「Xsan」ではじめるシンプルで安価なSAN構築|MacFan

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「Xsan」ではじめるシンプルで安価なSAN構築

文●牧野武文

ユニバーサルミュージック合同会社の映像部門ではSANを構築したことで、大容量のファイルでも瞬時に読み書きできるようになり、映像制作の業務効率が飛躍的に向上した。成功のポイントは、アップルのXsanを利用し、シンプルで低価格な構成にしたことだ。

作業効率を高めるための施策

世界60の国と地域に子会社となるレコード会社(またはライセンシー)を展開する世界最大の音楽企業であるユニバーサルミュージック。その日本法人、ユニバーサルミュージック合同会社には、洋楽・邦楽をはじめ多様なジャンルのアーティストが所属している。そのスタジオグループでは映像制作も担当しており、楽曲のプロモーションビデオをはじめ、業界関係者に配布するサンプルビデオ、楽曲発売前に公開するティザービデオなどさまざまな映像を制作している。

こうした映像制作の現場において切っても切り離せないのが、ストレージシステムだ。映像データの取り込みから、編集や加工、保存といった各工程において大容量で高速、かつ安定したシステムの構築・運用が不可欠となる。近年、音楽業界における映像の重要性は増しており、高画質化によってデータ容量も飛躍的に増えている。ユニバーサルミュージックの映像部門ではそのシステムに、アップルのSAN用共有ファイルシステムソフト「Xsan(エックスサン)」を活用している。

コンピュータのネットワークといえばWANとLANはよく知られているが、SANについては聞き覚えのない人もいるだろう。SANは「ストレージエリアネットワーク(Storage Area Network)」の略で、主にコンピュータと記憶装置(ストレージ)を結ぶネットワークのことである。WANやLANではTCP/IPというプロトコルを用いてデータを送受信するのに対して、SANでは一般的にコンピュータ/ストレージ間をファイバチャネルやSCSIなどの高速なプロトコルで接続、LANなどの汎用のコンピュータネットワークとは別に独立して運用することで、大規模なストレージを構築し、高速にファイルの読み書きを行えるのが特徴だ。

「以前は映像制作にファイナル・カット・プロを使い、ごく普通にローカルのHDDに映像データを保存しながら作業していました。しかし、2011年7月の地デジへの完全移行にあたって、制作機器の入れ替えの話が浮上したのです。標準画質からハイビジョン/フルハイビジョン画質への移行、および映像ニーズの高まりを受けて仕事量が増え始めていた時期でした」(編成業務管理本部 スタジオ&アセット管理部 スタジオグループ・山本圭一氏)。

そこでまず1台のMacプロで行っていた制作環境を2台に増加、1台でレンダリングなど時間のかかる処理をしている最中に、もう1台で別の作業を進められるようにするなど制作環境にメスを入れ始めた。このとき、一番の問題になったのが同じファイルへの同時アクセスだ。たとえば、あるアーティストの撮影素材・楽曲素材を使ってプロモーションビデオとサンプルビデオを同時並行で制作する局面がある。通常のファイル共有でも、同じファイルに対して同時アクセスすることは可能だが、アクセス速度は大幅に低下してしまい、作業効率も悪い。そこで、Xsanの導入へと踏み切ったわけだ。

 

 

ユニバーサルミュージック合同会社 編成業務管理本部 スタジオ&アセット管理部 スタジオグループ・山本圭一氏(左)、春田陵介氏(右)。映像部門は2人で、ほとんどの映像制作をこなしている。

 

 

映像制作スタジオ。現在は旧型のMacプロから円筒形の新型Macプロへの移行期で、両方併用している。現在、5分のプロモーションビデオを制作する場合でも、元の撮影素材は50GBから60GBほどになるという。

 

 

映像の後処理の重要性

「既存のローカルネットワークにストレージを直接接続するNAS(ネットワーク接続型ストレージ)の導入も考えました。しかし、NASでは速度面にいろいろと不安がある(TCP/IP、イーサネットによる通信なので、通信におけるオーバーヘッドが大きく、データの伝送効率が悪い)。そこで知ったのが、アップルのXsanでした。NASよりも高速でストレージが柔軟に拡張可能であるため、容量・価格・安定性のバランスを考慮に入れるとSANを選ぶのが自然な選択でした」と山本氏は語る。2011年時点では当時のXsanを利用して最大転送速度4Gbpsファイバチャネルで接続していたが、ストレージの容量不足や寿命などを考慮し、今年に最新のXsanと、サンダーボルト接続の新ストレージ(Accusys社「ExaSANサンダーボルト直結型シェアストレージ 以下、ExaSAN)に入れ替えた。「最大転送速度は20Gbpsとなり、より高速化を果たしています」と山本氏。サンダーボルト2.0に対応したこのストレージは最大4台までのMacを直結でき、1台で最大96TBまで、拡張筐体を3台追加すると最大384TBまで容量を増やせる。

