生徒の世界を広げるために「自前iPad導入」|MacFan

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生徒の世界を広げるために「自前iPad導入」

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

教育者である以上、追求すべきは“未来を生きる子どもたちのためにできること”。可能性を秘めた子どもたちのためにも、教育とテクノロジーの融合を学校で体験させたい。自前のiPadを公立中学校に持ち込み、「本物の体験」を提供し続けるのがADEの中村純一教諭だ。

 

 

 

Apple Distinguished Educator
中村純一教諭

佐賀市立大和中学校英語科教諭。パソコン部を担当。道徳教育推進教員、教育情報化推進リーダー。“for the kids, for the future”の言葉を自身の教育信条に掲げ、未来を生きる子どもたちのためにできることとして、自前で6代のiPadを購入。少しずつ増やしながら、iPadを授業や部活動で活かす。持ち前の語学力を活かし、海外の教育者との交流が多いほか、韓国語も話し、同国の教育事情にも詳しい。2015年にADEに認定。ADE Academyでは、イラストやSTEAM関連のワークショップも担当。

 

 

公立中学で自前のiPadを活用

アップルが毎年夏に開催する「ADE Academy APAC」は、アジア太平洋地区でADEに選ばれた教育者が一同に集まるカンファレンスだ。シンガポールやオーストラリアなど毎年開催場所を移して大規模に行われており、日本からも多くのADEが参加している。

2017年は京都で開催された。その大舞台で、ADEとしての想いを語る「ADE Culture」のステージに唯一の日本人プレゼンターとして登壇したのが、佐賀市立大和中学校の中村純一教諭だ。持ち前の語学力を活かし、ADEの魂である4A(Trusted advisors, Passionate advocates, Authentic authors, Global ambassadors)について、自身の取り組みを交えながら熱く語った。

…と、こんな風に切り出せば、誰もが中村教諭はアップル製品に囲まれたICT先進校の先生だと思うだろう。しかし、実際は違う。中村教諭が在籍するのは公立中学校であり、ほかの先進校と比べると、決してICT環境が充実しているわけではない。

ところが同教諭は、そうした環境を“仕方ない”で終わらすことなく、未来を生きる子どもたちのために何かできることはないかと、自前で購入したiPadを授業や部活動に活かしている。最初は6台だったiPadの台数も徐々に増やしていき、ほかの教師にも自身のiPadを貸し出し、ICTを取り入れた授業支援も積極的に行っているというのだ。

「ICTは教育活動を充実させるツールだと捉えています。しかし、その良さを実感するためには、生徒も、教師も、まずは実際に触ることが大切で、そうした機会を提供できればと思い、取り組んでいます」と中村教諭は語る。

アップル製品は、中村教諭のこうした想いを裏切らず、テクノロジーのすごさや楽しさをどんな人にも体験してもらいやすい。

「iPadは、タブレットを渡したらすぐにトライ&エラーをできる感覚が良いと思います。生徒たちに“先生、どうしたらいいですか?”を言わせず、直感的な操作で、クリエイティブなものを作れるのが良いですよね」(中村教諭)

ちなみに、大和中学校では中村教諭のiPadを触ったことがきっかけとなって、自身で新たに端末を購入し、授業や部活動に活用する教師もいるという。iPadだけでなく、ICT関連の相談をよく受けるという中村教諭だが、教育とテクノロジーの融合を実現していくためには、相手の課題を解決したり、わからないことに耳を傾けたり、地道なコミュニケーションが大切だというのだ。

 

 

2017年11月4日、韓国で開催された教育カンファレンス「EDUCLOUD WORLD CONFE RENCE」の様子。中村教諭は基調講演に登壇し、ここでもADEの魂である4Aについて熱く語った。4Aとは、「Trusted advisors(信頼できるアドバイザー)、 Passionate advocates(熱心な提唱者)、Authentic authors(真の執筆者)、Global ambassadors(グローバルな大使)」を意味する。中村教諭は、これら4つのADEの役割に深く共感し、日々の教育活動でも意識しているという。

 

 

生徒たちにもADEと同じ体験を!

中村教諭は、中学校でどのような取り組みを行っているのだろうか。英語の授業においては、動画を用いた英会話の練習が多いという。たとえば、対話文の片方を動画に撮影し、生徒はそれを見ながらもう一方の対話文を練習するといった具合だ。また、4択クイズ早押しアプリ「カフート(Khoot!)」を用いて簡単なクイズも行う。「正解するだけじゃなく、速さを意識して回答するのが良いですね」と中村教諭は話す。

ほかには、電子書籍アプリ「iBooks Author」を用いたマルチタッチブックの教材づくりにも力を入れている。英単語の隣に音声データを加えたり、英会話の動画を差し込むなどマルチメディアを効果的に用いて、生徒が主体的に学べる教材を追求しているというのだ。この活動は、ADEの精神にもある「4A」のひとつ、「Authentic authors(真の執筆者)」を意識しており、自身の取り組みを積極的に公開するというADEの役割を実践している。

