第33話 “それっぽい写真”で十分なiPhoneの中の世界|MacFan

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第33話 “それっぽい写真”で十分なiPhoneの中の世界

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

仕事柄、新しいiPhoneを毎年購入して使っている。今回登場したiPhone 14プロシリーズは、メインカメラの解像度が4800万画素になった。世の中には1億画素とか謳っているスマホもあるくらいなので、特別すごい数字ではないが、それでもたいした解像度だ。でも、4800万画素の画像が必要な場面は少なく、現状のインフラにおいては撮影した画像のサイズが大きすぎて、スマホで扱うのはむしろ厄介だ。

もちろんアップルのもくろみは、そんな浅はかなものではない。基本的な考えは、4800万画素を使って1200万画素の写真を美しくしようというものだろう。どれくらい美しくなったのかと、撮影した写真をMacのディスプレイに表示してみると、確かに良くなっていて、髪の毛のようなディテールもきれいに写し取っていた。

一方で、いつものiPhoneの写真だなと思わせる部分もある。ちょっと撮影条件が悪くなると、ディテールは微妙だし、エッジは眠くなる。同じ状況で撮影した一眼カメラの写真と比べると、違いは明白だ。まあ、しょせんはスマホのカメラなので、比較するほうが間違っている話だ。

ところが、そんな“今ひとつの写真”であっても美しく見える場所がある。それはほかでもない、iPhoneのディスプレイ上だ。

iPhoneで撮影した画像は、基本的にiPhoneで見るときれいだ。「ナイトモード」で撮った写真など、暗い場所でこんなにきれいに撮れるものなのかと驚く。しかし、そんな画像でもPCのディスプレイで詳細に見てみるとけっこう粗さが目立ち、「思ってたのと違う」ことが多い。

インスタグラムの登場時にも似たような感覚を味わった。まるで魔法のように雰囲気のある写真になるので、うれしくて撮りまくったが、一旦PCのディスプレイで見るといまひとつ。そもそもインスタの画像の解像度が低かったこともあるが、大きなディスプレイで見ると仕上がりの粗さが目立った。そしてそのころは、ディスプレイサイズの基準がPCだったことも大きい。たいしてきれいな画像処理じゃないけど、iPhoneで見れば“それっぽく”見えるからいいか、という感覚だ。

ところが今、多くの人が持っているディスプレイは、スマートフォンだ。手の込んだ写真や映像も、最終的なアウトプットの多くは小さなディスプレイだ。そうなると、たとえばカタログ用に撮影したファッション写真もすべて手のひらの上で見られるので、インスタのそれっぽい写真との違いはわかりにくい。それは写真に限った話ではない。IMAXのサイズと解像度で最大の魅力を発揮する劇場用の映画でさえも、スマホで見られる機会も増えてきた。「スマホで“それっぽく”見えればいいや」という価値観が、制作側にも影響するのは時間の問題な気がする。

われわれが作る雑誌だってそうだ。印刷というアウトプットは一定の解像度が必要で、固定されたサイズ上で読みやすいようにレイアウトを考える。しかしそれは当然ながら、スマホで見るためには作られていない。そんなときのためのタブレットなのだろうが、便利になりすぎたスマートフォンがある以上、人々はそんなに重たい物をわざわざ持ち歩かない。

とはいえ、人類がこの小さなディスプレイに向かって永久に進んでいくとは思えない。いずれ物理的なディスプレイのサイズから解放され、際限のない解像度の世界が現れるだろう。そうなったとき、今大量発生しているスマホ写真は、きっとかなり粗さの目立つ存在になるに違いない。「当時大量発生したそれっぽい写真」として、クラウド上に残り続けていくのだろう。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。