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Game Changer_Appleの戦略的提携はニッポンのビジネスシーンを変えられるか?

Appleとモビリティ、これまでとこれから●ニッポンのモバイル事情

文●山縣智宏佐武洋介牧野武文編集部写真●黒田彰編集部

2014年から米アップル社は、iOSをあらゆる規模のビジネスで浸透させ、従業員がiPhoneやiPadで最高の体験を得られるようにするために、世界のリーダー企業とパートナーシップを組み始めた。一方で、日本の商習慣は他国と比べ特殊な側面があり、テクノロジーの利活用においてもグローバル仕様がそのまま日本企業にマッチすることはほとんどない。長きに渡りアップルの国内ビジネス市場を牽引した人物はこの現実をどう捉えていたのか、寄稿いただいた。

世界に名だたるテクノロジー企業とアップルとの提携について言及する前に、まずは日本におけるこんな事情から話を始めたい。

「iPadを導入したが、業務への活用方法がよくわからない…」

企業のIT担当者からこんな相談を受けることは珍しくない。近年、会社利用としてiPhoneやiPadといったiOSデバイスを選定する企業は増えつつある。目的は業務効率化だが、多くの場合、未だその使い道は外出先でのメールやネット、スケジュール管理などに留まっており、業務効率化の目的に最大限寄与しているとは必ずしもいえない状況だ。

 

成功事例に学ぶ「共通点」とは

とはいえ、iPhoneが日本で発売されて8年、iPadも6年が経過した。自社業務への活用方法をしっかり見い出し、業務改善に役立てている事例は国内でも枚挙にいとまがない。このあたりで参考になるケーススタディは、Mac Fanのサイトやマイナビニュース(欄外参照)が詳しい。

ある小売業では、現場スタッフがiOSデバイスを積極的に活用している。スタッフは顧客に対し、iOSデバイスを利用して商品の詳細情報や在庫情報の提示を行う。また、iOSデバイスをPOSレジとして利用することで、顧客をレジに並ばせることなく、その場で決済処理を行えるようになる。いずれも業務効率化やサービス向上につながるだけでなく、繁忙期のレジ待ちや在庫確認中の顧客の待ち時間を緩和し、商品販売の機会損失の回避に寄与している。

この企業ではiOSデバイスを研修のツールとしても積極的に活用している。現場では、接客業務の間に季節毎の新商品の入れ替えやオペレーションの変更などさまざまな業務をこなしながらも、限られた時間内に多くのことを学ばなくてはならない。そのため、スタッフは時間や場所に制限されることなく研修を受ける必要が生じるわけだが、その意味でもiOSデバイス利用は非常に効果を発揮する。また、文字だけの教材に比べて、音声や動画を使った教材はとてもわかりやすく、理解度・習熟度にも大きく影響する。一方、企業側はデジタル化したコンテンツの利用で、スタッフの理解度や目的達成度を数値で把握することができるため、学習の定着率を高めることにも貢献している。

フル活用のカギはどこにある!?

企業がシステム導入を検討する際は、多くの場合IT部門主導のもと、管理オペレーションや運用ルールの策定が行われる。iOSデバイスをシステムの一部としてみなした場合も同様のプロセスが必要だ。しかし、残念ながらこの検討プロセスにおいて現場スタッフのニーズが反映されることはめったにない。IT部門はリスクマネジメントの観点から、iOSデバイスの利便性よりも管理や運用、セキュリティへの対応などについて優先的に考慮し、結果として導入が見送られるケースも多い。IT部門の最大の課題は、主にTCO(Total Cost of Ownership)の削減やユーザへの提供サービスの品質維持と向上、そしてシステムの安定稼働である。そのため企業にとっては、見えないリスクの想定が必要なiOSデバイスの導入は、消極的になりがちなのである。

企業の経営層が業務効率化を期待し、トップダウンで導入検討を進めるケースも見られるが、そのプロセスを管理部門に渡した瞬間から管理オペレーションや運用ルールの策定に追われ、主である活用方法が見出せなくなるケースも少なくない。

iOSデバイスの活用を促進させるためには、既存のIT環境やPCインフラをベースにした従来のシステム中心のアプローチではなく、現場のユーザが自分の働き方に即した最適なシナリオ(働き方)を考えたうえでプロセスを進める「業務特化型」の導入方法が必要不可欠だと考えられる。IT部門はその活用シナリオを踏まえたうえで、その働き方に最適な管理・運用ルールを作っていくことが成功のカギとなるだろう。

誰のための使いやすさなのか?

