働く人のやる気を引き出すBYOD|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

働く人のやる気を引き出すBYOD

文●牧野武文

ノジマでは、会社が補助金を出し、社員にiPadを購入してもらうというユニークなBYOD導入を進めている。
このBYODの狙いは、店舗の販売現場をIT化することだけでなく、
社員の自主性を引き出してワークスタイルを変え、ノジマ文化を浸透させていくことにあった。

ノジマは、首都圏を中心に約200店舗を展開する大手家電量販店だ。そのノジマでは今年4月から売り場の販売員にiPadを携帯させ、商品説明や販売などに活用している。

これだけであれば、今どきそう珍しい話ではないが、ノジマのユニークな点はiPadを配付するのではなく、アルバイトを含めた販売員に希望購入させているという点だ。

ノジマは、2014年3月に同社初となる「Appleショップ」を神奈川県内にオープン。藤沢店・レイクタウン店・イオンモールむさし村山店の3店舗だ。ゆったりしたスペースで専任のスタッフがアップル製品のショッピングをサポートしてくれる。

 

希望者が山のように

ノジマは、首都圏を中心に約200店舗を展開する大手家電量販店だ。そのノジマでは今年4月から売り場の販売員にiPadを携帯させ、商品説明や販売などに活用している。

これだけであれば、今どきそう珍しい話ではないが、ノジマのユニークな点はiPadを配付するのではなく、アルバイトを含めた販売員に希望購入させているという点だ。購入費用の8割は会社が補助し、販売員の個人負担は2割。iPadかiPadミニ、3GかWi−Fi、色、容量も販売員が選択できる。今、話題に登ることが多いBYOD(Bring Your Own Device=個人所有のデバイスの業務利用)に近い形での導入なのだ。

「希望者を募ったところ、対象者のおよそ半数となる約3000人から応募がありました。店舗の販売員はほぼ全員が購入しています」(取締役兼常務執行役・IT戦略事業部長・野島亮司氏)。

 

 

株式会社ノジマ・取締役兼常務執行役・IT戦略事業部長・野島亮司氏。口癖は「失敗は貯金だ!」。ノジマの現場の文化を表している言葉で、ノジマでは自発的に仕事を工夫していく文化が育っている。

 

会社が購入金額の8割を負担するのであれば、3000台を8割引で一括購入して配付しても同じことのように思える。ノジマのユニークなBYODの狙いはどこにあるのだろうか。

「販売員には、一般のお客様と同じように、レジを通して代金を支払ってもらいます。その後、8割の補助金を渡します。自分で買い、自分で所有すると、なにより大切にしてくれます。そして、自分のものだから使い方に関しても積極的に研究してくれます。ぜひ、ノジマの店員の接客を受けていただきたい。実体験を元にした質の高い接客を受けることができるはずです」

購入したiPadは自宅で自由に使える。ゲームを楽しんだり、SNSを楽しんだりしてかまわない。店舗に出社すると、専用アプリを起動して社内の基幹システムへアクセスし、業務に必要な情報はすべてそこから見られるようになっている。販売店の外に出ると、この情報にはアクセスできない仕組みだ。

専用アプリではリアルタイムで商品在庫や配送日、工事日の空きを確認できたり、顧客情報を照会したり、顧客の購入履歴を確認できる。

「従来は、売り場でお客様を待たせてレジに走り、レジ横にあるパソコンで確認をしなければなりませんでした。それがお客様の目の前で、すぐに確認ができるようになったことでよりお客様本位の接客ができるようになりました」

 

業務情報は専用アプリで閲覧する。在庫情報、配送空き情報、顧客情報の3つが基本だ。これで顧客を待たせず、接客中に必要な情報がすぐに見られるようになった。

 

賞賛される個人制作コンテンツ

iPad導入のメリットはこれだけでなく、ノジマの本当の狙いはこの先にある。導入後、販売員はiPadを使って自発的にさまざまな試みを行い出した。例えば、売り場のレイアウトやポップのアイデアを出したり、顧客への説明資料をPDFで作成したり、自ら作成した販売ツールを制作し始めたのだ。そして顧客の受けがよかったものは自分の店舗で共有され、さらに質の高いものはエリア、全店へと広がっていく。このように会社に貢献した人は半期に一度方針発表会という大きな舞台で表彰され、さらに金一封が贈呈される。それを見て「僕も、私も」という人が出てくるので、さらなる意識向上、よいツールの出現につながる。

 

