ベンチャー精神とiPadで創り出す新しい教育のカタチ|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

ベンチャー精神とiPadで創り出す新しい教育のカタチ

文●神谷加代

教育の現場におけるアップル製品の最新導入事例をレポート。

良質な探究型学習を目指して

“地方から新しい教育を提案したい”

そんな想いを原動力に、鳥取で先進的な教育に取り組む学校がある。青翔開智中学校・高等学校(以下、青翔開智)だ。同校は都市部との教育格差に悩む地方都市にありながら、少人数教育、探究型学習、グローバル教育、オンライン英語学習、ICT活用、プログラミングなど、次々に先進的な教育を実施している。教職員の平均年齢も33・9歳と若く、新しい挑戦を恐れない。ベンチャー精神が宿る青翔開智には、トップ経営者、起業家、教育関係者などファンも多く、全国から視察者が増え続けている。

青翔開智は2014年に開校した男女共学の私立中高一貫校だ。2012年から学校の設立準備に着手し、あらかじめ用意された答えがない課題に取り組む「探究型学習」の実践を教育方針やカリキュラムの主軸に置いた。これからの生徒に必要な21世紀型スキルを伸ばすためには、教室の中で大学進学を目指す学習に注力するのではなく、生徒の知的好奇心を揺さぶり、主体的に取り組めるアウトプット型の学習が重要だと考えたのだ。

そのため青翔開智では、校舎のデザインやICT整備など学校づくりの準備段階から、質の高い探究型学習を実現するために学校はどうあるべきかを考えてきた。同校の設立から関わる織田澤博樹副校長は、次のように語る。

「探究型学習では、生徒がさまざまな情報を調べたり、議論や発表したりするシーンが多いと考えました。そのため、校舎の壁面を書棚にし、校内の至るところにホワイトボードや可動式の家具を配備して、探究型学習に取り組みやすい環境を整えました。“図書館の中に学校がある”イメージですね」

またICT整備については、開校時からiPadの1人1台体制を導入した。充実した探究型学習を行うためには、オンライン上で協働作業をしたり、ネットの情報を活用することが重要だと考えたからだ。現在、青翔開智では中1から高校3年まで約200台近くのiPadが稼働している。

 

 

青翔開智の校舎は、図書館の中に学校があるイメージ。校舎の中心には、ラーニングセンターと呼ばれる吹き抜け空間が設けられ、それを囲むように各教室を配置。校内のあらゆる場所に本棚、ホワイトボード、可動式の家具、プレゼンテーション用モニタが配備され、生徒たちはいつでも議論したり、発表したりと、主体的な学習に取り組める環境が築かれている。全館無線LAN対応。

 

 

織田澤博樹副校長/チーフプランナー(左)と社会科の栁大地教諭(右)。教員は全員、校務用パソコンとしてMacBookプロやMacBookエアを利用。生徒がiPadで作成したデータのやりとりを考慮し、アップル製品を校務用マシンに選択したという。

 

 

生徒の自立を支えるICT活用

青翔開智の探究型学習とはどのようなものか。同校では中1から高2まで「探究ロードマップ」を設け、①クリエイティブ探究(中1~中2前期)、②アカデミック探究(中2後期~高1前期)、③パーソナル探究(高1後期~高2前期)という3つのフェーズに分かれた探究活動に取り組んでいる。

最初は、ブレインストーミングや情報収集などプランニング講座からスタート。その後はデザイン思考を使った課題解決型の職場体験を実施したり、中2後期からは“プレ大学”と称して、大学の研究室で行う活動を先取りして論文にも挑戦する。最後は探究型学習の集大成として、自分が研究したいテーマを選び、課題に取り組んで論文に仕上げるというものだ。

「こうした学習を実現していくためには、1クラス40人は厳しい。学校設立時から少人数制を導入したのは、質の高い探究型学習を提供したいと思ったからです」

たとえば、中学1年生が最初に取り組むクリエイティブ探究では、“鳥取市に魅力的なテーマパークを創ろう”といったテーマのもと、グループで協力しながらアイデアを出し、形にしていく。その具体化も重視しており、市場調査、ユーザ行動観察、収支計画などを行い実現可能な答えを見つける。最終的にチームで考えた提案内容を発表、優秀なチームは企業に出向いてプレゼンを行う機会も設けるという徹底ぶりだ。

