1人1台のiPadで実現! 社会に直結するICT教育|MacFan

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1人1台のiPadで実現! 社会に直結するICT教育

文●三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

千葉県立市川工業高校では、令和5年度入学生から、生徒1人に1台のiPad導入をBYAD方式で実現している。これにより社会に直結する授業が展開できるようになり、「地域社会のICT推進リーダー人材」を育てることが可能になった。市川工業高校のICT化の旗振り役となった片岡伸一教諭に話を聞いた。

 

 

実践力に結びつく活用

千葉県立市川工業高等学校(相浦敦校長)では、令和5年度入学生から全員が、1人につき1台のiPadをBYAD(Bring Your Assigned Device)方式で導入し、授業に活用している。BYADとは、学校が指定した機種を家庭で購入し、授業で活用する方式だ。購入費用は生徒の保護者が負担することになる。

iPadは英語、数学などの普通科目でも活用されているが、より効果的に活用されているのは専門科目だ。たとえば、電気科の工業情報数理の授業では、デザインツール「アドビ・エクスプレス(Adobe Express)」が使われている。

工業高校には企業からの求人票が寄せられる。ここには初任給や福利厚生などの雇用条件が記載されているため、生徒は求人票の読み方を知識として身につける必要がある。しかし、それを講義形式で教えてもなかなか頭に入っていかない。

そこで、生徒2人1組になり、実際の企業の求人票を選び、企業側の視点に立って、アドビ・エクスプレスで求人募集ポスターを制作するという課題が出された。さらに、完成後はiPadをデジタルサイネージとして使い、ポスターを掲示し、生徒全員で見ていく。その際、ポスターの出来ではなく、求職者の立場で「応募してみたくなるポスターかどうか」という視点で評価する。

この実習を通じて、求人票の実践的な見方だけでなく、企業と求職者の両方の視点を持つことにより、どのような雇用条件が就職活動の際に重要になるのか体感できるというわけだ。市川工業高校では、iPadをこのような実践力、即戦力に結びつくような活用をしている

 

 

千葉県立市川工業高校。機械科、電気科、建築科、インテリア科が設置されている。2018年に片岡教諭が赴任したことにより、ICT活用の先進校へと変貌した。

 

 

ゼロから構築したBYAD環境

「GIGAスクール構想」によって公立の小学校と中学校に整備された「1人1台端末」。しかし、高校以上は各自治体、学校による整備となっているため、地域によって状況は大きく異なっている。

その最大の問題となるのが経済的な負担を、自治体、学校、家庭のどこが持つのかということだ。この段階でつまずいてしまっている。

市川工業高校の場合は、家庭が負担する形を採った。市川工業高校が保護者に今春配付したパンフレットによると、最安値はiPad(第9世代)で6万3973円、さらにキーボード一体型ケース、電子ペンも必須で、最低でも合計7万9923円が必要となる。保護者にとって負担にはならないのだろうか。

片岡伸一教諭は2018年に市川工業高校に転勤となり、ICT設備が何もないことに愕然とした。それどころか、スマートフォンも学校に持ち込み禁止だったという。ネット回線もないために、教員たちは自腹でモバイルルータを契約して学校内で使っているほどだった。

片岡教諭は、前任の千葉工業高校でICT導入を推進した人物だ。それが“ないないづくし”の市川工業高校に転勤となり、意を決して教員たちに、せめて課題研究(卒業研究)のときだけでも生徒にスマホを使わせてあげたいと提案した。

「すると、誰も反対しないんです。『いいんじゃないですか』という感じで。なんとなくスマホ禁止の流れができてしまっていただけで、教員の皆さんも本当はデバイスを授業で活用したかったのだと思います」

ネット回線もないので、事務にかけあうと、それもすんなりと通った。一緒に「グーグル・ワークスペース・フォー・エデュケーション(Google Workspace for Education)」を導入し、ドメインも取得。これで校務も一気に電子化が進んだ。

赴任して3年目の年、片岡教諭はデバイスを生徒全員に持たせようと考えた。自分の使っているスマホを持ち込んでもよいが、できればiPadを推奨するという形で、全員がなんらかのデバイスを持っているという状態が実現された。

