第29話 チートとZergが乱れ飛ぶユーチューブというインフラ|MacFan

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第29話 チートとZergが乱れ飛ぶユーチューブというインフラ

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

テクノロジーの普遍的ムダ話

かつて「シャドウベイン(Shadowbane)」というネットゲームに夢中だったことがある。いわゆるMMORPGというジャンルで、シナリオはなく、広いマップの中を自由にプレイできるゲームだ。多彩なキャラメイクが可能で、加えてギルドを組んでグループで戦ったり、国家を作って数百人規模の戦争をしたりと、システムが秀逸でゲームバランスもよかった。戦闘がメインなのだが、戦う相手がPCではなくユーザであることが気に入っていた。

楽しくプレイするには戦闘に勝たなくてはならない。そのため、キャラのステータスを熟考し、装備を作り、時間を見つけてレベリングして、グループ内での役目を決め、訓練を重ねてスキルを上げた。ほかのギルドに襲われたり、リベンジしたりと、まさに切磋琢磨しながら戦闘を楽しんでいた。

よくバランスの取れたゲームだったが、その均衡が崩れる行為があった。ひとつは「チート」で、もうひとつは「Zerg(ザーグ)」だ。チートは不正行為のことで、Zergとは大量のキャラで少数のキャラを蹂躙する行為の蔑称だ。

戦争ゲームにおいてもっとも有利な条件は、数が多いことだ。ひとつひとつのキャラがいい加減なものであっても、大量に湧いてくると、キャラメイクの創意工夫や個別のスキルは、その単純な力になぎ倒されてしまう。チートはルール違反なので論外だが、Zergはルール違反ではないのでたちが悪かった。

チートにせよ、Zergにせよ、対抗するための手法をひねり出し、戦いを続けたが、ある頃からどうにも対応できなくなった。海外から大量のプレイヤーがやってきて次々と戦争を仕掛け、街が奪われていったのだ。同時にチート行為も増え、ゲームバランスが崩れた。ライバルだった複数のギルドが協力し、対抗組織を作って何とか凌いだが、ゲーム内がチートやZergにあふれたときは、何とも言えない無力感に包まれた。

最近になってそんなことを思い出したのは、ユーチューブ(YouTube)を見ていたときのこと。ユーチューブは今や、メディアはもちろん企業や公的機関も多く利用しており、エンターテインメントにとどまらず、インフラとして機能しているサービスと言える。

そんな公明正大であるべき世界最大の動画投稿プラットフォームが、一方では、数に物を言わせた世界最大級の違法コンテンツ投稿サイトになっているように見える。

ユーチューブには、大量のユーザによって、日々、大量のコンテンツが流れ込む。多様な投稿者がいるからこそ生まれる魅力的なコンテンツがある一方で、違法コンテンツも投稿されている。現状の仕組みではその行為は止めようがなく、おそらくは数が多すぎて精査できていない。肖像権に目をつぶったとしても、引用レベルを超えて著作権に違反する動画が大量に公開されており、チート行為で集客する状態が放置されている。

問題は権利侵害にとどまらない。フェイクニュースはもちろん、誤った情報も大量に投稿されている。それがインフルエンサーの動画や、知識提供を謳ったチャンネルだったりするので、たちが悪い。

正しい情報の動画や、誤りを指摘するカウンターの投稿もあるが、アクセスを稼ぐのは必ずしも正しい情報ではなく、単純に強い言葉や、意外性のあるトピックの場合も多い。粗製濫造のコンテンツが勝利する構造は、まさにZergだ。

チートでZergな行為はユーチューブだけでなく、メディアやSNSなど、ネット上のさまざまな場面で出くわすようになった。そして今のところ、それらと対等に戦える対抗組織は、残念ながら誕生しそうにない。

 

 

写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

編集者。株式会社TEXTEDIT代表取締役。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。