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Game Changer_Appleの戦略的提携はニッポンのビジネスシーンを変えられるか?

Cisco×Apple 「Fast Lane」提供連携の意味するところ●ニッポンのモバイル事情

文●山縣智宏佐武洋介牧野武文編集部写真●黒田彰編集部

2015年、アップルは世界最大のネットワーク機器メーカー、シスコシステムズ(以下シスコ)との提携を発表した。その提携主旨は「iOS法人ユーザにFast Lane(ファストレーン)を提供する」というものだ。ファストレーンとは「優先車線」といった意味。では具体的にiOSデバイスとシスコのネットワーク・ソリューションは我々に何をもたらしてくれるのだろうか。

提携で実現“ファストレーン”

シスコシステムズ(以下シスコ)は世界最大のネットワーク機器メーカー。機器の製造販売だけでなく、クラウド管理ネットワーク製品「シスコ・メラキ(Cisco Meraki)」、などのソリューションの提供、また導入コンサルティングや保守サポートまで、企業ネットワーキングを多角的に支援している。

アップルとシスコは、2015年8月に提携を発表した。その眼目であるファストレーンとは「優先車線」という意味。今では、ビジネスユーザがiOSデバイスを業務で利用する光景は日常的になったが、プライベートと共用していることも多い。また、社外でのネットワーク環境も公衆Wi─Fiなどを利用することも多く、ビジネスで利用するには、速度面とセキュリティ面の不安が残されている。この課題を解決するのがファストレーンだ。つまり、iOSデバイスからビジネスコミュニケーションをするときに、途切れることなく、快適な速度の通信環境を提供する。

この“優先車線”を構築するには、iOSデバイスだけでは不可能、ネットワーク機器だけでは不可能、アップルとシスコとの提供連携が不可欠だった。

シスコの鎌田道子氏はこう話す。

「私たちは、お客様のデジタルトランスフォーメーションの支援をミッションにしています。アップルのような法人ユーザのカバレッジが高い企業との提携は両社にとってメリットがあり、理に叶った提携だと認識しています」

この提携によるユーザメリットは次のとおりだ。1つは「最適なネットワーク環境」。社内にエアロネット(Aironet)、メラキなどのシスコのネットワーク機器を使った場合、iOSデバイスからの通信環境はビジネスに最適なものになる。そしていくつかのアプリがすでに提供済みだが、特に後述するコラボレーションアプリ「シスコ・スパーク(Cisco Spark)」が、ユーザの働き方を大きく変える可能性を秘めている。

ITによる変革を阻むもの

iOSデバイスは、まず個人ユーザから浸透した。その中から、自分の業務にiOSデバイスを活用する人たちが現れ、それに応えるかのようにクラウド、SNSという革新的なサービスが登場してきた。今日では、どのような業務であっても、ネットワークとモバイルデバイスを使わないということは考えられなくなっている。

「そのような経緯があるため、1つのデバイスの中にビジネスとプライベートが混在してしまっています。この2つはきちんと分けるべきで、特にビジネスでは通信速度、接続性、セキュリティが担保できる環境が必要です」

もちろん、それはビジネス用とプライベート用にiPhoneを2台持ちするというような話ではない。1台できちんと分離することが必要だ。シスコはこのような考え方を大企業だけでなく、日本のSMB(中堅・中小企業)にも広めようとしている。

「SMBの場合、コンシューマー向けのWi-Fiルータを使ってビジネス環境を構築している例がとても多いのです」

一般的なWi-Fi環境では、ビジネスとプライベートを切り分けるという機能は備えられていないので、ビジネス利用をする場合に支障が生じる。たとえば、飲食店チェーンなどで来店客向けにWi─Fi環境を提供し、同時に従業員も業務利用している場合。まず、最大の問題はセキュリティの不安。もし悪意ある来店客がいたら、簡単に業務データが傍受されてしまう可能性は高い。次が通信速度問題。あるユーザが重い動画ストリーミングをした場合、帯域が圧迫され、業務に必要なIP電話やWEB会議などの通信が滞ってしまうことがある。

「弊社のWi-Fi機器とiOSデバイスを組み合わせがあれば、ビジネス通信だけを優先することができます」

これがファストレーンだ。

鎌田氏は、中小企業のビジネストランスフォームが加速しない理由の1つは、ビジネス向きではない通信環境にあると指摘する。

「SNSやクラウド、コレボレーションツールなど、業務に有用なツールが今では多く存在します。しかし、それを実際に使ってみたときに、接続が切れる、データが漏洩したという悪い体験を一度でもしてしまうと、業務では使えないということになってしまいます。私たちは変革の基盤となる質の高いネットワークを提供することで、お客様に“いい体験”をしていただき、それが働き方の変革につながっていくことを目指しています」

