専用アプリマーケットがトヨタグループのIT活用を促す|MacFan

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専用アプリマーケットがトヨタグループのIT活用を促す

文●牧野武文

株式会社トヨタデジタルクルーズは、トヨタ自動車グループ専用のアプリマーケット「D.e-Mart」を開設した。トヨタ自動社グループ会社それぞれが独自に開発してきたアプリ開発のムダをなくし、良質なアプリとの出会いの場を提供することでグループ企業のIT利用を促進していく。

マーケット開設でジレンマを解決

今や、ビジネスをするうえで、モバイルアプリを使わないという状況は考えられないぐらい、iPhoneやiPadは企業内で活用されている。しかし、一方で、情報システム部の負担は日増しに大きくなっている。その負担の1つが、最適なアプリ/サービス探しだ。

特にエンタープライズ用の業務アプリは、新聞雑誌などのメディアで紹介される機会も多くなく、積極的に展示会などに足を運んで情報収集をしなければならない。手間暇をかけて、適切なアプリを発見したとしても、多くの場合、自社ビジネスに活用するためにはカスタマイズが必要となる。であれば、ゼロからアプリ開発企業に制作させたほうがいいということになりがちだが、今度は、莫大な開発費の予算確保が大きな問題となってくる。

このジレンマを解決したのが株式会社トヨタデジタルクルーズの「D.e-Mart(ディ・イー・マート)」だ。これは簡単にいうと、トヨタ自動車グループ内限定のアップストア(App Store)のようなものだ。

 

 

株式会社トヨタデジタルクルーズ(http://www.d-cruise.co.jp)は、トヨタグループの情報通信ネットワークの企画・構築・運用をはじめとして、グループ各社の通信ネットワークシステムを構築・ 提供する。

 

いうまでもなく、トヨタ自動車グループは巨大だ。約4000社のグループ関連企業があり、従業員数は合計で数十万人にもなる。エンタープライズ用アプリマーケットを開設しても、十分に意味がある規模だ。トヨタ自動車およびグループ各社や関連企業は、オールトヨタイントラネットを利用して情報共有を行っている。D.e-Martもこのイントラネット経由でアクセスする。

トヨタデジタルクルーズは、トヨタグループの通信インフラの運営管理を行っている。D.e-Martの事業を始めるきっかけになったのは、グループ各社で類似したアプリを別々に開発するという無駄に気がついたからだ。たとえば、トヨタの自動車を販売する販売店は、全国を網羅しているが、創業時から地場資本の協力を得て全国網を築いてきたという歴史的な経緯があり、地域ごとに独立した企業になっている。

「トヨタの販売店が共通で利用している業務アプリはもちろんありますが、各販社が独自でアプリを開発しているケースがあります」(コミュニケーションシステム部長・前田基樹氏)。

このため、すでに他の販売店が同じようなアプリを開発していることを知らずに新たに開発してしまうことがあると想定している。これはグループ全体から見れば、無駄な投資をしていることになる。そこで、このようなアプリマーケットを用意すれば、各販社はそこで必要な既存アプリを見つけて、開発元にカスタマイズだけを依頼すればよくなる。トヨタグループ全体では、無駄な二重開発がなくなり、開発費を抑えることができる。

また、もう1つの狙いが、各グループ企業のIT利用を促すことだ。販社に限らず、グループ関連企業4000社の中には、ITやモバイル利用が進んでいるところもあれば、まだまだ進んでいないところもある。IT利用がまだ進んでいない企業も、このマーケットを見ることで、IT利用のヒントをつかむことができる。

「ただアプリを掲載するだけでなく、活用事例の記事も同時に掲載していく予定です」(コミュニケーションシステム部 企画グループリーダー・河村雄一郎氏)。

特に期待しているのがマーケットに掲載されているアプリ事例を見て、少し変えるだけで、自分の業務にも応用できるという気づきを提供したいということだ。そのアプリの開発元にカスタマイズを依頼してもいいし、あるいはまったく異なる開発元に新たに発注してもいい。このような気づきを増やしていくことで、トヨタグループ全体のIT活用を促していきたいという。

 

 