新システムに移行した成果はすぐに表れた。

「ミュージックビデオは1つの作品ですから、撮影素材をつなぎあわせればいいわけではなく、加工や色調整、エフェクト処理などを行っていきます。そして処理を行う都度レンダリングを行って結果を確認、満足のいくまで完成度を高めていくのです。高速な新ストレージシステムへ移行した一番の恩恵は、多岐にわたる高画質・大容量の素材へのアクセスがスムースになったことです。このアクセス時間が減れば減るほど、作品のクオリティを高めていけるからです」

ここ数年、こうした映像の後処理の重要性はどんどん増してきているという。「作品によっては、撮影に大きな予算をかけられない場合があります。スタジオで照明やメイクなどをしっかりと行ったうえで撮影するほうが望ましいわけですが、予算の関係上、グリーンバック合成(単色の背景で人物撮影し、別の背景映像とあとで合成する)なども増えており、撮影後の後処理でそれをいかにカバーして作品として仕上げるかが重要なのです」

 

 

映像制作スタジオ内にある映像ラック。一見ものものしい装備だが、現在作業に使っているのはXsan用のサンダーボルトストレージ(ExaSAN)1台と、それを制御するMacミニのみのシンプルな構成だ。

 

 

株式会社ティ・アイ・ディが販売するAccusys社のExaSAN A16T2-Shareはサンダーボルトポートを4基備える。

 

 

「導入は難しい」は過去の話

HDDやNASを設定するのとは違って、一般的にSANの構築には高度な専門知識が求められる。システム総額も数百万円に上るなどから、一般的にネットワークシステムの構築・運用に詳しいソリューションベンダーに任せることになる。ユニバーサルミュージックの場合は、アップルの正規サービスプロバイダである株式会社エステックが担当した。

しかし、導入は難しくて面倒だ、というのは過去の話になりつつある。その大きな牽引役が、アップルのXsanであることは間違いない。当初、Xsanは1ライセンスあたり9万8000円かかり、メタデータコントローラ(MDC=複数のコンピュータ間で同一のSANボリュームを共有するためのサーバコンピュータ)2台と、クライアント端末分が必要であった。加えて、Xsanを動作させるサーバ、ファイバチャネルスイッチ、そして対応ストレージが導入には不可欠だった。しかし、現在ではXsanはOS Xサーバに同梱されており、4800円で導入可能。また、バージョンは4.0となり、ファイバチャネル接続に加えて、サンダーボルト接続にも対応している。さらに、ExaSANはSANの構築に必要なスイッチを必要とせず、オープンディレクトリやMDCの管理を行うOS Xサーバ(Xsan)はMacミニ1台あれば運用可能だ。機器の面でもコストの面でもよりシンプル、安価になっているのだ。

高性能・高信頼の要求される映像編集のような現場では、共有ファイルシステムとしての速度や低レイテンシー・高速レスポンスの面でSANの価値は大きい。今後、4Kや8Kといった超高解像度の動画ファイルの扱いを視野に入れたうえで、SANの環境を身近に構築できるXsanの存在はますます重要視されることだろう。

 

 

Xsanの構成図。クライアントマシンとしてのMacプロ2台は約70TBのExaSanにサンダーボルト(TB)で直結されている。また、別途オープンディレクトリやメタデータコントローラの管理用にOS Xサーバ(Xsan)を導入したMacミニが1台、イーサネット経由でネットワークスイッチを介して接続されている。

 

 

動画編集ソフトでは、編集結果を確認するためにプレビューできる。ただし、編集内容によってはレンダリング(編集内容を反映した動画ファイルを書き出す作業)が必要だ。コンピュータの性能ならびにストレージ性能が高いほど、レンダリング時間を短縮できる。

 

 

【音楽】
音楽の楽しみ方は、ライブ主体、ビデオ主体、アニメソング、ハイレゾ高音質など多様化している。リスナーの嗜好が多様化しているため、各方面に訴求できる映像を複数つくる必要があり、音楽業界の中での映像制作の重要度が増しているという。

 

【規格】
シリアルバス規格であるサンダーボルトは、USBの高速化により不要になるともいわれることがあるが、SANの要求するレベルでは、USB 3.0でも厳しい。SANはサンダーボルトが活用できる事例でもあるのだ。