教育・医療・Biz iOS導入事例

“フルカスタマイズサービス”を目指す老舗ホテルのiPad活用

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

ホテルでのiPad導入は珍しくなくなった。フロントや客室にiPadが利用されている例は多い。ホテル龍名館では、裏方である清掃スタッフがiPadを利用して業務管理をしている。バックヤードのIT化を進める理由はどこにあるのだろうか。

 

増える訪日外国人への対応

2016年の訪日外国人数は、約2400万人。毎年20%以上の成長ぶりで、今年4月までの速報値は伸び率16・4%とやや鈍り始めているものの、マレーシア、インドネシからの伸び率が50%超えと高い。そして、2020年がやってくる。ホテル業界では今、増加する訪日外国人客への対応が逼迫した課題となっている。

そうした背景の中、iPadをフロント業務に活用するホテルが東京にある。創業119年目の老舗ホテル「龍名館」が展開する「ホテル龍名館お茶の水本店」と「ホテル龍名館東京」だ。特に、ホテル龍名館東京は成田空港や羽田空港へのリムジンバスの停留所が目の前、東京駅八重洲北口まで徒歩3分という最高の立地にあり、訪日外国人客が後を絶たない。

 

 

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龍名館は、明治32年に創業した由緒あるホテルで、ミシュランガイド東京2017にも掲載されている。他のホテル・旅館に先駆け、2013年に宿泊者向けiOSアプリ「Ryumeikan」の無料提供を開始するなど、積極的にITの利活用を行っている。【URL】https://www.ryumeikan-tokyo.jp

 

龍名館では、2015年9月から宿泊客に記載してもらうレジストレーションカード(宿泊台帳記入)を、従来の紙ベースのものからiPadへと変えた。iPadのレジストレーションカードは日本語、英語の2言語に対応しているほか、予約サイト経由で申し込んだ宿泊客の名前や住所などが記入されている状態になっているため、利用客は専用のペンでサインをするだけで済むなど使い勝手が良い。また、これまで宿泊客が紙に記載した内容をパソコンに入力する作業の一部がなくなり、フロントの業務軽減につながっている。

訪日外国人が利用するホテルでは、このような顧客接点の部分でiPadをはじめとするITを利活用することが当たり前になってきているが、龍名館ではその他の部分でもホテルのIT化を推し進めている。フロント業務用の7台のiPadに加えて、16台のiPadを客室清掃用に活用することで清掃業務の効率化を図っているのだ。

ルームメイキングをIT化

ホテル龍名館東京の客室は全135室、約20名の清掃スタッフがいる。従来は各フロアに1枚ずつの一覧表を用意し、これを廊下の清掃ステーションに配置して作業管理を行っていた。客室に宿泊客がいないこと、「Do not Disturb(部屋に入らないで)」の札がかかっていないことを確認してから、清掃すべき客室を割り出し、清掃チーフがどの客室を優先すべきかの指示をスタッフに出す。清掃が終わると客室内のテレビシステムから報告し、清掃チーフはバックヤードにあるモニタで完了状況を一覧で見て、次に優先すべき客室を指示していくという流れだ。

「清掃スタッフ」と聞くと部屋の掃除だけを行うだけのようにも聞こえるが、その仕事内容は多岐にわたる。清掃に加え、ベッドメイクやアメニティなどの備品の確認、補充。さらには浴衣や加湿器、ズボンプレッサーなど、宿泊客からリクエストのある備品も用意しなければならない。客室ごとにやるべきこと、確認すべきものは異なるため、決して通りいっぺんの掃除をすれば終わりという業務ではない。

これを紙ベースで行っているときは、特に清掃チーフの作業負担が大きかったという。バックヤードのモニタで全体状況を把握するのだが、全客室の清掃状況を確認できるモニタは館内に1台しかなく、チーフは自分の持ち場とバックヤードを往復する必要があった。

しかし、紙の作業表をiPadに置き換えたことで業務効率は大きく改善された。清掃チーフが一人一台携帯しているiPadは基幹システムのデータと連動しているため、そのフロアの客室一覧が表示される。到着予定は何時か、それとも滞在中なのか、出発予定なのか、出発済みなのか、個別のリクエスト備品は何かなどが一目でわかる。在室中であるか、Do not Disturbであるか等の情報は、追加入力して共有することができる。清掃チーフはスタッフを各フロアに効率的に配置できるほか、清掃スタッフも各フロアの清掃ステーションにあるiPadで、各部屋の状況をリアルタイムかつ手元で把握することが可能だ。

