県内の学校に研修を出前、「日本の教育」を足元から変える|MacFan

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県内の学校に研修を出前、「日本の教育」を足元から変える

文●佐武洋介

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

学校の教師以外にも、“教育者”は数多く存在する。Apple製品を使って先端的な教育を行う「Apple Distinguished Educator」の1人である大分県教育庁の土井敏裕氏に、現在推進中の教育改革について話を聞いた。

 

“出前”した研修は初年度70件

4カ年の中期教育計画「大分県教育情報化推進プラン2016」を策定するなど、子どもの情報活用能力向上からICTデバイス・インフラの整備、組織の編成まで、教育情報化を意欲的に進めている大分県。その中で、さまざまな教育改革に関する施策に着手しているのが、大分県教育庁で指導主事を務める土井敏裕氏だ。

 

 

Apple Distinguished Educator
土井敏裕氏

小学校教諭を経て、大分県教育庁の教育財務課情報化推進班で指導主事を務める。数多くの研修、セミナーによる効果的なICT教育の啓蒙、県と市町村をリンクさせたICTデバイス・インフラの構築、教育情報化のための組織作りなどを積極的に推進。2015年にADEの認定を受ける。氏が中心となって進める「ICTスマートデザイナー育成事業」においても、Apple製品が利活用されている。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

土井氏は、日本で活躍する「アップル・ディスティングイッシュド・エデュケーター(以下ADE)」の1人でもある。ADEとは、アップルが認定する教育分野のイノベーター。2年に一度募集が行われ、教育現場での仕事に従事していること、Mac、iPadなどアップルのデバイスやコンテンツを使った教育を実践していることなどの応募条件がある。

ADEの認定を受けるためには、実践している教育内容を動画にまとめて提出し、審査に通ると該当する地域(日本は「アジア・太平洋地域」)でのインスティテュート(研修)に参加する。土井氏は2015年のインスティテュートに参加し、ADEに認定された。ここで得たものが、現在土井氏が推進する教育改革に大きな影響を与えているという。

土井氏が大分県教育庁に異動したのは、約4年前。当時、大分県ではタブレットなどのICTデバイスを導入したいという学校や施設が増えてきており、特別支援学校にはすでにiPadの導入が行われていた。それまでiPadはおろかMacも使ったことがなかったという土井氏だが、その効果的な利活用について日々研究に励むようになる。

「タブレットを使ったことがない先生たちが授業でどのように活用するか、という“絵”を描く際には、実際に触ってみるのが重要だと思いました」

土井氏は16台ほどのiPadをスーツケースに収め、導入を考えている学校に出向いて研修を行った。教師たちの反応は上々で、初年度で70件ほどの研修をこなしたという。このような経験を重ねることで、ICTを使って“よい授業”を生み出すためのノウハウが蓄積され、必要なデバイスやインフラ、コンテンツの選定などが進んで、土井氏の推進する教育情報化に向けた環境整備が行われていった。

大分県職員である土井氏が直接整備に関われる教育機関は県立高校のみだ。大分県の県立高校では、すべての普通教室に電子黒板機能付きプロジェクタとスクリーン、アップルTV、教師は1人に1台、生徒はグループに1台のiPadを導入する方向で進めており、昨年度から順次実施している。小・中学校では市町村の枠組みで整備が進められていくが、数多くの出前研修やセミナーなどを通じて、土井氏の持つノウハウが効果的に共有されている。

 

 

2016年度から、県立高校のすべての普通教室にICTデバイスが導入され始めた大分県。その内容は、電子黒板機能付きプロジェクタとスクリーン、アップルTV、教師は1人に1台、生徒はグループに1台のiPadとなっている。

 

 

学校ごとに研修もカスタマイズ

土井氏が中心になって進めている出前研修や各種セミナーは年々規模が大きくなっており、2016年には17自治体、約400校を対象に、計91回の出前研修を行ったという。出前研修で行われる「ICTを活用した授業づくり」や「情報モラル・セキュリティ」の内容は、出向く学校に合わせて構成される。この内容は、すべて学校ごとに土井氏が考えているとのことだが、ここにADEで得たものが活かされているという。