IP電話やビデオ会議といったリッチ・コミュニケーションツールが、仕事の現場でもきわめて有用なことは誰もが理解している。

「でも、実際にはまだまだ活用されているシーンは多くありません。それはなぜでしょう?」

一度使ってみて、“悪い体験”をしてしまっている可能性は高い。

「そこを変えたいのです。今では規模の小さな企業であっても、海外の企業とアライアンスを組んでプロジェクトを進めるというのは当たり前のことになっています」

 

 

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ビジネスを変えるシスコとアップルの3つの連携レイヤー層。アプリ層とiOSデバイス層ではOSレベルでの緊密な開発連携を図り、ネットワーク層ではビジネス品質を担保できる通信環境を提供していく。

 

 

モビリティが中心になっていく

ファストレーンは、ごく簡単にいえばビジネスアプリの通信データを優先して流す仕組みだ。優先すべきアプリが何かは、MDM(モバイルデバイス管理)で指定する。指定アプリの通信はすべてが優先されるため、iOSデバイスはビジネス用の通信データを優先して送受信するようになる。

一方で、シスコの無線LAN機器もビジネス用の通信データを優先して送受信するようになる。たとえば、企業内である従業員が業務に関係のない動画サイトを視聴していても、優先度の高い役員や顧客とのビデオ会議の通信が滞ることはない。帯域が限界に達したときは、優先されない通信から速度が低下していく。

「道路の幅を広げるわけではありませんが、渋滞をしていても緊急車両を優先するようなイメージです。ファストレーンは私たちにとっては当たり前の考え方なのです。たとえば金融機関のネットワークにおいては、金融データを扱うミッションクリティカルな業務アプリ等を優先するように設計します。シスコが従来からずっと培ってきたQoS(サービス品質)の考え方をSMBの世界にも広げていきたい」

さらに、ビジネスの現場を大きく変えそうなのがWi─Fiローミングの機能だ。IP電話やビデオ会議は、会議室やデスクに縛られて行うものだろうか。現状はまだそうかもしれないが、途中でモバイルデバイスを持って社内を移動しながら通話を続けたいことはよくある。特に店舗、工場、倉庫といった場所ではそのようなニーズが強い。その際、デバイスはAP(アクセスポイント)から次のAPへと切り替えながら通信を続けようとするが、多くの場合、この切替時に切断、速度の極端な低下を招いてしまう。この切替をスムースに行い、通信を途切れさせないのが高速ローミングの機能だ。これはローミングの際に利用可能なAPにやみくもに接続するのではなく、iOSデバイスとAP間の位置やAPの負荷状況を考慮し、もっとも最適なローミング先を選択、接続する機能だ。さらにAP間で暗号化キーを共有することでクライアントの再認証に必要な時間を大幅に短縮することもできる。これらは国際標準規格IEEE 802・11R/K/Vに定められており、オープンな相互接続性も考慮されている。

朝9時に出社して1日デスクに座って5時退社。そんな昭和的な働き方は多くの企業でなくなろうとしている。場所と時間から自由になり、ワークライフバランスと生産性の高い働き方を目指すようになった。だが、私たちをデスクに縛りつけている最後の理由が通信チャンネルだ。有線でないとネット接続できない、無線でもデスク周辺のAPを外れることができない。今回の提携はこの最後の縛めを解き放とうとしている。

「我々は高品質なネットワーク環境を今まで提供してきました。しかし製品が高機能であるがゆえに専門管理者が必要であったり、価格が大企業向けになってしまっていたことも自覚しています」

しかし、大企業だけではビジネスの現場は変わらない。シスコは今、SMB向けにも快適な通信環境を提供し、ビジネススタイルを変えていこうとしている。そのために、必要な機能に絞り、低コストにし、専門技術者でなくても扱える製品群を提供している。モバイルITによるビジネスの変革は、大企業から身近な中小企業にそのステージを移そうとしている。

 

 

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シスコはビジネスにおけるネットワーク・インフラに最適な通信品質を提供するために、アップルとの提携を行い、まだ提携から1年足らずにもかかわらず、そのユーザメリットを日本のSMB市場にも広げ始めた。

 

 

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シスコシステムズ合同会社
鎌田道子

 

 

【Sparkの利点】
Cisco Sparkは無料アプリでApp Storeからダウンロード可能。ビデオ通話が同時に3人までという制限ぐらいで、ほぼフル機能が使える。有償版はSparkにCisco WebExなどの他のサービスが組み合わせられている。

 

【Sparkの利点】
当然ながらSparkはシスコのビデオ会議(や、WEB会議)システムと相性がいい。会議室に設置した大画面システムでビデオ会議を行っている最中に、ビデオ通話をiOSデバイスのSparkに移し、そのまま部屋を出て会議に参加し続けることができる。

 

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