教育・医療・Biz iOS導入事例

亀田メディカルセンターがiPhoneを導入

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

地方の私立病院が直面する経営の困難。常に最先端の取り組みをしながらこれを乗り越えてきた病院がある。「亀田メディカルセンター」。医療関係者であれば誰もが知るこの病院が、この度約400台のiPhoneを導入した。決して安くないコストを投じてまで、このような改革を進める理由とは。同院に赴き、その理念に迫った。

 

 

IP化で通話品質を徹底検証

目前に広がる一面の海。通り沿いにはいかにも南国然とした木々が植えられている。ここはリゾート地…ではなく、ある病院の玄関口の風景。千葉県鴨川市にある亀田メディカルセンターだ。

亀田総合病院をはじめとしたこの病院グループは、周辺の地域医療の中核であり、研修医の研修先としても人気である。有名医師のヘッドハントや世界に先駆けて電子カルテを導入するなど話題に事欠かず、医療関係者ならばその名前を一度は聞いたことがあるであろう有名病院だ。

この亀田メディカルセンターが、スタッフに対してiPhoneの導入を始めている。本連載でも過去に東京慈恵会医科大学へのiPhoneの導入事例などを紹介したが、地域病院の場合はどうか。取材のために東京から同院に向かった最初の感想は、「遠い」だった。

都心から高速バスで2時間半、特急電車なら2時間。アクセスの良さが医師確保の点で大きなメリットになる医療の現状において、この立地は明らかに不利ではないか。このようなハンデを追っていても、同院が存在感を示し続けられる理由──今回のiPhone導入には、その戦略が垣間見えた。

同グループのCIO(最高情報責任者)である中後淳氏によれば、現在導入しているiPhoneの台数は約400台。きっかけは従来の院内電話システムのIP化だった。このIP化により、これまで電話回線を使用していた内線・外線・ナースコールは、PC同様にLAN回線で接続され、音声はデバイスを介してデジタル化される。

このIP化にあたり、同院ではほかに類を見ない検証を行った。2014年と2016年の2回、通信機器の性能チェックをしたのだ。その結果、通話の品質はデバイスの性能に左右されること、さらに、PHSや各種スマートフォンを比較した結果、iPhoneがもっとも通話品質が良いことがわかったという。

「一刻を争う事態が起きる医療現場では、通話品質が極めて重要です。聞き返している余裕がないこともありますから。検証では、iPhoneの電波を捕まえるアンテナと、それを音声データ化するエンジンが、PHSや他社のスマホと比べて圧倒的に優れていたのです」(中後氏)

一方で、通信キャリアとの契約の内容によっては、大きなランニングコストがかかることも予想される。院内電話システムは外部との通話が頻繁にあるわけではないため、通常の契約では採算が合わない。そこで、iPod touchなどの導入も検討しているそうだ。

同院は並行して個人のデバイスの業務利用を許可するBYODの方針をとり、このうち7~8割がiPhoneユーザだ。「すでに普及しているデバイスを導入することで、病院からデバイスを支給する場合も、その利用方法の教育にかかるコストを削減できる」と中後氏はいう。

 

 

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千葉県南房総にある医療法人鉄蕉会・亀田総合病院は、亀田メディカルセンターの中核を担う病院だ。高度専門医療から介護福祉まで、網羅的に地域医療を支えている。【URL】http://www.kameda.com/

 

 

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医療法人鉄蕉会のCIO(最高情報責任者)である中後淳氏(左)と、糖尿病内分泌内科部長の小川理医師(右)。iPhone導入の背景や同院が持つビジョンを語ってくれた。

 

 

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亀田総合病院では、通話品質を徹底検証した結果、iPhone400台を導入し、医療現場への適用を行った。現在は事務職を中心に運用されているが、将来的にはナースコールと連動するなどの構想がある。

 

 

地方の私立病院特有の事情も

ただし、現在は事務職中心で、医療職種への本格導入には至っていない。中後氏によれば、理由は「費用対効果と通話安定性」であるという。Wi-Fi環境と通話アプリの品質を医療現場の要求水準まで高め、3年後を目標にiPhone導入を推進していく。

「現行システムと金銭的に差がなくなれば、機能が優れているデバイスを使わない理由はありません。将来的にはナースコールとiPhoneを連動させたい。“一番近くにいるスタッフ”や“呼んだ患者さんを一番よく知っているスタッフ”など、今は人が介しているところを、システムで自動的にマッチさせれば、これもコスト削減につながります」

