第40話 好奇心は猫をも殺す。人類に欠けたテクノロジー文化教育|MacFan

アラカルト FUTURE IN THE MAKING

第40話 好奇心は猫をも殺す。人類に欠けたテクノロジー文化教育

文●林信行

aka Nobiさんこと、林信行氏。IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタントが物申します。

 

 

「最初はわれわれが道具を作り、次に道具がわれわれを作る。」

  ーーマーシャル・マクルーハン

 

 9月までミラノのトリエンナーレ美術館で開催されている「Neo Preistoria」(新先史時代)は人類必見の展覧会だと思う。人と道具との関係を人類の起源近くまで遡り、アンドレア・ブランジと原研哉が選んだ100の動詞とともに展示している。

前半は〈(ただそこに)ある〉から始まり、〈握る〉〈叩く〉〈潰す〉といった動詞とともにただひたすら石が並んでいる。〈喰らう〉の横に置かれた円筒形のフォークのような道具には〈人肉食の食事器具〉と書かれておりゾっとした。U字型の会場の最初のカーブに差し掛かった辺りから技術の急速な発展を目のあたりにする。シャネルのNo.5の瓶に添えられた〈魅了する〉やチャールズ&レイ・イームズの椅子ラ・シェーズの横に書かれた〈くつろぐ〉には夢も感じた。だが、羊の剥製の横に書かれた〈改良する〉にドキっとし、大陸間弾道ミサイルの〈威嚇する〉や核弾頭リトルボーイの〈絶望する〉で怒りと不安がこみ上げる。MacやiPhoneもあり、それぞれ〈集約する〉〈自己組織化する〉と書かれていた。

人類は何をつくり、自らをどう変えてきたのか…展覧会場の最初の角を曲がる辺りからは鳥肌が立ちっ放しで、全人類に一度、今やっていることの手を休めて見に行ってほしいと感じた。

ハッカー、ドローン、人工知能、バイオテクノロジー…。

科学の発展は人類を何度も滅亡させ、地球数個を破壊できるほどの力を得て、なお止まることがない。今日、我々人類がつくりだす商品はグローバル規模で製造される。地球から巨大クレーターほどの資源を採掘して、何千万から億の単位で大量生産され世界に流通される。そのうえで使われるアプリやサービスも億単位の規模を持つ。なのに、それをつくっている人の視野はといえばアフター5と週末のわずかな楽しみをはげみに、デスクの前に掲げられた先週からの残り仕事と今日の目標くらいしか頭にない。統率する経営者の多くも四半期決算に向けた経営指標の、もはや実感が湧かなくなった巨大な数字を頭の中の数式にかけているだけかもしれない。人類が走り続けてきたレールは、この先は崖下か存続かの大きな分かれ道に差し掛かっているのに、その運転手たる我々の視野は1ミリくらい先しか見ないほど狭まっている。

今日、TEDや、そのライセンスを受けたTEDxがテレビでも取り上げられたり、アップルのiTunes Uで世界のトップレベルの大学の講義が受講できるようになってきたことで知的探究心が旺盛な人はいくらでも貪欲に学べる時代になった。しかし、圧倒的に話題の量が少ないと思うのが、テクノロジーが我々の社会や文化に与える影響を扱う講義だ。分野的には冒頭で引用したマクルーハンなどを扱う「メディア研究」などがこれにあたると思う。

そんな中、実はとっても刺激的で、知的好奇心を満たし、人類の未来への希望と絶望を同時に味あわせてくれる稀有な講義がある。最近まで札幌市立大学で教鞭をとり、現在はベルリンに移住したメディア美学者、武邑光裕氏の「武邑塾」だ。私も第1回から受講しゲームクリエイターとして有名な水口哲也氏らとともにフェローを務めさせてもらっている。伝統の継承からサブカルチャー、人工知能や改造人間まで幅広いテーマの講義は毎回刺激に満ち、参加するたびに「#武邑塾」のハッシュタグで実況ツイートをしているので興味が湧いた人は検索をしてみてほしい。過去の講義の映像の販売も行っている。

今後、こうした分野に興味を持つ人が少しずつ増えない限り、我々は絶望へと延びた線路を目隠しをしたままひた走ることになる。





 

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/IT、モバイル、デザイン、アートなど幅広くカバーするフリージャーナリスト&コンサルタント。語学好き。最新の技術が我々の生活や仕事、社会をどう変えつつあるのかについて取材、執筆、講演している。主な著書に『iPhoneショック』『iPadショック』ほか多数。