国立高専で唯一のADEが追求するICT×英語授業の可能性|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

国立高専で唯一のADEが追求するICT×英語授業の可能性

文●三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

中学卒業後5年間、専門知識を持つ技術者へ育てるために日本で生まれた教育システム「高等専門学校」が、アジアを中心に海外で脚光を浴びている。全国に57校ある高専の中、宮城県内に2キャンパスを構える国立仙台高等専門学校で、高専生に特化した英語教材の制作やICT×英語科の可能性を開く武田淳教諭の実践に迫る。

 

 

高専生のための英語教材を制作

大学や短大などと同じ高等教育機関である高等専門学校(以下、高専)。日本で生まれたこの教育システムは今、「KOSEN」としてモンゴルやタイで新設されるなど、世界でも注目されている。ロボットを作りたい、エンジンを設計したい、新型のシャープペンシルを設計したい。そんな理科好き、機械好きの男子学生が多く入学するイメージだが、最近では学校やコースによっては女子学生も多く、日本全体では22%強を占めているそうだ。

そんな全国に57校、約5.7万人が学ぶ高専の中で、宮城県内に2キャンパスを構えるのが国立仙台高等専門学校(以下、仙台高専)である。同校の英語科教諭として高専生に特化した英語教材の制作や、ICT×英語科の可能性を開いてきた武田淳教諭はこう語る。

「高専生は『面白い』の一言。視点や関心そのものがユニークな学生が多いように思います。ただ、1994年に私が赴任した際に高専生に特化した英語教材が皆無だったことには驚きました。高専生に求められるのは、いわゆるESP(English for Specific Purposes)と呼ばれる使用目的を絞り込んだ英語で、自分が設計した製品のマニュアルを書いたり、その性能を口頭で説明したりするためのものです。『5年一貫教育で社会に貢献するエンジニアを養成する』ことを標榜している学校として、とりわけ英語教育の面では高専生専用の教材が必要になります。高専生に特化した教材はないものか。そう考えながら、毎年開催される『全国高等専門学校英語教育学会』の研究大会に参加するうちに、同じことを考えている高専英語教諭が何人もいることを知りました。ほどなく、『高専生に特化した英語教材の作成』に向けた動きが起こり、私も参加し、『理工学系学生のための必修英単語』が完成したんです」

その後、他高専の教員と3名の共同監修でまとめた2冊の教科書は改訂を重ね、多くの高専や大学で採用されている(研究代表・亀山太一岐阜高専教授)。

 

武田淳教諭

国立仙台高等専門学校 名誉教授。大学卒業後、宮城県内にある県立高校で10年間の勤務を経て、1994年に現・国立仙台高等専門学校へ。2020年には同校の名誉教授となり、現在は同校だけでなく、宮城学院女子大学や県立高等看護学校でも英語科の授業を担当。全国高専英語教育学会第12代会長。Apple Distinguished Educator 2019。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

オンラインどこでもドア

英語教材の制作だけでなく、英語の教授法についても工夫を重ねてきた武田教諭は、2015年以来、ほぼすべての授業を「反転授業」で行っている。反転授業とは、従来の授業形態を文字どおり反転させたもので、学生がタブレット端末やデジタル教材で授業前に自宅学習し、授業では演習や議論を行う授業形態だ。

「反転授業では、授業の概要について解説する動画教材を使います。学生はその教材を視聴し、概要を理解して授業に臨むので教室での授業に余白が生まれ、教員はそれを活かして個別指導にあたることができます。この教授法に感銘を受け、2015年から反転授業を始めました。動画教材を作成するというステップがもっとも労力を要するところで、これを楽しめるか否かで反転授業の成否が分かれます。私はもともと動画作成が好きだったため、まったく苦になりませんでした。動画は、学内の学習管理システム『Blackboard  learn+』に掲載することで学生はどこからでもアクセスできます。最近ではユーチューブ(YouTube)を好む学生も多く、そちらにも限定公開で載せています」