中村教諭が受け持つパソコン部では、同教諭の幅広い知識と経験がさらに活かされている。「自分がADEの活動を通して経験したことと同じものを、生徒たちにも還元したい」と話す中村教諭は、さまざまなデジタル制作を活動に取り入れる。パソコン部を見学した日は、そのひととおりを生徒たちが紹介してくれた。

まず目を引いたのは、iPadで制御可能なドローンやロボットを使ったプログラミングだ。生徒たちは中学に入ってからプログラミングを始めたというが、熱心に取り組んでいる様子が伝わってきた。また、オリジナル絵本制作アプリ「ピッケのつくるえほん」を用いたデジタル絵本の制作、「iMovie」による動画編集、「ガレージバンド(GarageBand)」を使った音楽制作など、その活動は多岐にわたる。ほかにも、アップルストア福岡天神へフィールドトリップに行き、動画編集のワークショップを受けるなど学校外にも活動を広げる。

中村教諭の興味深いところは、パソコン部といえど、プレゼンテーションの指導に力を入れていることだ。デジタル作品やプログラムを“作って終わり”にせず、人に伝えることを重要視している。そのため、普段の活動でもプレゼンの練習を行っており、練習の一部を披露してくれた。中村教諭がランダムにお題を与えて、生徒はそれに対して、1分以内でプレゼンするというゲーム感覚を交えた練習であるが、プレゼンターの立つ位置、ジェスチャーなど細かな指導を行うという。こうした努力が積み重なり、中学生ながらに佐賀県高校生プレゼンテーション大会に登壇し、オープニングアクトとして発表するなど成果につながっている。

 

 

中村教諭が自作したマルチタッチブックの教材「名詞の複数形」の一部。電子書籍アプリ「iBooks Author」を用いて、動画や音声、練習問題などを取り入れたわかりやすい教材を作成。テキスト中のイラストもすべて、中村教諭がiPad ProとApple Pencilを使い、お絵かきアプリ「Paper by fifty-three」で描いた。中村教諭は普段からノートのまとめやデッサンをこのスタイルで行うことが多く、「iPad ProとApple Pencilの組み合わせは最強」と語る。

 

 

本物の体験をしてほしい

中村教諭が自前のiPadを学校に持ち込んだり、テクノロジーを用いた多様な活動を部活動に取り入れるのには、自身の幼少期の原体験が関係しているという。子どもの頃に、スーパーカーが欲しいと父親にねだったところ、中村教諭の父親はショッピングセンターに行ってベニア板を購入し、本物そっくりのスーパーカーを作ってくれたそうだ。

「父親が作ってくれたスーパーカーは実際に走らなかったものの、本物そっくりに再現されていて、とても感動しました。あの感覚を味わったからこそ、本物を与えることの大切さを実感しているのです」と中村教諭は語る。同教諭がテクノロジーにこだわり、iPadを触ってほしいと願うのも、実物に触わって、“すごい!”と思ったことがある者にしかわからない体験があるからだ。そして、その体験こそ、今の子どもたちが将来を生きるために必要で、未来を切り開く原動力になると信じている。「彼ら彼女らが大人になったときに、中学生の時にやったことを思い出し、自分の世界を広げるきっかけになってほしいですね」と中村教諭は語る。

 

 

パソコン部は全員で22名。取材当日は、マグネット式電子工作キット「LittleBits」の新たなキット「DROID INVENTOR KIT」で作った「R2-D2」をiPadでプログラムし、ドラえもんを描こうと頑張ってくれた。ほかにも空中回転させるプログラムを組み込んだドローンを披露するなど、さまざまな活動を紹介してくれた。また、統計グラフポスターコンクール(パソコンの部)や、ネットの安全・安心ポスターコンクール動画部門などで多数の受賞経歴を持つ。

 

中村純一教諭の取り組みをもっと知りたい方へ

(1)名詞の複数形 the plural

【場所】iBooks>テキストブック

中村教諭がまとめた、中学校1年生に向けた名詞の複数形の導入段階で使用する想定のマルチタッチブック。5~6人程度のグループに1台iPadがある想定で、それを利活用して、学習を進めるときに使用するのをすすめている。先生向けに、同様のマルチタッチブックの作り方も掲載している。

(2)Ideas and tips with less than 10 iPad devices

【場所】iBooks>教育

「ADE Institute 2016 in Berlin」で日本、韓国、ポーランドから参加した5人のADEメンバーのiPadの活用方法をまとめたマルチタッチブック。学校にiPadがあまりない状況において、どんな実践ができるのかを話し合いながら、それぞれのメンバーで執筆している。

 

 

品田健氏のココがすごい!

□環境が充実しているわけではない公立中学校で自前のiPadを持ち込み、授業や部活に活かす。
□アプリや動画などを効果的に用いて生徒が主体的に学べる教材を追求。
□部活動において「人に伝えること」を重要視し、プレゼンテーションの指導に力を入れる。

 

 

Apple Distinguished Educator(ADE)
Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。