一貫して「費用対効果」にこだわる同院。そこには、病院経営を巡るシビアな事情もあった。地域医療を担い、全国から人材の集まる同院でも、経営の面では「かなりギリギリのところで勝負しないといけない」(中後氏)という。ある意味で、私立病院は「守られていない」といえるからだ。

「私立病院は赤字が出ても、公的病院のように一般会計の繰出金から補填してもらえることはありません。病院単独で黒字にしなければ経営していけない。不採算部門を閉じるのは簡単ですが、それはこの地域の医療の崩壊を意味します。亀田にはこの地域の医療を守る使命があり、そのために経営改善は必須です」

同院はもっとも重篤な状態の患者に対応する三次救急病院であり、小児科や産婦人科なども網羅している。これらの診療科は特に赤字になりやすいが、それを同院やグループ全体として解消するためには「力を入れるべきところには力を入れ、ムダなコストは削減する」という意識の徹底が必要になる。

「働き先としては勝手に人が集まるような場所ではありません。だからこそ、我々は常にカッティングエッジ(最先端)であり続けなければいけない。これまで認知度の高い状態でいられたのも、常に新しいことに取り組み、同時にそれを持続可能にするための努力をしてきたからです」(中後氏)

 

医療者が協力してアプリを改善

同院では、iPadやアップル・ウォッチも導入している。糖尿病内分泌内科部長の小川理医師が試験的に取り組む「ザ・ダイアリー(The Diary)」を使った研究もその一環だ。これは自宅や出先でも健康状態を記録、把握することができるアプリで、iPhoneやアップル・ウォッチで取得した患者のデータを、医療関係者がiPadで確認することができる。

この研究では、40~70代の糖尿病患者10人について、アップル・ウォッチを介して活動量を、iPhoneを介して食事の写真や血糖値を、それぞれ医療者が把握できる。これらは糖尿病に直接影響する「高血糖」の状態を防ぐために必要なデータで、「客観的なモニタリングは、より良い治療につながり得る」と小川医師はいう。

もちろん、課題もある。活動量データは自動的に転送されるが、血糖値データはザ・ダイアリーとIoTの血糖値測定器が接続されておらず、読み上げによる入力に留まる。また、食事の写真は、同アプリでは撮影しにくく、別途撮影したものを同アプリにアップロードする流れだという。患者がアクションを起こすことが増えるほど、患者の医療への協力度が下がってしまうのは、よく知られていることだ。活動量・血糖値のデータについては協力度は高いが、写真については、やはり抵抗のある患者も少なくないそうだ。小川医師も「“おもしろそう”なだけの研究では、意味がない」という。

「医療分野の先端技術の中には、“こんなことができる”ということをベースに作られてしまうものがあります。でも、それが臨床の現場で役立つかはまた別の話です。だから、私たちがするべきなのは、さまざまな可能性のある先端技術を使ってみて、それを開発者にフィードバックすることだと思います」(小川医師)

同時に、小川医師は「医療現場にはまだまだ、技術によって効率化できる余地がある」という。たとえば、前述の活動量や血糖値のデータも、病院で計測した場合には、一度は紙に書き込んで、それをさらに電子カルテに転記する、という作業が生じる。このような二度手間、三度手間を削減していくことは、同院の方針にも適うと中後氏。

「医療現場には、未だに一般の方のイメージと大きなギャップがある。もちろん安全性が第一なので、新しいことを取り入れにくいというのが理由です。最新機器などは高額で、なかなか手が出ないという事情もあります。しかし、それでは我々のような病院は生き残れない。常にチャレンジしなければいけないのです」(中後氏)

新しい取り組みと費用対効果の両立。その結果、選ばれたのがiPhoneだったというのは、医療分野に関心を示すアップルのプロダクトが、今後どのように現場に入り込むのかを考えるうえで示唆的でもある。これから医療がどう変わるのか、この地方病院の飽くなき挑戦を通して、その未来の姿を想像してみたい。

 

 

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シンプルかつ直感的な操作性でヘルスケア情報を収集するiOSアプリ「The Diary」。インテリジェント音声入力機能を搭載し、ほかアプリからのシームレスなデータ統合を目標にしている。医師側は管理者版である「The Diary CarePro」を使って患者のデータを管理している。

 

 

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The Diary

【開発】The Diary Corporation
【価格】無料
【場所】Mac App Store>ヘルスケア/フィットネス

 

 

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The Diary CarePro

【開発】The Diary Corporation
【価格】無料
【場所】Mac App Store>ヘルスケア/フィットネス

 

 

亀田メディカルセンターのココがすごい!

□iPhone導入前に、徹底した通信品質の調査を実施
□費用対効果にこだわり、地域医療を維持
□新しい取り組みの一環でiOSアプリ「The Diary」を利用



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