iPadのモニタリングで医療機器のトラブルを防ぐ|MacFan

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iPadのモニタリングで医療機器のトラブルを防ぐ

文●木村菱治

集中治療室(ICU)では、多数の医療機器が使われ、患者の治療や生体情報の監視を行っている。東京大学医学部附属病院の医療機器管理部では、こうした医療機器の情報を一元管理できるシステムを独自開発。iPadによる遠隔モニタリングや多角的なデータ活用を可能にした。

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東京都文京区に位置する、東京大学医学部附属病院は特定機能病院としてさまざまな最新医療機器を備え、先端的な医療を行っている。
 

医療機器の状態をモニタリング



現代の病院では、人工呼吸器や血液浄化装置、生体情報モニタをはじめとした多種多様な医療機器が使われている。こうした医療機器の正常な動作を維持することは、医療現場における重要な業務の1つとなっている。特に、重篤な患者を24時間体制で治療する集中治療室(ICU)では、1人の患者に複数の機器が接続されており、機器のトラブルを未然に防ぎ、トラブルに素早く対処するためのモニタリングが欠かせない。

東京大学医学部附属病院医療機器管理部では、ICUで使われる機器の情報を「ファイルメーカー・プロ(FileMaker Pro)」でデータベース化、一元管理するシステムを開発した。このデータベースは、iPadやiPhone、コンピュータを使って、院内のどこからでも参照できるほか、収集したデータを自在に加工・分析することが可能だ。

システムを開発した医療機器管理部の臨床工学技士・八反丸善裕氏は、複数の医療機器の情報をデータベースで一元管理することで、多くのメリットが生まれると語る。

「メリットとしては、まず業務の効率化が挙げられます。このシステムを使えば、院内のどこにいてもiPadで機器の状態を把握できます」

従来、機器の状態を見るためには、現場に行く必要があった。しかし、臨床工学技士の仕事は多忙のため、常にICUに詰めているわけにはいかない。

「以前は、看護師から機器のアラームが鳴ったので来てほしいという連絡を受けても、私がいる地下のMEセンターから4階のICUに行くまで、機器の状態がわかりませんでした。このシステムがあれば、すぐに状況が把握できるので、より素早く的確な対応が行えます」

また、情報がネットワークで共有されることで、複数の医療者でチェックすることができる。これは、患者安全の向上にもつながるだろう。

八反丸氏がiPadを開くと、即座に機器の状態を表示する「ファイルメーカーGo(FileMaker Go)」の画面が現れた。情報はワンタッチで更新でき、最新の状態が手に取るようにわかる。モニタリング対象機器の切り替えも簡単だ。

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医療機器の情報は独自ソフトを使ってLAN経由で収集、ファイルメーカー・プロで一元管理、共有する。LAN端子のない医療機器には、シリアルポートをLANにつなげるアダプタを使用している。


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東京大学医学部附属病院医療機器管理部の臨床工学技士・八反丸善裕氏。22世紀医療センター健康空間情報学講座・藤田英雄特任准教授をはじめとした多数の力添えにより、システム構築できたという。
 

さまざまな機能を搭載



このシステムでは、単に機器の状態を表示するだけにとどまらず、ほかにも機能が搭載されている。例えば、血液浄化装置のモニタリング画面には、1時間の平均圧力や圧力の変化率、さらにグラフも表示できる。また、取得した値が一定の範囲を超えていると、色を変えて警告する機能も備える。収集した情報をデータベース上で処理することで、医療者にとってより有用な情報提供を実現した。

システムは3年前に稼働して以来、進化を続けてきた。現在は、医療機器のチェック作業の電子化に取り組んでいる。同院では、臨床工学技士が定期的にICUを訪れて血液浄化装置の状態を自分の目で確認、記録している。現状は紙のチェックリストに手書きで記入しているが、これをiPad上のファイルメーカーGoでの運用を目指している。電子版でも現場に行って確認する点は変わらないが、iPadなら機器の表示を手で書き写していた数値が直接取り込めるので、ミスの発生を防止できる。さらに、内蔵のカメラを使って、機器の状態などを写真で記録する機能も加え、より詳細な状況が記録できるようになるだろう。

「毎日、大量の紙を抱えてチェックする作業は大きな負担ですが、iPadなら軽いうえに、ミスも防ぐことができます。また、電子化したチェックリストはデータベースで共有できるため、チェック結果を離れたところにいる管理者が見て、『これはもう血栓ができているから膜を交換したほうがよい』といった指示を送ることができます」

チェックした情報はファイルメーカー・プロに蓄積されるので、トラブルがあったときの検証などにも役立つと見込まれる。

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ファイルメーカー・プロの稼働しているコンピュータは、ICUと同じフロアにある機材室に設置されている。iPad上のファイルメーカーGoからだけでなく、インスタントWEB公開機能を使って、院内のパソコンからも閲覧できる。


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iPadには、グリップ付きのカバーを装着。大量の紙を持ち歩いていたときに比べて、機器の定期チェック作業は大幅に楽になった。
 

独自に開発で低コストを実現



システムを院内で開発することで、低コストと汎用性の高さを実現したことにも注目だ。医療機器のデータをサーバで収集するシステムは、医療機器メーカーも提供しているが、システム自体が高額なことに加えて、1つの医療機器に対応するごとにコストがかかる。さらに、データの2次利用が難しいという問題があった。「医療機器が増えるたびにバージョンアップのコストをかけることはできません。また、開発の当初から単にデータをモニタするだけでなく、加工や分析処理をしたいと考えていたので、自由にデータの2次利用ができる独自のデータベースを構築しました」と八反丸氏。新しい表示項目や機能をすぐに追加できるのも、汎用データベースを使って内製化しているからだ。

ファイルメーカーのデータベースだけでなく、機器からのデータ取り込みソフトも、八反丸氏自身がビジュアルベーシック(Visual Basic)で開発した。開発では、LAN経由で機器の情報を取り出す方法を調べるのに時間がかかったり、ニッチな分野だけに、応用できるサンプルコードが見つからないなどの苦労があったという。

使用するモバイル端末には当初、アンドロイドも検討したが、最終的にはiPadを選択した。

「端末やOSが安定していることに加え、ファイルメーカーGoというモバイル向けの使いやすいクライアントアプリがあったことが大きかったです」

毎日の運用によって、データベースには、機器の稼働状態を記録した膨大なデータが蓄積されている。「これまでは、主に業務の効率化や安全性の向上に取り組んできましたが、今後は、データベース上に蓄えられた情報を、より活用していきたい」と八反丸氏は話す。

「データベース上に蓄えられた長期のデータを分析することで、例えば、透析中の圧力変化率の推移から、持続緩徐式血液濾過器の交換時期を推定するといった使い方を考えています」

また血液浄化装置や人工呼吸器、血液ガス分析装置など、複数の異なる機器の情報を組み合わせたリレーショナルデータベースを構築すれば、それぞれの相関関係から、患者の状態を把握する新たな指標を発見できる可能性もあるという。

「データベースの情報を見れば、患者の状態の変化が細かくわかります。医師と協力しながら、新しい診断に役立てられるようにしていきたいです」
 








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紙に手書きで行われていた医療機器のチェックリストをiPad上で再現。データが自動取得されるので転記ミスがなく、写真を挿入することも可能。

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血液ガス分析装置のモニタリング画面。機器から送られる数値が、一定の範囲を超えると色を変えて警告する機能がある。

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血液浄化装置のモニタリング画面。機器が出力するデータの表示だけでなく、収集したデータを元に、平均圧や変化率を算出、グラフの表示も行っている。



『Mac Fan』2014年6月号掲載