「タブレットおすすめの使い方集」は販売員が自主的に作成したもの。現場のアイデアが形になり、店舗内、社内で次々と共有されていく。横方向への情報共有を自主的に行うことで販売スキルが磨かれる。

 

BYODというと、企業側の備品コストが低減できる、社員が自分の好きな環境で仕事ができるという2つがよく語られるが、本来の目的はノジマのように「社員の自主性を引き出して、ワークスタイルを変える」という点にある。BYODが盛んな米国のIT先進企業では自主的に仕事をするのが当たり前の前提なので、この視点は語られることが少ないが、多くの日本企業にとってはコストよりもこちらの自主性の問題のほうがはるかに重要なポイントなのだ。

 

【障壁】
一般的な家電量販店では販売員のほかに、メーカーから派遣されたヘルパーと呼ばれる人たちがいる。彼らを量販店の基幹情報にアクセスさせることはできない。一方、ノジマでは基本的にヘルパーを置かず、従業員がメーカーに偏らない顧客に合った接客を提供するスタイルを取っている。

 

逆転の発想が成功の秘訣

実は、ノジマのIT化は同業他社に比べて立ち遅れていた。在庫管理などの基幹システムは早期に導入していたものの、当時は電話回線を使うことを前提にしたシステムだったため、情報がリアルタイムで更新されないなどの不便さがついて回わっていた。そこで、基幹システムを一新する長期計画を立てたが、そのためにシステム関係への追加投資、追加開発ができず、現場ではハンディ端末すら配付されない状況だった。それで、販売員が顧客を売り場に待たせて、レジ横のパソコンにダッシュするという状況が生まれていたのだ。

そこで2011年頃から新しい基幹システムとハンディ端末の検討を始めたが、ちょうどそのときiPadが登場した。

「どうせシステムを入れ替えるなら、最先端のものをと考えました。同業他社はハンディ端末方式に莫大な投資をしているので、思い切ったiPad導入はなかなかできない。でも、ノジマではそれが可能でした」

 

 

IT戦略事業部システムグループ・土田勇太氏。以前は山梨県の店舗でアップル製品の販売担当をしていた。「今でも店舗の現場に戻りたいと思うことがあります。それほどノジマの現場は楽しい」という。

 

iPadの本格導入は今年4月だが、一部試験導入は昨年3月から始めていた。しかし、それでもまだ1年程度。それでこれだけ販売員が自主的にコンテンツを作り始めているというのは大成功だといっていい。その理由は販売員の多くが20代、30代と若いことと無関係ではないだろう。一方で、ベテランの知恵や経験というものは不足しがちだ。だからこそ自分たちで工夫して売り方を考えていかなければならない。縦方向の継承が少ない分、横方向への共有が行われるのだ。

また、ノジマは家電量販店として価格も重要視しているが、価格だけの勝負にこだわっているわけではない。むしろ重要視しているのが、「お得意様を作っていく」戦略だ。

ノジマは元々販売員による指名買いが多いという。iPadから顧客の購入履歴を見ると「プリンタのインクを買いたいけど、型番がわからない」という人であっても、プリンタ本体をノジマで買っていればすぐに適切な消耗品を勧められる。以前購入した、つまり顧客が今使っている製品と新製品を比較して、商品を説明することも可能となる。

「量販店は同業他社も同じ商品を売っています。ですから、価格で差別化を打ち出すことがきわめて難しい。お客様情報や購入履歴を活用することで、ノジマならではの接客をしていきたいと思います」

ノジマのiPad導入が成功した理由は、逆転の発想にあった。「IT化に立ち遅れていた」「社員が若い」「価格以外の差別化が難しい商品を扱っている」ことに対して、悲観的な経営者であれば、これらをすべて弱点と考えるだろう。しかし、ノジマはこれらすべてをチャンスと捉え、次世代の戦略を立てていったのだ。iPadは、あくまでもノジマの戦略を実現する道具にすぎない。その視点を持っていたことが、導入に成功した最大の要因だ。

 

iPadを使って店内で利用する販売員。専用アプリでさまざまな情報を確認できるほか、サファリを起動して外部情報も自由に閲覧でき、客観的な情報を顧客に提供することも可能になった。

 

iPadからは基幹システムにアクセスできるだけでなく、教育用学習コンテンツにもアクセスできる。

 

【認証】
ノジマの専用アプリは、店舗内のWi-Fiアクセスポイントからアクセスしたときのみ、基幹情報にアクセスできる仕組み。店舗外からはアクセスできない。これと専用アプリ利用時の認証でセキュリティを確保しているので、販売員は自由にiPadを活用できる。