高専の教科書関連だけで166本、教科書以外の内容も合わせると300本以上の動画を作成してきたという武田教諭。この反転授業は、コロナ禍で遠隔授業になった際にも重宝したそうだ。また、コロナ禍で学術交流協定校との互いの訪問は停止することを余儀なくされたものの、決してあきらめなかった。

「本校は海外に7校の学術交流協定校があります。2011年の東日本大震災のときでさえも来日してくれた彼らですが、コロナ禍では互いの訪問を停止せざるを得ませんでした。そこで学生たちと話し合った結果、それぞれの学校の様子をネットワークでつないでみることにしました。それぞれの学内で20カ所前後の360度写真を撮影し、グーグルマップの技術を使い、各写真に複数のクリックポイントを設定。そこをクリックすると、グーグルマップのようにその場所の様子を見ることができるというプロジェクトです。これって『オンラインどこでもドア』だよね、と予想を遥かに超えて盛り上がり、最終的には7カ国8大学を結んだネットワークができあがりました。実際に会って顔を見ながら話をするという日常が遮られてしまったこの時期に、面白いプロジェクトができたと学生と一緒に喜んでいます」

 

教員としての最大の転機

ICTを活用した多彩な授業やプロジェクトを実践する武田教諭だが、ICTを授業に持ち込むきっかけは何だったのだろうか。

「一番のきっかけは『ペンパル(文通)』に代わって『キーパル(メール)』が実現できたことです。英語の授業の一環として海外の高校と文通していたのですが、当時の郵便事情はアメリカもオーストラリアも片道1週間、返信を受け取るまでに2週間かかる状況で、学習教材として実用的とは言えませんでした。それがメールコミュニケーションへと代わり、片道1週間から数秒へと変化。ICTを使えば、学生の英語運用能力を刺激できるのではないかと思ったことが一番の理由です」

そんな武田教諭は、高専に勤務する教員の中で唯一、アップルの「ADE(Apple Distinguished Educator)」に認定されている。アップルファンを自認する武田教諭だったが、2018年までADEの存在は知らなかったという。

「幸いなことに2019年にADEに認定いただきました。アップルからきた合格のメールを見て、研究室でモニターの前で歓声を上げたことをよく覚えています。同年7月にオーストラリアで開催されたADEインスティテュート(研修会)は、まさに衝撃的でした。ここで知り合った国内外のADEの多くとは、現在も日常的に情報を交換しています。学生に対する向き合い方にしても、自分の研究にしても、私のように歳を取ってくると進むことを止めたり、歩みが遅くなったりすることがあります。でも彼らと一緒にいると刺激ばかりなんです。こんなこともできる、あんなこともできると、日々教わることばかり。ADEとの出会いは、私の教員人生の中でも最大の転機だったと思います」

歩みを止めない武田教諭は、モットーである「学生たちの好奇心に委ねよう」を胸に、これからも好奇心を刺激するような教材、教育手法で学習者の学びを支えていくだろう。

 

 

同校のeラーニング室の風景。iMacが44台整備されている。共有のiPadも整備されているが、学生は個人の端末を使用することが多いそうだ。

 

 

オンラインで遠隔授業中の武田教諭。主な使用ソフトは「Keynote」。動画編集ソフトを使わずとも、クオリティの高い動画教材が作れるという。

 

 

反転授業用の動画は、学内のLMS(学習管理システム)だけでなく、学生たちからの要望を受け、YouTubeでも限定公開している。

 

 

反転授業の動画教材の例。高専の教科書だけでこれまで166本、教科書以外の内容も合わせると300本以上の動画を作成してきたという。

 

 

武田教諭も活用している「Mentimeter」はリアルタイムでアンケートを実施し、集計できるサービス。学生からの質問を集約したり、小テストを作成することができる。

 

武田淳教諭のココがすごい!

□高専生に特化した英語教材や教科書を他高専の教員と共同監修
□英語の授業を「反転授業」で行い、300本以上の動画教材を制作ている
□オンラインならではの国際交流プロジェクトを7カ国8大学で実現