iPadがあればどこでもオフィスに変わる!一級建築士のDX|MacFan

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iPadがあればどこでもオフィスに変わる!一級建築士のDX

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

建築業界では、図面に指示を描き込んだり、打ち合わせ中に図を描いて説明したりと“手描き”する機会が圧倒的に多い。一級建築士である植松千明氏は、業務ツールとして12.9インチiPad Proを採用したことで働き方が大きく変わったという。数あるタブレットの中で12.9インチiPad Proを選ぶ理由と、DX化していく価値は一体どこにあるのだろうか。

 

 

A3サイズを快適に表示

“建築士の仕事”というと、定規とペンを使って紙に図面を描く姿を想像する人も多いだろう。もちろん、この伝統的な制作方法を大切にしている建築士もいるが、近年はCADソフトを製図に使ったり、資料を電子化したりする建築士が増えている。ここでは、建築コンサルティングと設計において12.9インチモデルのiPadプロを活用する一級建築士・植松千明氏がDX(デジタル・トランスフォーメーション)に踏み切った理由とiPadプロの活用方法を取り上げる。

建築業界で標準的な図面はかつてA1サイズが基本だったが、デジタル全盛の今ではA3サイズでの作成が主流だ。しかし図面は情報量が多いため、A3に情報を集約しようとすると図や文字の視認性が低くなってしまう。植松氏は電子化により、この図面を拡大/縮小しながら閲覧したり、細かい指示や簡単な図を描き込むためにデバイスを導入した。当初はサーフェス・プロ(Surface Pro)に製図を表示して施工の打ち合わせをしていたが、図面に細かく情報を描き込むにはペンの使い勝手が不十分だったため、12.9インチのiPadプロとアップルペンシル(Apple Pencil)に切り替えた。

iPadプロで展開されている2サイズのうち12.9インチモデルを選んだのは、画面サイズがA4サイズとほぼ同じなので、A3図面のちょうど半分を原寸表示できて作業効率がよいためだ。これにケント紙タイプのディスプレイ用フィルムを貼り、手描きで製図していた頃のタッチを再現しながら利用している。

 

手描きでのメモが多い職業

建築士の仕事は、想像以上に手描きでの作業が多いという。たとえば、建物の設計は施主へのヒアリングから始まるが、ここでもiPadプロを活用している。

「施主さんは、今使っている住居や施設で困っていることはすぐに挙げられます。でも、困りごとの改善を超えた先にある、実現したい未来像が曖昧なことも多いんです。これは当然のことだと思いますし、施主さんが本当に求めているものを追求するのが私たちの仕事だと考えています。そのため、施主さんの要望を深く聞いていく作業はとても大切です」

ヒアリングでは、iPadプロの「メモ」アプリが活躍する。自分用のメモを取るだけでなく、打ち合わせの最中に簡単な図形を描いて施主に共有することで意識をすり合わせるシーンも多いそうだ。これがひと段落すると、ヒアリングの内容を整理したコンセプトシートを「アドビ・イラストレーター(Adode Illustrator)」で作成。iPadプロで施主に見せながら、今後の施工における前提条件をしっかり詰めていく。

コンセプトが固まると、CADソフト「オートCAD(AutoCAD)」で建築図面を制作する作業に移る。同ソフトには、作成した図面を3Dモデル化する機能があるため、これでパース図(平面図を立体化した完成予想図)を作成する。なお、MacおよびiPad版ソフトは機能や処理速度の点で不安があるという。植松氏はCADソフトの使い勝手によりウインドウズPCを選んでおり、先述の「アドビ・イラストレーター」も併せてウインドウズ版を利用している。

しかし、建築図面とパース図が完成してすぐ施工に取り掛かるわけではない。建築図面とパース図を施主に提示して問題点を抽出し、図面を修正するサイクルを根気強く繰り返す必要がある。しかも、この作業は植松氏のオフィスで行われるとは限らない。建築現場や施主の自宅、カフェに加えて、Web会議ツールを使うこともある。また、施主とひとつの画面を見ながら相談する際、画面が大きい12.9インチモデルのiPadプロが特に活きるという。

「画面が大きいので、複数人でも見やすくて助かっています。図が理解しやすいと施主も建築士を信頼してくれますし、最新のデバイスや技術をどんどん取り入れる積極的な姿勢を見せることも信頼感を育てる要素になりえるんです」

