうえでは同じ1台のiPhoneですが、XはSEより650ドルも販売価格が高い。650ドルという金額は、長らく用いられてきた最新のiPhoneの価格と等しいもの。これまでの決算でもっとも高いiPhoneの平均販売価格は700ドル弱の水準でした。iPhone Xの販売が含まれる2018年第1四半期決算(2017年10~12月)で、iPhoneによる売上高が販売台数以上に大きく上昇しても、なんら不思議ではないのです。

アップルは世界的なスマホ市場の低成長の中で、販売台数、平均販売価格の双方を高く維持する体制を整えました。「スマートフォン市場はまだ成長する」と語っていたティム・クックCEOの新しいiPhone戦略も、出発点に立ったばかりなのかもしれません。