「センシング」担当役員がいる会社|MacFan

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「センシング」担当役員がいる会社

文●松村太郎

今年9月に発売されたiPhoneシリーズとアップルウォッチ(Apple Watch)シリーズには、共通して「衝突事故検出」機能が導入されました。その名のとおり、車が激しく衝突したことを検知すると、緊急通報サービスにつながるように助けてくれる機能で、上位モデルだけでなく、iPhone 14にも、アップルウォッチSEにも採用されています。この機能について、アップルのセンシング&コネクティビティ担当バイスプレジデント、ロン・ファング氏に話を聞く機会がありました。

本題に入る前に、そもそもアップルがセンサ担当の役員を置いていることを知らなかった読者の方も多いはず。また一口に「センサ」といっても、さまざまな種類があります。たとえばiPhoneやiPad、アップルウォッチのディスプレイ操作を実現しているマルチタッチスクリーンも、指が触れているかどうか、どこに触れたかを静電気を使って検出するセンサによって実現されています。iPhoneを耳に当てたときに画面が消えて誤動作を防ぐ仕組みも、近接センサのおかげです。

ほかにも、圧力や高度、温度、心拍、加速度、上下左右前後の動き、そしてカメラなど、アップルのデバイスは“センサだらけ”といえます。1つのセンサでわかることは限られていますが、これらたくさんのセンサを組み合わせて、アルゴリズムを用いて「解釈」を与えることで、さまざまな「応用」ができるようになります。先に紹介したファング氏は、これらの解釈と応用から、無限の可能性を見出す役員、という位置づけなのでしょう。

さて、アップルの衝突事故検出の紹介の中で、新たに搭載した256Gまで検出できる加速度センサについて触れています。これをiPhoneとアップルウォッチで共通して搭載することも苦労があったと思いますが、「それ以上に頭を抱えるほど複雑なアルゴリズム作りが必要だった」とファング氏は舞台裏を明かしてくれました。

「衝突を検出するアルゴリズムの基本は、新しい加速度センサです。一般的に起こりうる交通事故は最大で50Gに達しますが、その衝撃は鋭く短いため、ダイナミックレンジだけでなく3.2KHzという短い間隔での検出が必要でした」

iPhoneにもアップルウォッチにもGPSが備わっており、それを活用することで衝突直前の速度を把握しつつ、衝撃と減速を正確に測定することができるとファング氏。しかし、それだけでは事故を検出できないと続けます。

「信号待ちをしているときに追突されてしまった場合、もともと止まっているため、GPSのデータが使えないのです。ほかにも、エアバッグの作動を検出するために圧力センサを用いるとしても、窓が開いていた場合は想定どおりの急激な圧力変化が出ないでしょう。また、衝突を検出するためにマイクを使うことができますが、遮音性の高い車の場合、衝突音から推測される衝撃が低く評価されるかもしれません。さらに、衝突事故の場合と、衝突事故ではない、単なる急ブレーキの場合も、両者を切り分けなければなりません。ここが上手くいかないと、誤動作ばかりで機能の信頼性を失ってしまうのです」

このように、ファング氏のチームは、あらゆるパターンを想定しながら、繰り返し実験を行ったことを話してくれました。実験データと実世界の運転データの双方を用いることでようやく機械学習のアルゴリズムを開発。2022年のiPhoneとアップルウォッチの全モデルに搭載される安全機能となったのでした。

 

iPhone 14シリーズとApple Watch Series 8/SE/Ultraに搭載された「衝突事故検出」。Appleの設計したアルゴリズムと組み合わせた専用部品を使用して、自動車での重大な衝突事故を検出。ユーザの意識がない場合などには、自動的に緊急通報サービスに電話をかけます。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。