D.e-Martの概念図。アプリ開発会社は自社アプリの広告を無料で掲載、トヨタグループ各社にアプリを販売するチャンスが生まれる。トヨタグループ各社にとっては、IT活用の事例集を読み、アプリを導入することでIT活用が加速する。大手企業の中には、社内アプリマーケットを開設しているところもあるが、社内でのIT活用を促すのが狙い。D.e-Martのように、グループ内のIT活用を促し、同時にビジネスとして利益も狙うというのはきわめて珍しい。

 

 

グループ全体のIT化に貢献

D.e−Martは、マーケットビジネスである以上、マネタイズも考えなければならない。この点に関しては、トヨタグループ向けに販売したいアプリを持っている開発元は、無料でD.e−Martに掲載ができるようにしている。

「トヨタ関連の開発会社に限りません。トヨタグループとの取引口座を持っていない場合は、弊社が請求代行する仕組みも用意しています」(前田氏)。そして、成約をし、アプリ開発が行われた場合は、開発費の一定率をD.e−Martに支払ってもらうという仕組みだ。

また、トヨタデジタルクルーズは、トヨタグループ専用のデータセンターの運営も行っている。「多くのアプリは単体で動くものではなく、バックエンドシステムを必要とします」(河村氏)。そのようなアプリの場合、トヨタデジタルクルーズのデータセンターを利用してもらえれば、D.e-Martへ支払う成約料を割り引く仕組みも用意した。成約料を割り引いても、データセンターの利用料が入ることになるので、そこでもマネタイズが可能だ。

トヨタデジタルクルーズの狙いは、「とにかく開発元が掲載をする際のハードルを下げる」ということだ。開発会社には、気軽にD.e-Martに登録してもらうことで登録アプリの件数を増やしたい。特に今までトヨタグループと縁がなかった開発会社にも登録してもらい、トヨタグループに新しいITの風を取り入れようとしている。

そして、グループ各社には「あそこにいけば必ず役立つアプリが見つかる、業務改善のヒントが見つかる」という印象を築きたい。「もちろん、ビジネスなので黒字化は目指していますが、大きな利益を得ようという気持ちはありません。ぎりぎり黒字で運営が続けられ、トヨタグループ全体のIT化、業務の効率化が進み、グループ全体に貢献するというのが大目標です」(前田氏)。

 

 

株式会社トヨタデジタルクルーズ コミュニケーションシステム部長・前田基樹氏(左)と企画グループリーダー・河村雄一郎氏(右)。「マーケットビジネスは規模が鍵です。関連企業4000社という規模でも、しっかりとしたアプリの選定を行うことが重要だと考えます」。

 

 

開発元と利用企業の出会い

コンシューマ向けのアプリはアップストアの存在により、急速に普及した。ほとんどすべてのアプリがアップストアに集まり、ユーザはアップストアに行けば、使いたいアプリを発見することができる。しかし、業務用アプリの世界は今までこのアップストアに相当する仕組みが存在しなかった。利用したい企業担当者は、足を使って展示会を回り、雑誌やWEBの情報を丹念に収集しなければならなかったのだ。また一方で、アプリを開発した企業は、丹念に営業活動、宣伝活動をするしかなかった。互いに目指しているのは、デジタルによる生産性の向上であるのに、適切な開発元、顧客と出会うには、非生産的な努力を積み重ねるしかないという皮肉な状況に置かれていたわけだ。

D.e-Martは、この非生産的な部分を過去のものにし、開発元と顧客企業が瞬時に出会える「場」をつくり出した。これにより、グループのIT活用は一気に加速することになるだろう。

これを可能にしたのが、トヨタグループの規模の大きさだ。関連企業4000社、従業員数数十万人という規模であるため、D.e-Martの運営に必要な利用料が生み出せる。他の企業グループで、同じようなアプリマーケットを独自に運営することは容易ではなさそうだが、同じ業種の企業が共同してアプリマーケットを運用するのであれば現実味が出てくる。このトヨタデジタルクルーズの画期的な試みは、他業種にも波及していく可能性が高い。

 

 

自動車は常にラインの上を流れながら組み立てられていく。そのため、厳密な測定をするためにはラインを止め、精密な機械が必要だ。iPhoneで利用できる角度計や騒音計アプリは、簡易的に測定できることから、生産現場での活用を期待する。

 

 

D.e-Martのトップページ(上)。iOSとWindows向けのアプリが一覧で並ぶ。当初は30件ほどのアプリからスタートするが、登録件数も増やしていき、活用事例も掲載していく予定だ。アプリをタップすると詳細説明が閲覧できる。