教育・医療・Biz iOS導入事例

iPadで見つける子どもたちの成長と心の声

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

手が動く限り、目が動く限り、人は何かを表現し伝えることができる。肢体不自由のある子どもたちが多く在籍する埼玉県立熊谷特別支援学校で、iPadを手がかりに子どもたちの声に耳を傾け、さまざまな表現の形を与えていく内田考洋教諭の姿を追った。

 

 

 

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Apple Distinguished Educator
内田考洋教諭

埼玉県立熊谷特別支援学校 教諭。専門は美術。肢体不自由の子どもの特別支援教育に9年間携わり、その間にiPadやスイッチ教材などICTを活用した教育を多数実践する。2014年に埼玉大学での1年間の研修をきっかけにICT教育の取り組みをさらに広げ、2015年にADEの認定を受けた。その後も第一線で活躍するADEとして、AppleのWEBサイトでも紹介されている。

 

 

子どもの「できる」を増やすには

内田考洋教諭がiPadを特別支援教育で使い始めたのは、進行性の障がいのある生徒を担任していたときのこと。生徒の身体の動きが失われ、活動のほとんどが受け身になってしまうのを目の当たりにする中で、“少しでも主体的に活動する面白さを思い出してほしい〟、そんな思いに駆られたという。

「身体は動せなくても、彼はいろいろなことをわかっています。性格も明るい子で、もともと表現する喜びを知っていました。それを忘れずにいるために何かできることはないかと考えました」

最初に試みたのが、手作りのスイッチ教材だ。わずかな手の動きでも反応するスイッチを作り、彼がそれを押せば好きな音楽や慣れ親しんだ教員の声が聞こえるようにした。その後、iPadに外部スイッチを接続して操作できる装置を手作りし、iPadを学習に取り入れた。

「とにかく彼の反応を引き出したい一心でスイッチの試行錯誤を重ね、iPadに触れられるようにしました。すると、ものを見る機会が増えたせいか、表情が生き生きとしてきたのです。彼の見る力も向上した手応えがありました」

「小さなことに思われるかもしれないが、このような子どもたちの成長を見つけられたとき、この仕事のやりがいを強く感じる」と内田教諭は語る。たとえば、障がいの重い子どもでも、iPadの画面をプロジェクタで投影すればものを見たり、スイッチを使えば接続したものを動したりできるようになる。

「ICTやiPadは、子どもの〝できる〟を増やすための有効なツールであり、教師はそれを1つでも多く実現するために効果的な環境を用意することが重要だと考えています」

 

 

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自作するスイッチの材料は、CDケース、印鑑ケース、発泡スチロールとさまざま。子どもの状態や学習内容に合わせて変更や改良を加える。そのどれもに並々ならぬ創意工夫が見られる。

 

 

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アシステック社の「i+padタッチャー」にスイッチをつけたものでiPadを操作する生徒の様子。手元のスイッチで電子書籍のページをめくっている。こうした行為が「できる」ことは、生徒の主体的な学びにもつながる。

 

 

単なる導入では意味がない

内田教諭が教える熊谷特別支援学校ではこれまでも、子どもたちの自立につながるICT活用が積極的に進められてきた。同校にiPadが導入されたのは、平成25年のこと。県のインクルーシブ教育推進事業の一環として予算が設けられたことがきっかけで、現在は18台のiPadエアが稼働している。自分のデバイスを持ってくる子ども増えてきた。

iPad導入当時、情報推進委員長という立場にあった内田教諭は、多くの教員がiPadを使うことが重要だとして、校内自主講座を開き、授業実践集を作るなどして積極的な利用を促した。また保護者に対しても、研修会や体験会を開くなど、ICT活用の普及に尽力した。

しかしその一方で、「いくらICTやiPadが有効であっても、価値ある教育活動を行うためには、単にそれを使えるだけでは足りない」と考えた。〝何のために使うのか〟を明確にできなければ、その効果を十分に発揮することは難しい。

そこで内田教諭は、特別支援学校で使用されている「認知発達や運動発達のアセスメント」の項目とICT活用を絡めることで、子ども一人一人の発達段階に応じて、どのような狙いでICTを活用するのが望ましいかを整理し、具体的な実践例と合わせてどの教員にもわかるように示した。

たとえば、国語の授業では「見る力」や「聞く力」といった項目がアセスメントにある。それらを指導するにあたって、まず1人1台iPadを使って物語の読み聞かせを行い、次にその物語世界をICTで疑似体験するという授業のシナリオを作った。子どもたちがキャラクターに扮した教員とやりとりをする中では、iPhoneやiPadで操作するボール型のロボットトイ「スフィロ(Sphero)」が大活躍だ。光るスフィロを冒険のアイテムに見立て、物語を進める。こうした1つ1つの行動をアセスメントの項目に当てはめて、学習とICT活用の関連性を明確にしていった。