すでにおわかりだと思うが、PC上で利用しているソフトウェアをそのままiOSデバイス上に移植すると操作性が著しく異なるため、使い勝手はかなり悪い。はっきりいえばそのまま使い続けることは生産性の低下につながる。PCソフトはPC用に最適化されており、iOSデバイスには最適化されていない。つまりは、iOSデバイスの優位性であるUI/UXを考慮する仕組みに最適化されていない。iOSデバイスをフル活用するためには、アプリケーション(以下アプリ)の存在が必要不可欠なのである。

アプリにもっとも重要視されるのが、UI(ユーザインターフェイス)とUX(ユーザエクスペリエンス)だ。iOSデバイスにおける双方の位置づけは、単なる画面デザインや操作感ではない。利用するユーザが見て、使用用途と方法が直感的に理解できる要素を提供することがUIであり、利用するユーザに使いたいと思わせる要素を提供することがUXである。いい換えれば、ユーザに心地よい体験をしてもらうために、使いやすさ・使い心地のよさをデザインすることである。そのうえで、いかにユーザにとって使いやすいアプリを設計できるかが重要なのだが、残念ながら企業ではここを軽視される場合が非常に多い。

あるアプリ開発会社では、開発を請け負う際には担当するエンジニアを一定期間、依頼先の企業内で社員と同様の業務を体験してから開発を請け負うのだという。その企業の業務スタイルや環境、普段の接客の様子などスタッフの働き方を自身で体感することで、デバイスを利用する際の手の動きや操作など、細部に至るまでユーザの業務をアプリに反映することができる。結果、ユーザのことをよく理解し、要望、ニーズ、必要なアイテムをきちんと分類でき、開発者本位のアプリではなく、ユーザ視点でのアプリ(=働き方の最適化)提供ができるのである。「誰にとって心地よい体験なのか」を理解することは、ユーザがiOSデバイスを活用するにあたって非常に重要な要素となる。

 

 

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Apple Earnings Call、Wall Street Journalで公開されている情報から推測すると、MPP(モビリティ・パートナー・プログラム)のソリューションラインアップは、IBMやSAP(エスエイピー)でカバーできない幅広い業務やさまざまな規模のビジネスに対して、(アップルが)アプローチを考えていると思われる。そしてシスコとの提携は、この概念図でわかるとおり市場全体をカバレッジしている。なお、MPPは現在世界中で120社以上のパートナーと提携を結んでおり、中には日本企業も含まれている。

 

 

業務のための、iOSデバイス

独自性と自社開発を真っ先に考える企業担当者が多いと話を聞くが、前述のようなUI/UXに優れ、十分に業務利用可能なアプリは、個人ユーザに限らず、企業ユーザでもアップストアを通じて簡単に入手し利用することができる。しかしながら、個人ユーザとは利用基準の異なる企業ユーザにとっては、アプリの選定方法やIDの管理など検索性や利便性を追求した場合、企業利用のプラットフォームとしてはまだまだ発展の余地があるだろう。今後のアップルには企業ユーザのニーズ考慮にもいっそう期待したいところだ。

さて、ここまで見てきたとおり、成熟しつつある個人向けのiOSデバイス環境とは異なり、業務用途においては未だ成長段階ではあるものの、それを取り巻く環境は徐々に変化しつつある。最近では、iOSデバイスは得意のエコシステムを活かし、さまざまなレイヤーのエンタープライズ先駆者のソリューションとコラボレーションすることで、企業にとっても継ぎ目なく統合したエンタープライズ環境を設計しつつある。その1つが今回テーマにしているネットワークインフラである。えてして人も企業も目に見えることに注目してしまいがちだが、継ぎ目なく統合した環境基盤の構築はエンタープライズのみならず、日本の中小企業にとっても肝要な話だ。

現在アップルが進めているiOSデバイスのビジネス提携は、やがて皆さんの業務を革新することにとどまらず、従来のプラットフォームでは実現しえなかった新しい働き方を提供し、実現するものになるであろう。

 

 

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MPP国内ベンダーの1つ、クレメンテック社が開発を進めている業務用アプリのクラウド・アグリゲーションシステム「Radical Port」。異なるベンダーのアプリを購入する手間は、管理者にとってもユーザにとっても苦労が伴う。本システムはアプリ購入を含む資産管理のみならず、従業員がシングルサインオンですぐにアプリ使用を開始できる。

 

 

【CASESTUDY】
Mac Fan Webサイトの「教育・医療・Biz」、マイナビニュースの「事例に学ぶiPhone/iPad活用術」では数多くのユーザ事例が無料で公開されている。

 

【山縣智宏】
本稿を執筆した山縣智宏氏は、2016年までApple Japan合同会社でエグゼグティブコンサルタントとして従事した人物。企業・官公庁を中心に、モバイルのセキュリティ対策やiOSデバイスを通じた働き方改革の提案を行っていた。

 

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ニッポンのモバイル事情
2014年、アップルは矢継ぎ早にエンタープライズ・テクノロジー企業との提携を発表。その1つ、Ciscoとの提携が今回のテーマだ。

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