Apple小説「バイバイ、Mac」|MacFan

アラカルト Tales of Bitten Apple

Apple小説「バイバイ、Mac」

文●藤井太洋

第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。

イラスト/灯夢(デジタルノイズ)

 

いつも怪しげな依頼をもってくるトビー早志(はやし)に、久しぶりにランチをおごるよ、と言われてついていったのが間違いだった。タクシーに乗せられて行った先はスワンナプーム国際空港のビジネス・アビエーションターミナルだった。

言われるがままにパスポートを出し、出国手続きを済ませたおれは、滑走路脇に佇むエンブラエル社のビジネスジェット、リネージュに連れていかれた。

レンタルしたらしい質素なビジネスジェットのキャビンには、金髪の若い男性が座っていた。ビジネスジェットに似合わない、襟のほつれたジャンパー姿の男はおれの顔を見て、テーブルに焼け焦げたMacBook Proを載せた。

おれのジーニアスだった経験はそのマシンをタッチバーをはじめて搭載したモデルだと告げたが、出た声は違った。

「このロゴ……」

男はおれの目にしたものを見下ろして、ふっと笑顔を浮かべた。

「世界を変えたサービスです」

MacBookに貼ってあったロゴは、漏洩情報(リーク)を公開するメディアの砂時計アイコンだった。

おれはミニバーの冷蔵庫を開けてワインを選んでいるトビーを睨んだ。

「お前、こんな奴らとつるんでるのか」

トビーは抜き出したボトルを渋い顔で見つめながら言った。

「話を聞いてからにしてくれよ。なあ、ジョバンニさん」

名前を呼びかけられた金髪の男はトビーに頷いてからおれに顔を向けた。

「世界を変えたのは事実でしょう。イラク戦争の去就に大統領選、アメリカの諜報活動。他に事例が必要ですか?」

黙り込んだおれの方に、ジョバンニはMacBookを滑らせた。

「これはボランティアのマシンです。どうです、興味はありませんか?」

「いや、ぜんぜん」

席を立ったおれはよろけてしまった。

飛行機が動き出したのだ。なぜかバランスを崩さずにワイングラスを載せたトレイを差し出してきたトビーが笑った。

「お客様の中に、ジーニアスはいらっしゃいますか、というやつだ」

「そういう冗談は好きじゃない」

おれがトビーを睨むと、ジョバンニは唇を引き締めて言った。

「笑える話だったらどれほどいいことかと思います。新品のMacBookは用意しました。マカオまで三時間の飛行です。その間にデータを吸い出してください。アカウントはFileVaultで保護されていると聞いています。こちらの解除もお願いします」

おれは柔らかなソファーに身を埋めて、トレイからグラスをとりあげた。

「無理かもしれんよ」




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