「学習目標と連動した実践例を示すことで、教員同士が何のためにICTを活用するのか、共通理解を持って教育活動を行うことができます」

子どもたちからしても、ICTを用いた授業では、自分たちが表現できる場とともに、人に見てもらい褒めてもらう機会が増える。結果として、自信をつけることができ、それが学習意欲の向上にもつながっているという。

 

 

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絵の具をつけたSpheroをiPadで動かすことで、巨大な絵を描ける。内田教諭は長年、iPadで子どもたちの創造性を豊かにできるという信念を持ち続け教育活動を行ってきた。iPadにSpheroなどを組み合わせることで、教材としての可能性が広がり、さまざまな子どもの指導に活用できる。

 

 

「心が見える」独自アプリを試行中

今年度になり、生徒が自らiPadを使って学習するための指導に力を入れている内田教諭。まだ実践は少ないというものの、新たな領域に挑戦している。

美術では導入や前回の振り返りに、iMovieで製作した映像を見せるようになった。

「iMovieは簡単に動画の編集ができるので、授業準備がとても楽になりました。生徒たちの興味も引きやすいです」

また、生活単元学習では、カメラのズームを使って蚕を観察したり、タイムラプスで眉を作る様子を撮影したりしている。ほかにも個別学習では、音声入力機能を使った発音の練習や、ページズ(Pages)での作文に挑戦したりするなど、精力的にiPadを活用している。

そして今、内田教諭の取り組みの中でもっとも興味深いのは、明確な表出が難しい生徒を対象にアップルウォッチを活用して心拍変動を記録することで生徒の実態把握に役立てるという試みだ。

人は外界からの刺激に注意を向けたり能動的に受け止めたりする際に、一瞬心拍数が下がるという研究結果がある。生徒の心拍数の変動を知ることで、その生徒にとって主体的になれるものは何かを見極められると考えた内田教諭。見た目にはわかりにくい生徒の反応を知る手段を広げるため、心拍変動と活動の様子を記録する仕組みを作ろうと試行を重ねた。

その中で生まれたのがアップルウォッチを装着した生徒のリアルタイムの心拍数と、一定期間の変動を示したグラフ、カメラで撮影した生徒の様子をiPad上で表示・記録できるアプリ「iPadハートレート(iPad Heart Rate)」だ。このアプリの開発・実験は、米国のADEと協力しながら進められている。昨年ベルリンで開催されたADEアカデミーで内田教諭が発表を行った際、その内容に米国のADEが興味を持ったことがきっかけで開発が始まった。

今後、特別支援教育にもプログラミングを取り入れていきたいと語る内田教諭。

「プログラミングで学ぶ思考は、特別支援学校の子どもたちにも大変有効な内容だと思っています。これからは、コーディングと美術など自分のフィールドをつなげる形で活かしていきたいですね」

 

 

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心拍数と活動の様子を記録できるiPadアプリ「iPad Heart Rate」。心拍変動に関する研究結果をもとに、どんな働きかけをすればその生徒が能動的な状態になるかを心拍数を記録したグラフを見ながら見極めていく。アプリの開発は、米国のADEで大学教授のJim Moore氏と、その学生Joe Reisigl氏が担当。内田教諭の取り組みに共感し、アプリ開発の援助を申し出てくれたという。また日本のADEでインターナショナルスクールの教諭である箱根かおり氏も支援に入る。教員同士が国を超えて互いの取り組みに賛同し、新たな実践につながることがADEの魅力だと内田教諭は語る。

 

内田考洋教諭の取り組みをもっと知りたい方へ

(1)『子どもたちの創造を豊かにするアイデア集』(左)

iBooksストア >特別支援教育

内田教諭が作成したiTunes Uコンテンツ。図工や美術の授業における造形遊びなどの取り組みを、実際の授業風景、生き生きとした子どもたちの様子とともに紹介。

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(2)『iOS for AT』

iBooksストア >テキストブック

同じく特別支援学校にて教員を務める稲田健実氏との共著で、支援機器としてのiOSデバイス活用がまとめられている。本稿で紹介した「i+padタッチャー」と自作スイッチの活用方法についても、詳しい解説がある。 

 

 

内田考洋教諭のココがすごい!

□手作りのスイッチ教材を使って、障がいのある子どもたちのiPad学習を実現。
□指導要領に沿って、個別具体的なICTの活用方法を整理し、他の教員とその知見をシェア。
□Apple Watchを活用した独自アプリを企画・開発。自己表現の難しい子どもの実態把握に取り組む。

 

 

Apple Distinguished Educator(ADE)
Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。



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