“子どもたちのアウトプットを支える” iPad活用の真骨頂|MacFan

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“子どもたちのアウトプットを支える” iPad活用の真骨頂

文●三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

2010年の初代iPad発売からもうすぐ13年。その頃から、公立小学校でiPadの活用を始め、多彩な実践を行ってきたのが亀岡市みらい教育リサーチセンター指導主事の広瀬一弥氏だ。2011年という黎明期にADEの認定を受けた広瀬氏に、iPadを活用した実践についての話を聞いた。

 

 

iPadの登場に走った衝撃

GIGAスクール構想が本格化した2021年度より、京都府亀岡市の教育委員会で組織化された亀岡市みらい教育リサーチセンター。亀岡市では市内の小中学校に1人1台のiPadを整備しており、同市の教職員、児童生徒が円滑にiPadを使えるような環境の整備、研修などの実施、サポートを行うのが同センターの役割のひとつだ。

そんな亀岡市みらい教育リサーチセンターで指導主事を務める広瀬一弥氏は、ここに異動する以前は、18年間小学校教諭として情報活用能力の育成や、ICT教育に尽力。アップルのADE(Apple Distinguished Educator)に、2011年の時点で認定を受けている。

「当時はまだiPadが発売されたばかりの頃で、カメラ機能もありませんでした。それまでウィンドウズを中心にICTを活用していましたが、iPadが登場したときの衝撃は今でも忘れられません。これは教育現場で絶対に使えると、見た瞬間に思いました。というのも、当時は情報教育をコンピュータ室で行っていたんです。そこでiPadを使えば、コンピュータ室でしか行えなかった授業が教室でもできる。私にとって大きな転機でした」

広瀬氏の専門は中学校の技術科ということもあり、自身の専門性を活かして、小学校にコンピュータをどのように活用していくかをずっと考えてきたそうだ。そのような中、京都府の情報教育の研究校である亀岡市立南つつじヶ丘小学校への異動が決まり、「情報活用能力の育成」をテーマに校内研究を推進してきた。

まずは約20台の共有iPadで理科の実験の様子を撮影し、動画を作って共有するといった協働学習から活用を始めた。教科学習以外にも、放送委員会の子どもたちにiPadを渡して、自由に使用してもらったこともあるという。

「子どもたちに何も教えなくても、番組作りを始めていくんですよね。ちゃんとアポも取って取材をして、編集して、再撮影して。iPadを初めて見たとき、きっと子どもたちは使い方の説明なんてしなくてもどんどん使いこなすだろうと期待していましたが、まさにそれが目の前で具現化していきました。もちろんiPadの魅力だけでは楽しさは持続しなくて、子どもたちが打ち込めるようなワクワクする課題の設定が、昔も今も変わらず大切なことだと考えています」

 

広瀬一弥

亀岡市みらい教育リサーチセンター指導主事。2003年より京都府の公立小学校教諭に。亀岡市立南つつじヶ丘小学校では「情報活用能力の育成」をテーマに校内研究を推進。亀岡市立東別院小学校では小規模校でのICT教育について研究を行う。日本デジタル教科書学会会長。Apple Distinguished Educator Class of 2011。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

アウトプット中心の教育

広瀬氏が現職に就く直前に在籍していた亀岡市立東別院小学校においても、多くのICT教育を実践したそうだ。1クラスあたりの児童数が平均5名程度の小規模校だったこともあり、セルラーモデルのiPadを1人1台に整備。ネットにつながった状態でiPadを1人1台活用できるのは、ICT教育における転換点だったと広瀬氏は語る。

「6年生の社会科の授業では、これまでコンピュータ室のパソコンを活用して学んだ歴史の知識を新聞にまとめるという実践を行ってきました。iPadを1人1台整備したあとは、マインクラフト(Minecraft)を使った実践に切り替えました。たとえば、平安時代について学習したあとに、平安時代の建造物をマインクラフトで再現します。バーチャル上に協力して建造物を作っていくのですが、教室と同様の協働学習がバーチャル上でも実現できるというのが印象的でした。さらに、子どもたちからマインクラフトで自分の分身となるキャラクターの見た目を変更する『スキン』を作ってみたいという提案があり、その時代に合った服装を調べ、その服装を再現していく実践が追加されました」