「それが新型コロナウイルスの感染拡大で、入学式の翌日から休校になってしまいました。入学式のあと、生徒にグーグルアカウントを配付し、設定資料を渡し、翌日からオンライン授業を開始。課題の提出などはメールでやりとりする体制にしました。学校に1日しか来なかったのに、生徒自身のデバイスがあったおかげで、学びを止めなくて済んだのです」

これで、市川工業高校のICTに対する見方がガラリと変わった。ICTがなければ、市川工業高校は教育機関としての使命をまっとうできない状況になったのだから当然だ。教員たちからは、「やはりiPadのような画面の大きなデバイスのほうが使いやすい」という声が相次いだ。そして、2022年からはiPad必須のBYADを始めた。

「確かにご家庭には経済的負担をかけることになります。しかし、市川工業高校の生徒は卒業後8割近くが就職するため、実社会におけるICT活用や倫理を学ぶ最後のチャンスであり、そのために必要なツールであるということをご理解いただいております」

受験前の学校説明会の段階から、市川工業高校ではiPadをBYADで導入し、授業で実践的なICT教育を行うと説明している。保護者は経済的な負担に納得したうえで、子どもを入学させる。

その一方で、「アドビ・クリエイティブクラウド(Adobe Creative Cloud)」や「グッドノーツ(GoodNotes)5」といったクリエイティブツールを学校で契約し、自由に使えるようにしている点には注目すべきだろう(グッドノーツ5は無償、アドビCCは年間700円程度)。

「現在、残価設定クレジットを導入できるように検討中です。これであれば3年間分割払いをして、最後に返却するか購入するかを選べるので、家庭の負担はぐっと軽減されます」

 

専門高校ならではのICT教育

市川工業高校のICT教育が上手くいっている最大の理由は、生徒たちの興味関心の方向性が似ていることだ。

「うちの生徒たちは、共通したものづくり系の趣味を持っている子が多いんです。すぐに仲よくなって、同じ方向を向くことができます」

社会に出て即戦力となる知識、技術を教えることで、同学年の高校生よりも早く、社会とのつながりを意識してくれる。

「今、就職先として人気なのは電鉄系企業です。ほぼ全員がインターシップに行くので、初回採用率は95%以上にもなります。地域のICT推進リーダーになる人材を輩出することが目標です」

iPadを使いこなせて、アドビツールも使いこなせる。それだけでも新社会人としては大きなアドバンテージになる。小中学校とはまた質の異なるICT教育が、高校では進められている。

 

 

Adobe Expressを使ってポスターを作る実習。ゼロからデザインするのではなく、既存のテンプレートやデザインを組み合わせて作っていく。この編集能力も社会で要求されるもので、実践的な演習となっている。

 

 

制作後は、iPadをデジタルサイネージとして使い、ポスターを展示。生徒は全員のポスターを見ていく。ポスターの完成度ではなく、求職者の立場で応募したくなるかどうかの視点で評価することで、企業側、求職者、両方の見方を体験する。

 

 

実習の中でニュース風動画を制作した様子。たとえば、「ペリー来航」という歴史的事実を、当時のニュース番組であればどう報道するかを想定して制作したものなどがある。YouTubeに公開するところまでを課題としている。

 

 

生徒たちは、普段の授業ではGoodNotesを使ってノートをとる。これを紙のノートにまとめて整理し、バインダーに保存する。デジタルとアナログの特性を理解して使い分けをしている。

 

 

市川工業高校の片岡伸一教諭と皆森浩奈教諭。皆森教諭は、もともと片岡教諭の教え子だった。大学を経て教員となり、片岡教諭と同じ学校に配属となった。2人とも社会に直結する人材を育成する教育にやりがいを感じている。

 

市川工業高等学校のココがすごい!

□BYAD方式で生徒1人1台のiPadを実現し、授業から校務までも電子化している
□Adobe CCといったクリエイティブツールを生徒が自由に使うことができるる
□iPadの使いこなしを含めて、社会に直結する実践スキルが学べる