「探究型学習の意義は、生きる力をつけるというところにあります。“地元・鳥取に帰っても仕事がない”と諦めるのではなく、そこで課題を見つけ、仕事に変えていけるような自立心ある生徒を育てたい。そのことは、学校の地域貢献にもつながると考えています」

こうした探究型学習を支えているのが、図書とICTの活用だ。ICTでは生徒が持つiPadをメインツールとし、グーグルの教育機関向けソリューション「Gスイート(G Suite for Education)」を使用する。具体的には、同サービス内の授業支援ツール「クラスルーム(Classroom)」でほかのグループの内容を共有したり、「グーグル・スライド」を使ってプレゼン資料を作成したりといった具合だ。Gスイートであれば複数人が一度に同時編集できるため、役割分担をしながら進める探究型学習に使いやすい。

また、学校共有パソコンとしてクロームブック(Chromebook)も使用している。スライドを細かく作り込んだり論文を書くにはキーボードのないiPadでは不十分との提案を、生徒の側から受けたことにより導入に至った。Macも候補に挙がったが、コスト面でクロームブックを選択したという。

物理キーボードの必要性については、多くの教育機関がデバイス選択時に悩む課題であるが、取り組む学習内容や目的によって、生徒の使いたいデバイスが変わることも視野に入れておくべきだろう。

 

 

青翔開智の探究型学習は、生徒自身がゼロベースで研究したい課題を見つける。どんな研究テーマがよいか、アイデア出しの際は模造紙や付箋を使って行う。最後は、付箋の読み取りが可能なiOSアプリ「Post-it® Plus」を利用してデジタルとして保存し、生徒同士で共有を図る。

 

 

“鳥取市に魅力的なテーマパークを創ろう”という探究型学習に挑戦した中学1年のグループは、海で釣った魚を食べられるレストランを企画しビジネスプランにまとめた。ターゲット層や初期費用、月々の経費などを算出し、店舗デザインは大人気ゲーム「マインクラフト(Minecraft)」を用いて具体的に提案した。マインクラフトは近年、世界的にも協働学習やSTEM教育の分野で教育的利用が始まっているが、青翔開智では生徒の側から「外国でマイクラを使った授業があるので自分たちも使いたい」と意思表示があったという。

 

 

青翔開智では、グーグルが教育機関向けに提供しているソリューションのGスイート(旧:Google Apps for Education)をメインツールとして活用している。プレゼンの際は、グーグル・スライドを利用し、グループでページごとに役割分担をしながらスライドを作成するという。事前に紙に手書きでプレゼンの筋道を立てるなど、じっくり考える時間を作ることも大切にしている。

 

 

教師は学習のコーディネーター

青翔開智では、普段の授業においてもICTを多く活用している。社会科を受け持つ栁大地教諭は、グーグル・アース(Google Earth)や世界の国名と位置を覚えるアプリ「あそんでまなべる世界地図」を使うなど、これまで紙で行っていた暗記作業にiPadを活用している。

「視覚情報をICTで補うことで、知識の定着率も良くなったと感じています。なにより、生徒自身が楽しんで取り組めることがメリットですね」

ほかにも、動画教材などが好評だという。わからない部分を何度も見直すなど、生徒が自分のペースで学習を進められる点がその理由だ。

「自分は教師ですが、生徒に“教える”という発想はありません。これからの教師は学習のコーディネーターになることが大切だと考えています。一人で学習ができる生徒には、どんどん先へ進める環境を用意し、一人でできない部分を支えることが重要なのです」

iPadの導入は、ただそれだけで先進的な教育を創り出すものではない。青翔開智の取り組みから感じるのは、iPadの活用をとおして、教育に対する自由な発想や新しい学びへの挑戦を生み出すことこそが重要だということだ。学校設立3年目、若手教師集団が率いる青翔開智のこれからに大いに期待したい。

 

 

普段の授業でもiPadを多用している。中学校の英語では「オンライン・スピーキング・トレーニング」(株式会社ベネッセコーポレーション、写真左)、高校は「Native Mind™」(タクトピア株式会社)といったサービスを導入し、ネイティブ講師と1対1やグループで英語を話す機会をiPadで作っている。ほかには、中1社会でグーグル・アース、中学の技術ではプログラミングツール「スクラッチ・ジュニア(ScratchJr)」(写真下)を使用する。