自分の想定を超える提案に、これからの教育のあり方を改めて見直す機会になったという広瀬氏。

「これまでの教育は、先人である先生が子どもたちに知識を教える、授けるような教育だったと思います。しかしこれからは、児童生徒のアウトプットを教員が支えるアウトプット中心の教育にシフトしていくのではないかと考えています」

小学4年生の国語科の教材「一つの花」を使った授業では、主人公の気持ちを想像し、先生が黒板に児童の意見をまとめていくのが伝統的なスタイルだった。しかし広瀬氏は、主人公にインタビューを行い架空のニュース番組を作るという実践に挑戦した。主人公、インタビュアー、カメラマンの3役に分かれ、子どもたちがチームで番組を作ったそうだ。番組を作るという設定を用意したことで、物語を深く理解することが求められ、読解力が鍛えられる。iMovieで番組を撮影し映像制作を行うことで、子どもたちのやる気にもつながったという。子どもたちに学習を預けることにより、子どもの力を最大限に引き出すことができると広瀬氏は語る。

 

子どもたちに枠を設けない

2019年には、注目を集め始めていたSDGsに、探究のプロセスとICTを掛け合わせた実践を行ったそうだ。まずはSDGsの17のゴールから児童の興味関心に沿って、調べ学習をすることから始めた。

その後、児童は教科で学んだことと結びつけ、自分なりのアイデアで解決策をまとめていく。アウトプットは、チラシやショートビデオ、Webページを簡単に作成することのできる「アドビ・エクスプレス(Adobe Express)」を活用し、ポスター制作から始めたそうだ。

「そうしたら、子どもたちから『先生、ポスターじゃ伝わらない』という声が上がったんです(笑)。それでナレーションを入れた動画制作へと実践が進化していきました。さらに、自分たちの力でSDGsの問題を直接解決するには限界があると感じた子どもたちは、解決策の提案をWebページにまとめ、世界に向けて発信することを選択しました。アウトプットの形が、子どもたちの気づきとともに、徐々にアップグレードしていったのです。これがiPadなどを活用した学習の真骨頂だと感じています。教員側が枠を設けず、子どもたちに十分な試行錯誤の時間を用意することで、学習の方法すら自ら生み出すのだと気づきました」

1人1台の学習用端末の活用に苦慮している先生へのアドバイスを求めると、「とにかく子どもたちを信じてほしい」と語る広瀬氏。子どもたちが自身の想定を超える瞬間が何よりもの喜びだという。現在は教育委員会の立場として教育現場を支えているが、どんな立場にあっても「先生をとおして、子どもたちの未来を変えていきたい」と意気込む。今後の広瀬氏の挑戦から目が離せない。

 

 

6年生の社会科の授業の一コマ。歴史を学んだあとに、その時代の建造物をMinecraftで再現している様子。

 

 

Minecraftで自分の分身となるキャラクターの見た目を変更する「スキン」。その時代の服装を調べ、それを再現していく実践は、子どもたちの提案によって追加された。

 

 

SDGsに探究のプロセスとICTを掛け合わせた実践では、SDGsの解決策を動画で表現した。ブロックでモデルを使って、コマ撮り撮影などを行った。こうした作品はWeb上にも公開されている。
【URL】https://express.adobe.com/page/LZikD9dEwBsTu/

 

 

5年生の理科の電磁石の働きを学ぶ単元では、アーテックロボというプログラミングロボットキットを使用し、電磁石の仕組みを使った「クレーンゲーム」を制作。

 

 

小学4年生の国語科の教材「一つの花」では、主人公にインタビューを行い、架空のニュース番組を作るという実践に挑戦した。

 

広瀬一弥氏のココがすごい!

□iPad発売当初から公立小学校で活用を始め、多彩な実践を行っている
□Minecraftから番組制作まで、アウトプット中心の授業を手掛けている
□子どもたちに枠を設けることなく、一緒に学びをアップデートしている