野呂エイシロウの「ケチの美学」第67回|MacFan

アラカルト ケチの美学

野呂エイシロウの「ケチの美学」第67回

文●野呂エイシロウ

人気放送作家が語るケチとアップルの交差点。

今日死ぬと思えば、怖くない

最近、老後が怖くなくなった。貯金もないけど、まぁ怖くない。というのも、「今日死ぬんじゃないか?」と思って生きているからだ。

「今日死ぬかもしれないから、あの人に連絡しておこう」「今日死ぬかもしれないから、今のうちに原稿を書いておこう」というふうに、最近は生きている。

すると、「貯金をしよう!」とか考えなくなる。全力で今を生きるのだ。現在、朝の4時。目が覚めたときに「あ、今日も生きている。さて、大阪に行くか」と思って、これから新幹線に乗る。

朝目覚めたときに、生きていることを実感するようになった。自分の意志で生きているのを感じている。また何かを食べているときにも、生きていることを感じたりする。

モノへの固執もなくなった。今日も身の回りのモノをたくさん捨てた。保管してあった書類も、どんどんスキャニングしてデジタル化。もらった手紙も、写真のアルバムもデジタル化した。

毎日、部屋に溢れるモノを頑張って捨てているのだ。これは「終活」だと思っている。

モノはいらない。CDも、DVDも処分している。ストリーミングで楽しめればOKだ。夏の間、一度も着なかった洋服はすべて処分した。過去200日着なかった洋服は、たぶん、この先も着ないだろう。

200回チャンスがあったのに活用しなかったモノは、ゴミである。ゴミを部屋に置いておくのはやめようと思う。書籍も必要なもの以外はどんどん処分しよう。

死を意識すると、必要なものとそうでないものがわかってくる。靴下1セット、ハンカチ1枚まで、「必要か、不必要か?」が見えてくる。

時間もそうだ。今日死ぬと思っていると、声を掛けたい人、逢いたい人が必然的に決まってくる。自分が幸せを感じることだけをやろうと思う。ボクは、天国はないと思っている。だから今を必死に生きる。

ちなみに、このように生きていると、悪いこともある。「今日死ぬんだったら、ダイエットする必要はないな」と、つい菓子パンなどを食べそうになってしまうのだ(笑)。

今日が、人生最後の日だと思って生きる。だからボクは今日、母に手紙を書こうと思う。

 

今日が人生最後の日だと思えば、何も怖くない。

 

 

EishiroNoro

放送作家、戦略的PRコンサルタント。毎日オールナイトニッポンを朝5時まで聴き、テレビの見過ぎで受験失敗し、人生いろいろあって放送作家に。「元気が出るテレビ」「鉄腕DASH」「NHK紅白歌合戦」「アンビリバボー」などを構成。テレビ番組も、CMやPRをヒットさせることも一緒。放送作家はヒットするためのコンサルタント業だ!と、戦略的PRコンサルタントに。偉そうなことを言った割には、『テレビで売り上げ100倍にする私の方法』(講談社)『プレスリリースはラブレター』(万来舎)が、ミリオンセラーにならず悩み中。