「ADEのインスティテュートから帰ってきて、参加する前に作成していた研修メニューを全部作り直しました(笑)。伝える内容が変わったのでなく、伝え方のレベルが上がったような感じですね」

土井氏の手による_伝わりやすい_研修は、本年度も活発に行われる予定だ。ICTデバイスの活用研修やプログラミング教育体験研修、自治体の推進リーダーのための研修など幅広い内容が、対象学校に合わせて展開されるという。

 

 

土井氏が行う研修は管理職研修のほか、各学校に合わせたプログラムを直接出向いて行う出前研修、ICTスマートデザイナー研修など多岐に渡る。写真は、ICTスマートデザイナー研修でのiPad活用コース(上)とプログラミング教育体験(下)の様子。

 

 

授業づくりの先駆者を育てる

教育ICTを推進する際は、単にデバイスやコンテンツの導入、インフラの構築を行えばいいというわけではない。ICTを効果的に活用するためのノウハウを蓄積し、授業に取り入れる際の課題や解決方法などを模索することが重要となる。それを実践するために土井氏が推進しているのが、「ICTスマートデザイナー育成事業」だ。

これは、小・中・高の校種を問わず、スマートフォンやタブレットなどのICTデバイスを使った授業づくりの先駆者となる授業デザイナーを育成する事業で、メンバーは各市町村から選出される。「タブレット端末を活用した新しい授業デザイン」、「ICTデバイスを取り入れた教室環境デザイン」、「校内、市町村内での広がり」といったミッションが用意され、選出されたスマートデザイナーは各市町村における教育情報化推進のリーダーとして活躍していくという。

大分県教育庁の指導主事である土井氏が、県だけでなく市町村を含めた幅広い教育改革を推進しているのには、ADEのインスティテュートが大きく影響しているという。

「小学校の教師だった頃には、『いいクラス、いい学校、いい地域』の実現を目標にしていました。県の教育庁に来てしばらくは明確な目標が持てなかったのですが、ADEの研修に行って、日本の教育の遅れをはっきりと認識できました。それで、自分の視点が『日本の教育』に変わったんです。今では、大分県から日本の教育を変えるためには何をすればいいのかという視点で、さまざまな事業を進めています」

土井氏の進める教育改革は、子どもの学力向上ではなく、10年後にしっかりと生活できるための情報活用能力の育成だ。「子どもたちが何を身につければいいのか」→「そのためにはどんな授業が必要か」→「それを実現するために必要なICTデバイスは何か」という逆算方式でICTの活用方法が構築されている。そこでは直感的に使えること、使いやすいアプリが揃っていることなどの理由から、アップル製品が活用されている。

こうしたADEは全国各地におり、優れた提言を行いながらアップル製品を活用した教育実践を日々展開している。当連載では、今後も彼らの取り組みに注目し、その声をお伝えしていく予定である。

 

 

ICTスマートデザイナーに認定された教育者たちは、公開授業を行うことでその知見をほかの教師たちと共有する。写真は、小学校3年生の社会科の公開授業の様子。子どもたちは、社会見学で学んだことをiPadでプレゼンにまとめ、Apple TVを介してスクリーンに投影、発表を行った。

 

土井敏裕氏の取り組みをもっと知りたい方へ

(1)『教員向けiPad活用研修』  iTunes U >教育指導
土井氏が作成したiTunes Uコンテンツ。教員が授業にiPadを活用するうえで必要な知識・技能を習得できるよう設計されている。iPad導入校での研修の際に活用する。

(2)大分県授業デザイン研究会
https://cdra-oita.jimdo.com/

(3)みちづくり 
https://michitsukuri.jimdo.com

 

土井敏裕氏のココがすごい!

●“よい授業”を生み出すため、県内の学校・施設にICTデバイスの積極的な導入を図る。
●学校ごとに課題はさまざま。個別具体的なICT研修を行っている。
●教師の仕事は授業をデザインすること。ICTを活用し、授業の新たなカタチをつくり出せる人材を育成。