また、顧客の細かな要望に関しては特記事項として手書きのメモを添え、チェックインの前倒しなど緊急の依頼には無線を使い伝達していたが、それらの業務をフロントのシステムを通じて一元管理できるので、フロントと清掃員の業 務効率化と伝達ミスの軽減にもつながったという。さらに清掃中に忘れ物を発見したときはiPadに手書きで入力すれば、すぐに客室番号と内容がフロントに伝わるので顧客へ即座に連絡することができる。

「清掃スタッフへのiPad導入によって、ホテル龍名館お茶の水本店とホテル龍名館東京で、1日約1時間分の作業時間軽減につながりました」(株式会社龍名館・広報部 山口沙織氏)

 

 

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株式会社龍名館広報部・山口沙織氏。バックヤードの業務効率を上げて、生まれた余裕を宿泊客に向けたフルカスタマイズサービスに振り向け、龍名館ならではのサービスを提供したいと語る。

 

 

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清掃スタッフは、各フロアに置いたiPadを見て、どの客室から清掃すべきかを判断する。完了をタップすることで、チーフはどこにいてもリアルタイムで作業の進行状況が把握できる。

 

 

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iPadの清掃レポートは、手書きレポートと同じ感覚の画面構成になっている。しかし、無線で受けた変更を手書きで修正するのと、リアルタイムで情報が自動更新されるのでは大きな違いがある。

 

 

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「清掃」と言っても、宿泊客のリクエストに応じた備品を用意する必要もあり、ただ掃除だけをすればいいわけではない。ルームメイキングと言ったほうが理解しやすい。また、忘れ物を発見した場合は、備考欄に手書き入力することで、すぐにフロントに情報が送られ、素早い対応ができる。

 

 

目指すのはフルカスタマイズ

ホテルには、宿泊客からさまざまな要望が寄せられる。以前、ある宿泊客から「風船を数十個送るので、膨らませて宿泊する部屋に飾ってもらえないか」という要望があったそうだ。友人にサプライズを贈りたいのだという。これは無理なリクエストだろうか。山口氏はそうではないと言う。

「内容次第ですが、私たちはできる限りお客様のご要望にお応えしたいと思っています。フロント業務と清掃業務のIT化はあくまで第一歩に過ぎません。今後は実務のデジタル化をさらに推し進め、それによって生まれた時間的&心理的な余裕を、お客様一人一人に寄り添ったサービスの向上につなげていきたいと考えています」

龍名館が目指しているのは、顧客へのフルカスタマイズサービスだ。食べ物のアレルギーの有無により食事内容は変わってくる。赤ちゃんがいるかどうかで、客室内に必要な設備が変わってくる。ビジネス旅行か、休暇旅行かでも、客室内の設備は違ってくる。宿泊客の肌質、髪質によって、バスルームのアメニティも異なる。そのすべてにきめ細かく応えていくことで、それぞれの宿泊客にとって最高のサービスを提供していきたいと考えている。

龍名館のIT化は、業務効率改善が目的だ。しかし、その先にあるのはコストダウンや人件費圧縮ではない。スタッフの負担を軽減し、余裕を生み出すことで、人にしかできない質の高い、龍名館にしかできないサービスを提供することである。だからこそ、宿泊客の目につくところのIT化を進めるのではなく、業務改善効果の高いバックヤード業務のIT化も同時に進めているのだ。

 

 

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2015年9月からレジストレーション(宿泊台帳)もiPad化している。日本語、英語の2言語に対応している。宿泊台帳アプリは、基幹システムと連動しているため、宿泊客の到着時には、名前住所などの基本情報は、すでに自動入力されている。宿泊客は、内容を確認し、手書きでサインをするだけでいい。

 

龍名館のココがすごい!

●フロントだけでなく、清掃スタッフもiPadを活用。
●コストダウンではなくサービス向上のためにiPadを導入。
●最終的な目的はホテルサービスのフルカスタマイズ。



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