また、改修(リフォームやリノベーション)の場合は現地に趣き、全天球写真を撮影できる「リコー・シータ(RICOH THETA)」で施工前の写真をiPadプロに保存するそうだ。必要に応じて、この写真を打ち合わせで表示したり、写真に手描きして施工の細かい指示を行っているという。

なお、建築や改修の施工方法は図面に詳しく描かれているが、現地の担当者では施工手段を決められないこともある。そのため、このような場合にもiPadプロの「メモ」アプリで手描きの説明図を作っている。「メモ」アプリには、フリーハンドの線を直線や曲線、図形に置き換える機能があるため、見やすい説明図を手早く作成できるのがメリットだ。

「たとえば、25ミリの空間への部材の納め方を指示するなど、指示図は頻繁に必要になります。デジタルで描いたものをメールやエアドロップ(AirDrop)で作業スタッフに共有する方法は、業界内でも浸透しています」

また、iPadプロの色再現性にも助けられているという。現行iPadプロ/エア/ミニなどのモデルは色空間「ディスプレイP3(Display P3)」に対応しているため表現できる色の範囲が広く、実際の印刷や塗料に比較的近い色を再現できる。植松氏が壁や床材などの色を施主と相談する際には、紙に印刷したものだけでは実物との色が違いが目立つため、補助としてipadプロでも候補の色を見せている。植松氏をはじめとした建築士は、色が人間の行動や意識にも影響を与えると考えているため、色選びはかなり慎重に行っているということだ。

 

建築業界の働き方が一新

近年、建築士の働き方が大きく変わっている。建築プロジェクトが起ち上がると、プロジェクトに応じて建築士やデザイナーなどのメンバーでチームを結成し、ひとつの案件を遂行するケースが増えたという。完成するとチームが解散する働き方がすでに建築士の間では当たり前で、植松氏も基本的にひとりで活動しながら必要に応じて図面制作などの作業を行うスタッフを雇用している。スタッフは海外在住でフルリモートワークというケースが多いが、業務に支障をきたしたことは特段ないという。つまり、建築業界では“オフィス”の概念が大きく変わり始めている。これまでは、紙に描いた図面をスキャンして送るなど、オフィスへの出勤が必要になる作業も多かったが、これがデジタルに置き換わったことで働く場所の制約が格段に少なくなったのだ。

「もちろん内容による部分もありますが、最近は海外の案件であっても現地に行かずとも建築業務ができるようになり始めているんです」

しかし、図面を描く作業にはまだまだ単純作業も多く、建築士にとって時間も負担もかかるという。

「働く場所の制約が減った今、次は製図の自動化が進んでほしいです。AI(人工知能)によって単純作業の負担を減らすことができれば、人間だからこその創造性がコンセプトづくりやデザイン制作でより発揮できると思っています。また、コロナ禍の影響で、誰もが生き方や働き方を見つめ直す時代になりましたし、それと併せて住宅やオフィスを建築する際の考え方も当然変わってきています。私も常に考え方をアップデートしながら、新しいことに挑戦し続けたいです」

iPadをはじめとした最新鋭のデバイスと上手に付き合うことで場所や時間的な制限から解放され、本来向き合いたい仕事に集中して取り組める。植松氏の事例は、建築業界に関わるビジネスパーソンはもとより、他業界/他業種に従事している人でも大きい示唆があるはずだ。

 

 

先に挙げたコンセプトシートとともに作成したコンセプト図。案件に応じて、必要な図を「Adobe Illustrator」で適宜作成している。

 

 

福祉施設を建設した際のコンセプトシート。施主へのヒアリング後に作成し、これを使って施主と意識を細部まですり合わせていく。

 

 

一級建築士の植松千明氏。個人宅や企業、公共施設などの建築を手がける。最新技術への取り組みが早く、建築業界のDXコンサルタントとしても活動している。

 

 

紙で印刷した色(上)とiPad Proで表示した色(下)における差のイメージ。施主と紙ベースで塗料や建材の色を決定した場合、実際のものとイメージが異なる場合が多いという。

 

 

CADソフト「AutoCAD」で作成した、福祉施設の外観とナースステーションのパース図。同ソフトの機能により設計図面から3D化しており、作成した3DモデルはVR(仮想現実)表示も可能。Oculus Goなど特定のVR端末を利用すれば、端末側でCADデータを操作できる。

 

植松千明建築事務所のココがすごい!

□コンセプト図や図面に手描きして施主や作業員と情報を共有
□iPad Proの色再現性により資材発注時に適切な色を選択
□必要に応じてスタッフを増員し、完全リモートで作業を指示